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□A3
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「あれ、至さんさっき出掛けてなかったか?」
リビングに入った万里が、さっき出掛たはずの至の姿を確認すると素直に首を傾げる。
「あー、戻って来た。仕事が午前中で終わる予定だったらしいんだけど、データがおじゃんで残業決定だってさ」
「千晴さん、休日出勤かよ」
「ん、そう」
至の恋人である千晴は劇団員とは顔見知りだ。新しい舞台が始まれば毎回観に来て差し入れをくれる。
挨拶程度で普段はあまり会わないが、至の恋人として存在は全員が知っている。
今日は二人のデートの日だった。
元より千晴が午前出勤だったので、午後はランチがてら出掛けようと約束していたようだ。
しかし終業も近づいた時間にデータがクラッシュし、また資料を一から作る羽目になったのだという。
天鵞絨駅前に着いた時にその連絡を受けた至は、あっさりと踵を返して帰宅したのだ。

「終わる時間も見えないし、今日は無しになった」
「そんで拗ねてゲームか」
「拗ねてないっつの。ちゃんと謝ってもらったし」
「どーだか。どうせ『言葉じゃ誠意が見えない、詫び石寄越せ』とか言ったんだろ」
万里なりの励ましを含んだからかいだったのに、至は事も無げに頷く。
「まあ、『詫び石は?』って言おうと思ったんだけどさ」
「って、マジかよ!?言ってねえよな!?」
いくら千晴がゲーム廃人に理解のある恋人とは言え、それはあんまりだ。
千晴のせいで約束が反故になったわけではないのに、だ。
万里がギョッとしていると、至が片頬を上げて笑う。

「詫び石って言う前に、俺の口座に10連ガチャ分の金額振り込んだらしい」
「……は?」
「『金は入れといたから、これで次のイベント走りな』ってLIME来た。俺の恋人最高じゃね?俺のこと理解しすぎ」

ドヤ顔の至に多少イラッとしつつも、万里は開いた口が塞がらない。
何と言うか、金で解決しすぎだろう。
今回のデートが無くなったのは千晴の残業が理由ではあるが、千晴が悪い訳ではないのに。
それを金払ったんだからチャラだろ、みたいにするのはどうなんだ。
まあ、謝られてる本人が良しとしているなら部外者が口を挟むことでもないのだが。

それは恋人としてどうなんだ、と万里はまだフリーズしている。
「しかもSSR2枚来て、そいつの専用武器も来たから次のイベント圧勝だわ」
むしろ良いキャラを引き当ててご機嫌な至に、結果オーライなのかと万里は頬をひくつかせる。
「変なカップルだな」
「失礼な。お互いを理解してるって言うんだよ、お子ちゃまにはわからないかもしれないけど」
「へーへー。ノロケはいらね。いーから共闘しよーぜ」
「キタコレ」
二人は軽口を言い合いながらも、どっぷりとゲームに浸かってレアアイテムを入手しまくった。


もう少しでボスが倒せそうだという時に、至の携帯が受信を告げる。
「万里よろ〜」
「は!?俺死にそうなんだぞ!っ、たるさん!」
至は自分のキャラを安全な場所まで避難させて素早く携帯を確認する。
いきなり独りでボスの前に放置された万里は焦りながらもボスの攻撃をよけては反撃を繰り返している。

サッと返信をすると、ペロリと唇を舌で湿らせた至が「遊んでないでさっさと潰しますか」と本気になり、ものの1分で勝負に決着がついた。
「おい、余裕あんならもっと最初から……ってどこ行くんだよ?」
万里が最初からやる気を出せと文句を付けようとしたところ、至はさっさとセーブをして立ち上がる。
「仕事終わったらしいから行ってくる。夕飯はいらないって臣に言っておいて」
「あ?……おう、わかった」
首をポキポキ鳴らして「うあ゛ー、だる……」なんて言いながら、どこか楽しげな背中が扉の向こう側に消えた。
ドタキャンされたばかりだというのに千晴から連絡が来れば、本気を出してプレイ時間を短縮してそそくさと出掛けたというわけか。
「何だかんだいってベタ惚れかよ、至さん」
掴み所のなかった余裕綽々の大人の可愛らしい一面が見れたような気がして、万里はくつくつと腹の底で笑った。



