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・主人公は団員です。

ゲーム廃人ということが団員にバレてからは、至は開き直るようになった。
見せびらかすようなことはしないが隠すこともなく、むしろ万里や他のゲーム好きと一緒に戦ったりしてそれなりに楽しくやっているらしい。
千晴はゲームに関してはちんぷんかんぷんで、戦略なんてものは立てたことがない。
そもそもコントローラーのボタンの種類すらまともに知らないのだから、現代っ子かと至に呆れられたこともあった。

そのおかげか、元気印の咲也と並んで「ガチャ要員」としてゲーマーには非常にありがたがられている存在だ。
URという一番ランクの高いキャラを当てた時は、至に髪がぐちゃぐちゃになる程褒められたものだ。
その時の無邪気な笑みにまんまとやられて、千晴は至に惚れてしまった。
人の機微に敏い至はそれに気づいているものの、特に態度を変えることなく千晴に接していた。
意地の悪い大人だと言われるかもしれないが、この時期には珍しくもない感情で、育つかもわからない芽である。
至がそそのかした事で変に育ってしまって千晴の将来を変えることになるのも忍びないし、団内で恋愛というのも面倒かと思って放置している。

特に千晴からのアプローチは無いので、害がないのであればきっとこのままだろうと思っている。
至も千晴は仲間として憎からず思っているし、この関係を敢えて壊す必要もない。

そんな至の平和な思考をぶち壊したのは、支配人の持って来た怪しい薬だった。
『素直にナール』なんて、今時誰もつけないようなネーミングだ。
これを飲めばたちまち自分の気持ちを話したくて仕方がなくなるという、MANKAI寮の七不思議だそうだ。
MANKAI寮の、ということは支配人が生産しているのかと訝しげな気持ちになるが、身体に悪影響は及ぼさないと豪語している。
つまり被害者が居たわけだが、問題ないのであれば話は別だ。
こんなに面白いこと、逃す手はない。



紬やシトロンに使えば面白いだろうと、怪しまれないように液体をグラスに移し替えた。
おかしな薬のくせに、白葡萄を思わせる爽やかな色合いだ。
これならば誰からも疑われないだろうと、至は上機嫌に二人の帰りを待つ。
そして運悪くターゲットになったのはシトロンだ。
先に帰宅したからという無慈悲な理由で、至はシトロンに怪しい液体を勧める。

「シトロン。これ、支配人に貰ったんだけど飲む?」
「Oh〜、ワタシ喉カピカピよ!至、気が利くネ〜」
「ただいま戻りましたー」
シトロンがグラスを受け取るのと同時に、千晴がリビングにやってきて帰宅を告げる。
「乙ー」
「千晴、よく帰ったネ」

「あっ、至さんシトロンさん。これ飲みません?友達に変なジュース押し付けられて」
赤く濁った液体にはいくつも気泡があって、炭酸飲料だということが推し知れた。
「いちごベースなのに、緑茶とグレープルーツが混ざってるんだって……」
「絶対いらない」
おえ、と顔を顰める千晴に至は即答で拒絶したが、不幸にも変人シトロンが引っかかってしまった。

「冒険家の血がサンバするネ……!千晴、これと交換するヨ」
「あ、ありがとうございます。ちょうど喉乾いてて」
「げ、」
至が制止する前に千晴はその液体をごくごくと飲んだ。
数口で至がストップを掛けたので半分くらいしか減っていないが、1本まるごと飲まないと効果がないのだろうか。
それとも半分でも効果が発揮されてしまうのか。
シトロンならば冗談で笑って済ませてくれるかもしれないが、千晴となるとどうだろうか。
至はこれからの展開を一瞬だけ危惧した。
しかし好奇心は止められず、いつもニコニコ笑っている千晴の本音や秘密が知れるのも悪くないか、と至はさっさと考えを改めて千晴に向き直った。

「はい、じゃあ座って」
ソファに千晴を座らせて、世間話のていで様子を伺う。
千晴は楽しそうに話すが、別段おかしな会話はなかった。

これはやはり偽物だったということか。それとも千晴はいつも正直に生きているかのどちらかである。
つまらないな、と一気に興ざめした至は携帯を手に取った。そろそろゲームアプリのシステムメンテナンスが終わっているであろう時間だ。
今日から新しいガチャが始まるから早速ログインをしてガチャを回そうとアプリを開く。
「お、千晴。居た居た」
万里はリビングにやって来ると、ぐるりと辺りを見回して千晴に声を掛けた。
ついで咲也がひょこひょこと後ろから着いて来る。

「ガチャ頼むわ」
「はいはーい」
何度も頼まれているから、千晴も慣れたように返事をする。
とはいえどこを押せばいいかわからず、万里に指示されるがままボタンを押した。

