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□真澄
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・クリスマスイベントのネタです
・ちょっと触ってるのでR-15です。

「はぁー……」
真澄が深くため息を吐く。
常であれば人が好い団員たちはどうしたと声を掛けるのだが、真澄があからさまに感情を表に出しているから、誰が見てもその思考は見て取れた。
薔薇色の頬、潤んだ瞳、緩む口元。
纏うオーラはピンク色に輝き、むしろ強すぎるオーラの直射をこの距離で浴びせ続けられる団員の方が憐れな程だ。
はぁ……と零れる吐息は懊悩や絶望ではない。
むしろ幸せすぎて胸がいっぱいで、幸福な思い出に浸っているがゆえの感嘆なのだ。
「いつも俺が千晴を追いかけてばっかりなのに、千晴の方から来てくれるなんて……幸せすぎて頭おかしくなりそう」
元々頭おかしいだろと万里が口にしなかったのは、できるだけ関わりたくないからだ。


そう、真澄はいま、至上の幸福の渦中に居る。


「っ、帰って来た」
玄関を開ける音もしないが、真澄は談話室のソファから立ち上がって玄関に向かった。
そして待つこと数十秒。
「ただいまー」
「千晴、お帰り」
「ただいま真澄」
玄関でにこりと微笑み合うリア充の横で、買い出しの袋をいくつも手に提げた幸が低い声で牽制する。
「イチャつくな、邪魔」
「あ、ごめん」
「お前こそ俺と千晴の邪魔するな」
「こら、真澄」
毒舌の応戦しようとした真澄を阻止すべく千晴が真澄の口を手で覆う。
そのスキンシップだけで真澄は目元を蕩けさせるものだから、幸は渋面を保ったまま衣裳部屋に買ってきた材料を運んだ。
「あ、幸、待って」
「俺が運ぶ」
千晴の足元に置いてある荷物を真澄が取ると、二人で衣裳部屋に向かった。
「幸、仕分けしちゃうぞ?」
「すぐ使うのだけ机に出しといて」
「はいよー」
「てきぱき動いてる千晴も可愛い……好き」
うっとりしている真澄をよそに千晴はさっさと素材を片してしまう。
「はい、終わった!鍵ください!」
「ったく……。いいけど絶対、」
「汚さないこと、だろ。わかってる」
幸の言葉を先んじて真澄が告げれば、胡乱げな眼差しを二人に向けた幸は壁際のキーフックから鍵を抜いて千晴に差し出した。
「ありがとう!!」
力強く満面の笑みでお礼を言った千晴は、くるりと真澄に振り返る。
「真澄、行こ!」
「楽しそうにしてる千晴も可愛い……」
「はい、イチャつき禁止ー。さっさと行け」
ハグをしようとした真澄が幸の制止を受けて睨みを利かせたが、千晴は真澄の背中を押して部屋を出た。


鍵のかかった扉を開けると、千晴はキラキラと瞳を輝かせた。
「うわぁー!すごい!何回見てもすごい!」
千晴と真澄が居るのは衣裳用の倉庫だ。
制作途中のものは衣裳部屋に、前の公演の衣装や小道具はこの倉庫にしまわれてある。
千晴は丁寧にタグ付きで保管されている衣装をがさがさと出しては見て、また出しては見てを繰り返している。
「真澄……」
「これ?」
「ん、」
「わかった、待ってて」
真澄はごそごそとシャツをボトムを脱いだ。そして、渡された衣装をするすると着付けていく。
姿見を使いながら調整をすると、くるりと千晴の方に向き直る。
千晴はといえば、体育座りをして膝頭に額をくっつけていた。
「千晴、できた」
真澄の声掛けにバッと顔をあげた後、じわじわと目が見開かれていく様子がわかる。
そして何かを堪えるかのようにグッと顎骨を喰い締め、悶える。
「やばい、かっこいい、むり。あー、やばい」
こういう時の千晴は語彙が劇的に少なくなる。
恋に恋する少年のように真澄に見惚れては、あーだのうーだのと喜びの呻きをあげてばかりだ。
真澄も満更でもなさそうに頬を染めて称賛らしきそれを受ける。
「ひえええ、ポールの軍服最高だ……!」
夏組第三回公演の一成演じる海軍ポールの衣装に身を包んだ真澄の全てを見ようと、あちこちに目を移したり自分で後ろに回ったりしている。
このように感情を爆発させている千晴を、真澄は新鮮に受け取っていた。
千晴はどちらかと言えばおっとりしたタイプで、あまり騒ぎたてる性格ではないと思っていた。
真澄どころか団員のほとんどがその認識だったのだ。
とあるきっかけでクリスマスに新しい劇をやることが決まったのを皮切りに、千晴にこんな面があるということを知ったのだ。
幸が左京の値下げ攻撃に負けずに粘って装飾を豪華にしたのも一因だったのだろう。


