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□真澄
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MANKAIカンパニーの監督である日高千晴は1周年記念公演に向けて、日々に忙殺されていた。
昔に行われた劇の中から一番人気が高い作品をリバイバルとして再上演することとなったからだ。
各組の枠を取っ払って役を当てはめていくと、主役は三角、その相方は真澄。真澄の兄役に臣、三角を狙う怪しい男の役は密、と綺麗に全組から一人ずつ選出された。
次回の春組公演に向けて脚本を必死に書き進めているのと並行して、この記念公演の脚本の手直しを頼まれ、綴はここ最近はずっと部屋に籠りっきりだ。
手直しが必要とはいえ話の大筋は変えないため、幸を筆頭とした衣装係も今回は先にベースの衣装を作り始めている。


そんな中、他のメンバーとにぎやかし担当の一成は密かな計画を打ち立てていた。
3/30は真澄の誕生日である。
団員の誕生日は派手に祝うというポリシーの千晴は、予算を握る左京と日々の合間を縫って当日の流れや食事などを決めていた。
誕生日プレゼントはみんなから少額のカンパを貰って、監督である千晴からプレゼントを渡すというのがお決まりの流れだ。
事前にどんなものが欲しいのかと聞いたが、真澄の返事はいつも同じ、「カントク、アンタが欲しい。アンタだけがいい」だ。
真澄のあからさまな好きオーラに気付かないほど子供ではないが、監督と演者という立場ゆえに、つかず離れずの距離を保ちたいのが本心だ。
しかし、距離感に悩むよりもすべきことは早くプレゼントを決めることだ。これ以上引き延ばせば他の予定との兼ね合いで買い出しにも行けなくなる。

どうしようかと頭を悩ませていると、咲也からヘッドホンを提案された。
なるほど、真澄は音楽を聞くのが好きだ。知っていたのにその発想にならなかったのが少し悔しい。
善は急げと電化製品を扱う店に行き、店員に様々な商品を勧められつつ予算内の中では最高品質のヘッドホンを買った。
丁寧に包装してもらい、気づかれないように自室に避難させて準備万端と満足のため息を吐いた。


そして数日後、真澄の誕生日当日。
何事にも興味を示さない真澄だが、やはり祝われるのはそれなりに嬉しいようだ。
真澄の好物ばかりを並べた端には、千晴特製のドライカレーもある。
真澄が何よりも先にそれを食べて美味しいと感想をくれたので、千晴はくすぐったい気持ちで安心して誕生会を楽しんだ。


途中からは当事者を放って盛り上がっているなか、酒が入っている成人組の輪に真澄が寄ってきた。
もちろん酒目当てではなく、ほろ酔いの千晴目当てだ。
「頬赤くなってる、可愛い。ねえ、すぐ酔うの?」
「可愛くないって。演劇やる人間は結構呑むんじゃないかな、でもおれはそんなに強くないな」
酒は嫌いではないが、杯を重ねると懐が淋しくなる。それもあってそんなに呑もうとも思わないから、酒にも強くならないという訳だ。
それに駆け出しとはいえ、組織を纏める人間が正体を無くすほどに酔いつぶれるのも体裁が悪い。
今の程度で丁度いいのだと言えば、真澄はふぅんと頷いた。
どうやら会話の目的はそれでは無かったようだ。
他に話したいことがあるのだろうと推測し、こそっと聞いてみた。

「どうかした?」
「俺に欲しい物ないかって、聞いただろ」
「あぁ、うん。誕生日プレゼントの参考にね」
千晴をくれなんて冗談だか本気だかわからない言葉を頂いたが、ヘッドホンは買えたから問題ない。
「あ、そういえばまだプレゼントを―……」
「千晴さんをくれる?」
不意に名前で呼ばれてドキッとする。いつもは監督とかアンタとか呼ばれているから、不思議な心地だ。
「真澄くん、」
ドキッとしたせいで、言葉はすんなりと喉を通って来なかった。
「否定しないってことはくれるんだ。嬉しい」
「あ、ちが、」
慌てて両手を振って否定する。
すぐさま輪から抜け出してキッチンの隅に隠していたプレゼントを取り出す。

「ちゅ、ちゅうもーく!真澄くんにプレゼントを渡しますよー」
みんなの気を引きつけて、輪の真ん中に真澄を呼び出すと包みを手渡した。
おめでとう!という言葉と拍手がリビンクいっぱいにこだまする。
「はい、遠慮せずに開けて、どんどん使ってねー」
ガサリと包装を解いた真澄は、驚いたように千晴を見た。
「俺の好きなメーカーの新しいモデルだ」
「喜んでくれると嬉しいな」
「ありがとう……アンタがくれたもの、大事にする」
「おれも含めたみんなからのプレゼントだから、大切にね」
「ん、」

さっきの変な会話から抜け出せて、胸中で安堵の息を吐く。
そこからしばらく歓談を続けたが、中学生たちに入浴を勧めたのを皮切りにすぐにお開きとなった。
片づけが全て終わった時には22時を回った頃だった。