「うっし!SSR2枚ゲット!」
万里が嬉しそうにガッツポーズをして、千晴にハイタッチを求める。
SSRが何かを知らない千晴だが、嬉しそうな万里の顔を見て笑顔で手を重ねた。
「咲也も1枚SSR引いてくれたし、今回のイベントは至さんに負けねえから」
ニヤリと勝利を確信した万里がソファにどかっと座り込む。
至は至で、手持無沙汰の咲也にガチャを回させていたらしい。
「自慢乙。こっちはURゲットしたから」
「はぁっ!?咲也テメェ〜〜〜!」
「うわわっ、万里くん、やめて〜」
「あはは」
「千晴くん、見てないで止めてください!」
わちゃわちゃとじゃれついている二人を見ながらも、千晴は至に声を掛けられる準備をしていた。
至からもガチャを回して欲しいと言われると思ったからだ。
URだかSSRだかを出せば、また至に褒めてもらえる。

最近はあまり成果は芳しくないので、がっかりさせてしまうのが心苦しいが。
至曰く、『物欲センサー』と呼ばれるものを察知して、欲しいと思っている人のところには目当てのキャラが来づらいようになっているのだと言う。
そんなものをゲームが察知できるのだろうかと謎に思うが、実際にゲームに興味のない咲也と千晴が回せば強いキャラが手に入るのだから、あながち間違っていないのだろう。
褒められたいなんて邪な想いで回しているから、こんな結果になってしまうのだろうか。
いやでも、今度こそは!と燃える千晴の隣で、至は口を開いた。

「咲也、この流れでレアキャラもいっかい宜しく」
「あ、はい!」
「えっ」
つい声を上げてしまった千晴だったが、あまりに小さくて誰にも聞き取れなかったようだ。
やっぱり、物欲センサーなるもののせいか。
URを引く咲也には勝てないのか。

「おれだって、咲也に負けずに強いの引けるのに」
思わず、といった形で言葉が漏れた。
今度は普通の声量で出たから、三人に聞こえてしまったらしい。
千晴も自分の発言に驚き、パッと手を口に当てる。

「えっ?」
ぱちくりと瞬きをする咲也の隣にいる至も、驚いたように目を瞠っていた。
「あれ?おれ今なんか、変な事言っちゃいました?」
あはは、おかしいなぁ。冷や汗を掻きながら千晴が発言を誤魔化そうと舌を回す。
「おいおい、ガチャで咲也に対抗意識って、お前もガキだな」
変な空気を敢えて壊すように万里がからかいのフォローを入れる。

そうだよねー、おかしいな、はは。
そう返そうとしたのに、口をついて出てきたのは全然違う言葉だった。

「おれが全然強いの引けなくなっちゃったから、咲也にしてもらった方が良いですもんね」
「は?お前、マジでどうした」
「えっ、何だろ?変な言葉が口から出ちゃって、」
万里に指摘され、取り繕うように言葉を重ねる千晴。至は自分のスマホを千晴に渡した。
「じゃあ、千晴やってみる?」
「え、だけど、おれじゃあダメかも……」
「なんで?」
「だって、ぶつよくせんさー、ってやつに引っかかりますもん」

話そうと思って脳内で構築しているものが、全然違う言葉に変わってしまう。
脳と口が別の生き物のようになって、混乱していても千晴の口は勝手に言葉を吐き出し続ける。

「どうして引っかかるの」
「やましいから、」
「何が?」
「至さんに褒めてもらえるかもって期待してるからっ、て、違いますからぁぁぁぁ!」

半泣きの状況で千晴はソファから飛び上がり、自室に逃げ帰った。
「……千晴くん、至さんに褒められたいって事ですか?」
「あー、あぁ、そういう事か」
疑問符をぽんぽんと飛ばす咲也と、納得したように頷く万里。
「とりあえず至さんがズルい大人だってのを再認識したわ」
「は?何でだよ」
「何となくしかわかんねえけど。千晴が至さんの掌に転がされてるって事だろ。ワルい大人だな?至さん」


意図したつもりではないけれど、あの怪しい液体の効果はばっちり出てしまったようだ。
千晴の至への気持ちの欠片を知ってしまった。
自分だけならまだしも、外野二人(特に万里)に知られたからには、至はこれ以上知らなかった振りは出来ない。
それに、不覚にも千晴の発言にときめいてしまった自分を自覚すれば、後はもうする事は決まっている。

「いや、言っても納得しないと思うけど、これ全部偶然だから」
「あー、そんなん良いから。早く千晴のとこ行ってやれば」
「言われなくても」
「え?え?」
咲也はどうにか丸め込む、というメッセージを万里の瞳から読み取って、至は長い脚で千晴の部屋に向かう。


部屋に籠られる前、ぎりぎり千晴が部屋のドアを開けた直後に捕まえることができた。
「千晴」
「おれ、今おかしいんでちょっとほっといて下さい」
いつもよりそっけない言葉だが、これも千晴の素直な気持ちだ。
これ以上関係を拗らせたくない、そんな気持ちが伝わるような怯えるような拒絶だった。
「千晴、話聞いて」

