zz

□真澄
16ページ/35ページ

・架空の合宿が出てきます。


夏休み中、恒例の合宿話がやってきた。
今回は春組と夏組の合同合宿だ。
一成の友達の親戚の知り合いがやっているというコテージをタダ同然で借りる代わりに、一週間毎日何かしらの劇を上演するようにとの交換条件が出され、いづみは食い気味にその提案を引き受けた。
その時は特に異を唱えていなかった真澄が、合宿不参加を表明したのは合宿の二日前だった。

理由は明白だ。千晴が合宿に参加しないからである。
千晴も当然行くと思っていたらしいが、MANKAIカンパニーの広報を担っている千晴は、パンフレットを置いてもらう劇場の手伝いに行く予定が入っていたのだ。
それを知った真澄はいづみに直談判したが、もちろんそれが受理される筈もなく。
絶対に行かないとごねる真澄をどうにか送り出した千晴は、『裏切り者』と怨念が籠められた真澄からのLIMEに『お土産話とお土産、楽しみにしてる』と返事をした。



千晴には、真澄が初めての恋人だった。
目立つ人間ではない千晴は友人も大人しい連中ばかりで、個性の塊のような真澄と出会うまでは恋にも何にもあんまり興味が無かった。
たまたま美術の成績が良くパソコンにも明るかったので、メディアを中心に劇団の宣伝をすべく広報という立場に置かせてもらっているだけだ。
演劇をする真澄を見て、すごいなぁと思うばかりで専門的な知識は殆ど無い。

真澄は千晴が大好きで、真澄の構って攻撃を受け入れているうちにいつの間にか付き合っていて、手を繋ぐ前にキスしていた。
千晴はそのキスで初めて真澄と付き合っているらしいと知り、そして自分が真澄に恋をしていることを自覚したという体たらくっぷりだ。
だから千晴は自分から真澄の手を握った事もなければキスした事もない。
真澄がベッドに忍び込んでくるのでそれなりに相手をしているけれど、自分から誘った事もない。
今となってはちゃんと真澄の事が好きで恋人同士だという自覚はある。
そういった事をしたくない訳じゃないが、元より肉欲が然程ない千晴の気持ちが溜まる前に、真澄によって発散されているだけだ。
高校生の若さで快楽の味を覚えてしまった真澄は、しきりに千晴を求めてくる。
少なくとも一週間に二回。営みがなくても毎日ベッドで千晴を抱き締めて寝ている。
真澄と気持ちいい事をするのは好きだと時々告げているし、そもそも真澄からすれば「拒まない=合意、むしろ愛されてる」という図式が成り立っているので、千晴からのお誘いが無くても大して気にしていないようだ。

付き合うようになって初めて一週間も離れるが、真澄のことだ、LIMEや電話が鬼のように掛かってくるだろうから寂しがる暇もない筈だ。

そう高をくくっていた千晴だったから、まさか自分にあんな事件が起こるとは露ほども思っていなかったのである。



***



合宿初日の夜。思った通り真澄から電話が掛かってきた。
一時間ほど話した後で、消灯を告げる声によって強制的に電話は終了させられた。

翌日は稽古の合間や食事の時間に電話とLIMEが定期的にやってくるので、律儀に返事をしてやった。
『愛される側も忙しないね』と東が笑むのに照れつつ、今日の食事や行動を伝える。
臣と一緒に食材の買い出しに出掛けたと言えば浮気だと拗ねられた。
真澄のこういった難癖には慣れているのでスルーしつつ他の話題を出し、そこからまた山のようなメッセージを積んでいく。

更に翌日は件の劇場の手伝いに行った。
思ったより体力仕事を任されて、帰宅した時はくたくただったのに夜は眠れなかった。
真澄とのLIMEを終えた後も眠る事ができず、水を飲みにリビングに行くと万里がゲームに熱中していた。
「万里くん、まだ寝ない?」
「んー、まだ至さんもログアウトしてねーしな。明日も午後の稽古だけだし、しばらくやる」
「邪魔しないから、ここに居てもいい?」
「なんだ、眠れねえの?」
「うん、力仕事したから身体は疲れてるはずなんだけど、目が冴えて……」
「んじゃ、ここでボーッとして、眠くなったら戻れ」
「ん、そうする……」