年下のゲーム仲間にほんわかされているとは露知らず、至は千晴と駅で落ち合って夕食を取った後、千晴の部屋でまったりしていた。
ベッドに背を凭れてクッションを下に敷いて、千晴を後ろからぎゅっと抱きしめながらテレビを見る。
至にとってはこれが至福の癒される時間なのだ。
さらさらの髪に頬を寄せると、ふわりとシャンプーの匂いが香る。
女子のような甘い匂いのシャンプーではなく石鹸の清潔な匂いだ。それが千晴に見事に合っていると思うのは惚れた欲目だろうか。


ふうと大きく息を吐くと、千晴はくるりと至に振り返る。
「今日、ごめんな」
「そんな何回も謝んなくていいって。それに石もちゃんとSSRに化けたから、文句ないどころか感謝」
「はは、なら良かったけど」
「千晴の方が疲れてるでしょ。同じ書類二回も作ってるんだし」
「まあ、ちょっとは」
千晴の右腕を取って、リンパ腺を強すぎない力で押してやる。
「うぁー……それ気持ちい、あいたっ」
ツボを刺激したのだろう、千晴は時折声を上げつつもされるがままだ。
「あー、いいね。そこ最高……」
「あっはは、おっさんみたいな声出し過ぎ」
濁音まみれであーだのうーだのと呻く千晴が面白くて、クスクス笑いながらもう片方もやりすぎない程度にマッサージしてやる。
自分の手でふにゃふにゃに蕩けた恋人が可愛らしく、全てを預けきって至に寄りかかってくるのが嬉しい。

万里には金で解決する恋仲と思われているようだが、そもそも好きでもない相手に金を出された所で嬉しくもなんともない。
愛情がきちんと基礎になっている上での詫び石だ、と至は脳内で万里に言い放つ。
金だけで解決したいなら、わざわざ食事をして自室に招いてまで謝ることだってないのだから。

「明日は休みだから、今日の仕切り直ししよう?」
至に寄り添いながらも恐る恐るお伺いを立てる千晴の鼻をつまんでやる。
「っぶ!なにすんだっ」
もがく千晴の鼻を放してやると、さすりながら至を恨めしそうに見てきた。
「ビビりすぎ。俺ってそんなに恐怖政治強いてきた?」
たかが明日の約束を取り付けるだけでそこまで怯えるなと言外に含ませれば、千晴はふるふると首を横に振った。
「でも今まだイベント中だろ?明日も出掛けるってなったら、プレイする時間なくなるかなぁって」
「上位ランカーなめんな。もう欲しいアイテム貰えるランクにはなってる。一日やらなかったからって圏外になることないからさ」
至が千晴の頭をぽんぽんと撫でると、やっと千晴はふにゃりと相好を崩した。
「じゃあ今日行けなかったから、明日は財布を新調したい。至が持ってるブランドのやつ」
「お、いいじゃん。俺あのブランド好き」
「うん、至が持つと様になってる」
「突然のデレキタ。なに、どうした」
千晴の気遣いをわかったうえで、こうして茶化してくれる至の優しさが嬉しい。
普段から至は格好いいと思っているので、たまには口にするかと思って言ったのだ。
その好意をからかうなと千晴はむくれるポーズ をする。
「おれがデレちゃだめなのかよー」
「いや?最高。もっとデレていいんだよ?」