優しく諭すように部屋に入れてくれないかと伝えれば、コクリと頷いた千晴と共に部屋に入って行った。
千晴を勉強机の椅子に腰かけさせ、至もその隣に立った。
唇を固く結んでいるのは、もうおかしな事を言いたくないという千晴の心の表れだ。



「千晴は俺に褒めてほしいの?」
直球で切り込めば、千晴はぐっと喉を鳴らして黙り込んだ。
天岩戸作戦か、と至が溜息をつく。するとビクリと肩を跳ねさせた千晴はますます縮こまってしまった。

あ、今のはミスった。
ゲームなら選択肢ミスらないんだけど。

自身に胸中で舌打ちをして、とにかく沈黙を破らせようといろいろちょっかいを出してみる。
しゃがんで千晴に目線を合わせる。
指の背で千晴の頬を撫で上げれば、瞠目させて千晴は仰け反った。
距離を取られる前にもう片方の腕で千晴の腕を掴む。
目を白黒させている千晴に構わず、今度は親指の腹で頬を撫でるようにして、唇の端にわざと触れさせた。
ひえっ、と情けない声を上げた千晴は、目を潤ませて至を見ている。

「大人相手にそんな顔見せたら、パクっと食べられるぞ」
「え……?」
不思議そうな声をあげた千晴は、おずおずと話しだした。

「あ、あの……変なこと言って、すみませんでした」
「変なことって?」
「えっと……」
「あぁ、咲也にヤキモチ焼いてることか」
「ちがっ!……わ、ない……です」
「素直だね」
「わからないんですけど、考えてることと違うこと言っちゃって」
「考えてることと違うってことは、本当はヤキモチなんて焼いてない?」
「……いえ、すっごく、焼いてます……。言い訳できなくて、隠してる本当の気持ちを言っちゃうってことで、」

薬の効果はてきめんだ。
ここまでボロを出してしまえば、薬が無くても言い繕うことはできないだろう。
それを千晴も察したのか、意を決したように口を開いた。

「き、嫌わないで欲しいんですけどっ」
ぎゅっと拳を強く握る様が痛々しい。
全てわかってやっている自分を悪い大人だと万里が言うのも甘んじて受け入れよう。
だって、先ほどのやりとりで至のどっちつかずの心は決まってしまったのだ。後は自分の願いを叶えるために最善を尽くすだけだ。

「ガチャで良いの出すと至さんに褒められたり、頭撫でられたりするのが好きで。最初は恥ずかしかったけどだんだん嬉しくなって、またして貰いたいって思うようになって……。だから、ぶつよくせんさーってやつに引っかかったんだと思います。至さんが折角おれのこと頼ってくれてるのに、邪な想いで至さんの役に立てないのが悔しくて、でも前みたいなまっさらな気持ちには戻れない、です」
早口で捲し立てるように言葉を吐き出す千晴は、至の挙動を知りたくもなさそうに俯いている。
「至さんが下心もなくて良いキャラを引ける咲也を頼るのも仕方ないってわかってます。だけど……おれ、そのくらいしか役に立てないし」
「何言ってんの」
黙って千晴の言葉を聞いていれば、勝手にいじけてネガティブなことばかりだ。
「確かにガチャで良いの引いてくれるから感謝はしてるよ。でも、それだけじゃない」
「え……?」
「俺に褒められて嬉しそうにはにかむのとか、正直ヤバイって思うし」
「やばいって?」
「あ、たまにガチャでノーマルしか出なかった時に落ち込んで丸まってる背中見るのも好きだわ」
「え、ひどっ」

いつもの雰囲気が戻ってきたのを感じて、至は千晴の頭をさらりと撫でる。
「俺に密かに片想いしてる千晴が、俺に撫でられて目元蕩けさせてるのも好きかな」
「っ!」
「俺に密かに片想いしてる千晴が、俺のことチラチラ見てるのも面白いし」
「え!?……い、いたるさ……??」
千晴にとっては不穏な修飾節を名前の前につけてやると、あからさまに千晴は動揺の色を見せた。

「俺の言葉に一喜一憂してる千晴を見るのも嬉しいって言ったら、さすがに性格悪いって思う?」
「へ……?」
爆弾発言が多すぎて千晴はもう容量オーバーだろう。

「ま、嫌だったら殴ればいいよ」
言葉じゃわからないようだから、実際に体感させてみようと至が千晴に顔を寄せる。
反射で目を瞑った千晴に、そんなんだから付け入られるんだよと心の中で嘯いた。



数十秒後、ぼふっと湯気を立てた千晴の目に映ったのは、至の満足げな表情だった。

>>>
至さん難しかった……です!
悪い大人に引っかかる学生というシチュエーションでした。
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