万里がスマホを操作する音と時計のカチコチと鳴る音、たまに外で車が走る音が聞こえるのを目を閉じながら聞く。
目を瞑っているのでどのくらい経ったかはわからないが、まだ全然眠気はやって来なかった。
「うう……駄目だ。さっきより目が冴えてる気がする」
「ストレッチでもしてみろよ」
「うん……」
万里の言葉に素直に従って15分ほど柔軟をやってみたが、さほど効果は無かった。


「お、まだ起きてるのか」
「臣さん」
「そろそろ寝ないと明日起きられないぞ」
「午前は何も予定ねえし」
「俺とランニングでも行くか?」
「このくそ暑い中ランニングしたら死ぬ」
「ははは。千晴はどうした?遅くまでリビングに居るのは珍しいな」
「なんだか寝付けなくて」
「真澄が居なくて淋しいんじゃないか」
「えっ」
「あー、それだな。アイツのことだからどうせ毎日お前にしがみついて寝てんだろ。それが無いから身体が拍子抜けしてんだ」
「そ、そうなのかな……?」
顔を赤らめる千晴に、万里はゲーム画面から顔を上げて嫌そうな顔をした。
「おい、否定しろよ。バカップルが」
「ははっ、仲良いな。千晴と真澄は」
臣にまでからかわれて、千晴は手で顔を覆った。

毎日抱き締められたり、三日に一日はえっちな事をしていたりと、真澄の相手はなかなか体力が要る。
真澄不在の今、その触れ合いがなくて千晴は体力が有り余っている?
「欲求不満、だな」
万里にそう断言された千晴は、ショックのあまりフラリと立ち上がって自室に戻った。



欲求不満。


恋にもセックスにも興味が薄かった自分が?
欲しがりの真澄に付き合っているうちに、自分もそのペースに慣れてしまったのだろうか?
たった三日離れただけで、眠れない程に?
いや、実質セックスしたのは五日前だ。
千晴が合宿に参加しろと真澄を説得している最中なのに、服の裾の下から侵入しようとする不埒な手を二日間拒んでいたからだ。

真澄とのお初を済ませてからは五日も身体を繋げなかった事は一度も無く、このモヤモヤとした感覚はそれなのかと合点が行く。
そう自覚すれば、一気に身体が飢えを感じた。


真澄の悪戯な指先で、あらぬ所をまさぐられたい。
愛を囁いてくれる唇で、キスの雨を降り注いで欲しい。
しっとりと濡れた赤い舌で、敏感な場所を舐め擦って欲しい。

その欲望に火が付いて、千晴はじわじわと火照る自分の身体を抱き締めて熱い息を吐く。

舌先でこねくり回すように乳首の先端を愛撫された記憶が蘇り、快感までも呼び起こされた。
それを切欠に耳朶を食まれて甘く名前を囁く声、猛る欲望に絡まった熱い舌の絶妙な動きに身悶えさせられた事など、様々な記憶が浮かんでは消えて千晴の懊悩を深くさせた。