にやけ顔で至が腕を広げた。
何だその顔はと思いつつ、その誘惑に負けた千晴は至の胸に顔を埋める。
「うぁぁ、やばい。寝そう」
「だぁめ」
「明日に備えて寝る」
「さっきまでのデレはどこ行った?」
そう言いつつも頭を撫でるのは反則だ。本当に寝てしまいそうになる。
「手と体温がおれを寝かしつけようとしてる〜〜〜。全自動お布団マシン至……」
「お布団マシンになった覚えはないかな」
「じゃあ、」
思いついた言葉を発しようとしたけれど、あまりにも恥ずかしすぎてやめた。
「じゃあ、なに?」
千晴の思考を読み取ったようににやにやとだらしない顔を見せる至。
「ぜっ、全自動毛布マシン……」
「ん?違うよね?さっき思いついたこと言ってみ」
「言わない。恥ずかしい。無理、やだ」
ぐりぐりと額を至の胸板に押し付けて、千晴は貝のように口を噤んだ。
手を変え品を変えて言葉引き出そうとしたが、貝の意思は固い。
さっさと見切りをつけた至が千晴にベッドに入るよう促す。
そこは素直に従ってくれたので、至も隙間に忍び込んで千晴を抱きしめた。

「やば、寝るわコレ」
「だろ?」
千晴の体温がじんわりと至に染み入って、安心したら欠伸が出てしまった。
「あ、アラームかけないと。何時に起きる?」
「9時くらいかな」
ごそごそと至の腕の中で身体の向きを変えた千晴が、携帯のアラームをセットする。
ベッドヘッドに携帯を戻した千晴の腕を掴んだ至が、その手首に口づけを落とす。
全ての指同士を絡めるように手を握ったかと思えば、指先や手の甲にも唇が触れた。
くすぐったい心地が嬉しくて、千晴も至の手の甲にお返しのキスを施した。

「そっちより、こっちが良いかな」
思わせぶりに親指で千晴の唇を撫でる至の指先が艶めかしく、ドキリと胸が鳴った。
ちゃんとキスをしたいと遠回しに告げられ、千晴は耳を赤くしながらまたごそごそと至に向き合った。
ちらりと至を窺い見れば、端正な顔がふわりと綻んでいる。
ゆっくりと近づいてくる至を受け入れるように、千晴はそっと目を閉じた。
過たず触れた至の唇は柔らかさより弾力が勝っている。滑らかなそれが啄むように複数回触れてきた。
その後しっとりと重なって、ジンと身体が痺れた。

何にも邪魔されずに恋人の触れ合いを堪能する時、こんな風に身体が痺れることがある。
全ての細胞が至の仕草を余すことなく読み取ろうとして、空気の振動すら感じ取れるほどに夢中になってしまう。
至の長い指で耳殻を引っかかれるのも好きだ。
焦らすような微弱な刺激がもどかしくなって、もっとしてと言ってしまいそうになる。

布団の中でごそごそとやっているとなんだかそんな気分になってしまった。
「……する?」
至が潜めた掠れ声を千晴の耳に吹き込む。千晴はこくりと頷きそうになったけれど、どうにか堪えた。
「……したいけど、しない」
「最初から最後まで全部俺がしてあげるよ」
なんとも魅力的なお誘いだが、千晴は首を縦に振らなかった。
「明日デートしたいから、我慢する……」
普段デスクワークばかりで至ほど体力のない千晴は、がっつけば明日に響くと身を以て知っていた。
一回じゃ終わりそうもないし、どうせするなら味わい尽くしたい派の千晴はセーブするということを知らないのだ。
「……じゃあ明日は早めに出よ。それで、」
自分の声の威力を知っている至は、千晴の耳朶に唇をくっつけて囁いた。
「買い物終わったら、しようか」

千晴が目元を赤らめつつ至を見ると、パチリとウィンクが飛んだ。
なんだそんなことするのかこの男は。
見事にハートを射抜かれながら、千晴は携帯に手を伸ばしてアラームの時間を一時間早くセットし直したのだった。



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詫び石のくだりが書きたかったのです。
予定よりいちゃついてくれました。
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