今回の主役である真澄のカスノワゼットの衣装を見た千晴は、読んで字の如く膝から崩れ落ちた。
衣装係の幸と太一、それとこの劇の演者は一斉に千晴を見た。
震えながら真澄を見つめ、蕩けきった瞳でわななく唇を開いたかと思えば。
『かっこいい……!』
そして堰を切って溢れ出す水のように、目を丸くする真澄の衣装や出で立ちを手放しで褒めてみせた。
もちろん製作者の幸と太一への称賛も惜しまない。
『幸の衣装はもちろん全部素晴らしいんだけど、今回注目すべきは緻密に作られてる装飾だね。光沢もわざと消してる?だからかな、質感も当時の面影があって良い。それに、惜しまずに使われてる装飾がカスノワゼットの威厳を保ってる。そうそう、太一もかなり裁縫の腕上がったんじゃない?パッと見ただけじゃあ素人には区別つかないや。それにこのシックなのに豪勢な色合いが真澄の肌の色味にも合ってて……』
周りの人間は熱のこもった千晴の弁にポカンと口を開けていたが、真澄はすぐに反応して千晴をぎゅうと抱きしめた。
『千晴、この衣装好き?』
『真澄が着て、その上似合ってるから好きだ!』
にこにこと花が咲いた笑顔には、毒気も抜けるというものだ。
千晴の無自覚の好き好き攻撃に、真澄は諸手を上げて降参した。
こんな可愛い千晴を見て抗う気などこれっぽっちも起きない。
『俺も好き……大好き』
皆が居る前で熱い口づけを交わそうとすると、ようやく我に返った幸に『ちょっと待てオープンスケベサイコストーカー』と長ったらしい呼び名で寸止めさせられてしまった。
『邪魔するな』
『ていうか、今は細かい部分を直してる最中なんだから、無駄に動くな!ほら、アンタも退く!』
『わ、ごめんっ』
幸がギロリと千晴を睨み付ければ、千晴はパッと素直に真澄から離れた。
『なんでそいつの言う事は聞くの』
真澄が不機嫌になる横で、千晴はもじもじとし始めた。
『あの……ゆ、幸?』
『なに、邪魔するなら出てってもらうけど』
意を決したように千晴は、幸に倉庫の衣装を見せてほしいと頼み込んだ。
もとより民族衣装や伝統的な衣服を好んでいた千晴だったが、あまりその話題について触れる機会もなかったのだという。
この劇団に入ってアラビアンやらの衣装があったのも実はかなり興奮していたらしいのだが、なかなか言えずにここまで来てしまったそうだ。
しかし、今回のくるみ割り人形の劇でヨーロピアンテイストの服装を真澄が着ると知ってからは、もう居ても立ってもいられなかったらしい。
民族衣装を着る真澄を妄想しては、カッコいいと脳内で雄叫びを上げていたのである。

椋が着ていたような全身を覆うアラビアン風の衣装も良いが、やはり同公演の天馬が着ていた胸元をはだけさせた濃紺の衣装が、“それ“らしくて最高に好みだ。
ドイツの民族衣装、レーダーホーゼンも良い。
白いシャツに濃茶色の半ズボンを肩紐で吊っているレーダーホーゼンを履いて、簡素な紐靴を身に着ける。
帽子は同系色でも良いが、羽根が付いているとより千晴好みだ。
そうしたらその隣にはディンドゥルを着た女性が必要だよな。幸が着たらきっと似合うんだろうな。
でもやっぱりあの衣装は胴を可愛らしい紐で編み上げたシャツの上に乗る胸の盛り上がりがあってこそだから、監督であるいづみに着てほしいな。
あ、これセクハラかもな。

……などなどと口にしていないから何でも良いだろうと、酷い妄想を繰り広げていたのだが。
まあとどのつまり、できれば衣装を見るだけではなく試着をして欲しいのだ。
たくさんの素敵な衣装を身に纏った真澄が見たいという、欲望丸出しの願いを中学生相手にぶつけた。
白い目で見られるのは百も承知だ。その程度で許可が貰えるならば土下座でも何でもすると言いかねないオーラに幸も口を噤む。
どう言えばいいか戸惑ったのを察した一成が助け舟を出した。

『良いじゃん良いじゃん〜!違う組の衣装って着るチャンス滅多にないし、こーなったらコスチェン大会しちゃう〜?インステでええな間違いなしじゃね!?』
やべー、面白そう!と盛り上がる一成に、椋もパッと表情を明るくする。
『ボク、ロミオかジュリアスの衣装着てみたいなぁ……!』
キラキラと目を輝かせる椋にようやく我に返った幸は、手で大きくバツ印を作った。
『それぞれの体格に合わせて作ってるんだから、違う奴が着たら形が崩れるから駄目』
『体格が近い人の衣装選ぶから!お願いします!何でもするから!!』
ここまで人目を憚らずに頼み込まれ、まだ人生経験の浅い幸はどういう対処をすればいいのかわからない。
真剣な眼差しに気圧された幸は、衣装の買い出しやら雑用やらと引き換えに、そのおかしなお願いを承諾したのだった。


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