自身もシャワーでさっと入浴を済ませ、自室で明日の準備をしているとコンコンとノックされた。
「はーい」
ガチャリと扉を開けると、一成がにっこりと人好きのする笑みを浮かべて立っていた。
「一成くん、どうしたの」
「カントクちゃん、この後って暇?」
「うん、シャワーも浴びたし明日の支度もちょうど今終わったから……って、うわっ!?」
千晴が話し終わらないうちに、一成の後ろから万里と太一がひょっこり顔を出した。
かと思えば千晴はいきなり目隠しを被せられ、くるりと後ろを向けさせられて両手も後ろ手に縛られてしまった。首回りには何か冷たい布がするりと巻かれる。
「ちょ、なに!?」
「監督先生、ごめんなさいっすー!万チャンに脅されてるんす〜」
太一は情けない声で謝るが、解いてはくれないようだ。
「えっ、まさか目隠しされて絞め殺される!?」
「んなわけねーだろ」
呆れた声を出したのは万里だ。いいから待ってろと言われ、一分くらいで新たな足音が聞こえた。
「……監督?」
見えないので姿はわからないが、その声は確かに真澄だった。
「……何で目隠しされてんの」
確かに後ろ手で縛られたまま目隠しされて部屋の前で立ち尽くす大人というのもシュールだ。
「一成くん、万里くん!犯行に至った動機を説明してもらおうか」
同意も無しに人を縛るとは、監督としての教育不足だ。お灸を据えねばならないと低めの声を出せば、一成が慌てて取り繕った。

「いやいや、オレら恋のキューピッドだから!二人に幸せになってもらいたいだけ!」
「ほらよ、俺たちからの誕生日プレゼントだ、喜べ」
軽く背中を押された千晴がよろめきながら前に出ると、トンと誰かにぶつかった。
誕生日プレゼントという言葉から推測するに、真澄に引き渡されたのだろう。
誕生日プレゼントが自分とはどういう意味なのか。

「綴には、真澄は今日監督ちゃんの部屋で寝るから戻ってこないって言っておいたからな。のこのこ戻ったりすんなよ」
「明日は二人が起きて来るまで邪魔しないから、思う存分イチャついちゃって☆」
「はい!?」
理解したくなかった意味を理解したのは真澄も同じようだった。
「嬉しい……」
……真澄は、喜んでいるようだが。
「初めては痛いらしいから、お前切羽詰まって暴走すんなよ。暴走したらもう一生触らせて貰えないからな」
「とろとろにさせるに決まってる」
「はっ、そーかよ」
「まっすー、これあげるから使って☆」
自分の頭越しに不穏すぎるワードが飛び交っている。
千晴は逃げようともがいたが、目隠しされてはどこに逃げて良いかもわからず、あっけなく捕まってしまった。

「監督さん」
「あ、至さんも居たんですか!未成年組の暴走を止めてくださ……」
大人が現れた!と喜んだのもつかの間、至は千晴だけに聞こえるように耳元で囁いた。
「俺たちみんな監督さんのこと好きだから、監督さんに辛い思いとか我慢はして欲しくないんだよ。そろそろ自分の気持ちに素直になって、覚悟決めな」
至の言葉に千晴はぐっと押し黙る。
「……気づいてたんですか」
「見てればわかるでしょ」
「……そういうの、出してなかったはずなんですけど」
「なら、自分で思ってるより真澄のこと好きなんじゃないの」
はっきりと言葉にされて、カッと顔が熱くなるのがわかる。
「あ、そうそう左京さんの許可も取ってるから安心して」
楽しげな声音と反比例する衝撃的な台詞に、何をどこまで知られているんだと気が遠くなる。



「監督に何言ったんだ」
「別に?」
至はポンと真澄の肩を叩いた。
「据え膳食わぬは男の恥、ってね」
「食わないなんて言ってない」
「うわ、ノロケ出た。じゃあ邪魔者たちはとっとと退散しますか」

多分、至は千晴に向けて言ったのだろう。
ここまでお膳立てしてやったのだから、ちゃんと真澄の気持ちに応えろと。
そうわかっているけれど、その後の真澄や至の言葉に緊張してしまい、うまく頭が回らない。

食うのか、いや、食われるのか。
具体的な想像はしたことがないから、よくわからないが。
いやもちろん、念のために参考としてやり方は調べたけれど。
どっちがどうとか、そういう生々しいことを考えたら止まれなくなる気がしていたから、しなかったのだ。


足音が遠ざかると、廊下には静寂が落ちた。
「監督」
思ったより近くで声がしたのでビクリと肩が跳ねる。
「……部屋、入っていい?」
顔が見えない分、声で表情を聞き分けるしかないが、真澄も緊張しているようだ。
今の千晴の格好を別の団員に見られたら、真澄に濡れ衣が着せられてしまう。
とりあえず部屋に入れて腕の拘束を解いてもらおうと真澄の問いに頷けば、ガチャリと扉が開く音がして真澄に肩を抱かれるまま中に入った。


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