これじゃあ、もっと眠れなくなってしまう。
いっそ自分で弄って果てようかと思ったが、嗅覚の鋭い真澄に電話越しでもバレてしまう気がして、ついぞ手は伸びなかった。
気晴らしにネットサーフィンでもしようかと思ったが、気づいたら真澄ばかりが写っている写真フォルダを瞳を潤ませながら食い入るように見つめていた。
それもいつの間にか寝落ちしていたようで、真澄のおはようLIMEで目が覚めた千晴は、昨日の羞恥の記憶に叫ばずにはいられなかった。
布団の中で叫んだので、誰にも咎められなかったのが救いだ。もし訳を聞かれても答えられない。
なるべく携帯をを見ないようにしようとしたが、昼食の時間に電話が掛かって来てしまった。
「は、はいっ」
『千晴?良かった、声聞けた。千晴が居ない合宿とか有り得ない。千晴を抱き締められないから寝不足だし』
「そっ、そう?僕はふふふつうだけど」
『何でどもってるの、隣に誰か居る?』
「へっ?い、居ないよ」
『本当に?』
「うん、今は自分の部屋に居るから。秋組は今日はこの後稽古だし、他の人もバイトとかで出てるから。今は密さんがリビングで寝てると思う」
『じゃあ、いいけど。部屋に男連れ込んでない?』
「連れ込むわけないよ」
『ねぇ、俺が居なくて淋しい?』

真澄が居なくて淋しいんじゃないか。
臣の言葉を思い出すのと同時に、万里の言葉も蘇る。
欲求不満、その四文字は今一番思い出したくない。

『俺は淋しい。千晴の顔が見たい。触りたい。キスしたい。それにセックスし、』
「うわあああ、そっちこそ隣に誰も居ないよね!?」
行き過ぎた大胆発言に、千晴は慌てて電話の向こうの状況を確認するも、真澄はどこ吹く風だ。
『あいつらは食べ物に夢中だから聞いてない』
「そ、そういうこと言う時は周りに人が居ない時にして欲しい……!」
『わかった、移動する』
ほっと溜息を吐いたのもつかの間、
『ねえ、千晴の顔見たい。テレビ電話しよう』
今、真澄の顔を見たら止まれない気がする。
その予感は無視できず、千晴はわざとらしく話題を変えた。
「あっ、紬さんが帰ってきたみたいだ、呼ばれてるから、ま、また後でっ!」
『あっ、千晴っ……』

ぷつりと電話を切って、ベッドに突っ伏した。
ちなみに誰も帰ってきていないから玄関に迎えに行く必要はない。
そのまましばらく死体と化していると、紬が本当に帰って来た。
家庭教師の生徒さんの親から頂いたというプリンを一緒に食べようと誘われ、ご相伴に与らせてもらった。
その後はリビングで団欒し、夕食も平らげて風呂を済ませた。
タオルで襟足を拭いていると、十座から「何度も鳴ってたぞ」と携帯を渡され、大量の着信とメッセージの履歴に少し怖じ気づく。
どうしようかと悩んでいるとまた電話が鳴り、つい受話ボタンを押してしまう。
画面がパッと切り替わって、真澄の顔が映し出される。
どうやら昼に叶わなかったテレビ電話を掛けて来たようだ。
『千晴、何回も掛けたのにどうして出ないの』
憮然とした表情の真澄が咎める口調で聞いて来たので、千晴は慌てながら自室に戻った。
「リビングのソファに置いてたから気づかなかったみたい、ごめん」
『密の枕にされてない?』
「うん、密さんは東さんの膝で寝てたよ」
『なら良い……』
「真澄くんは、今は消灯までの自由時間?」
『そう。今日は全然千晴と話せなかったから、消灯まで電話する』
「あ、はぁい」
着信に身構えなかったおかげで後ろめたさが薄れて、なんとか普通に会話する事ができた。

「なんか、すごく久しぶりに声聞いた気がする。ほんとはお昼にも聞いてるけど」
『千晴が同じ空間に居ないだけで耐えられない……もう死にそう』
「ちゃんと一週間頑張って。あ、今日は何の劇したの?」
『俺の事はいいから、千晴が喋って。千晴の声聞きたい』
「えぇ?」
甘ったるい声でそうねだられて、嬉しい気持ちになりながらも、うーんと考え込む。

「紬さんと一緒にプリン食べながらテレビ見てたら、秋組の稽古が終わったから、太一くんと臣さんと一緒に夕飯作ったよ」
『メニューは?』
「ふふ、おろしハンバーグとアボカドサラダ。あと、なめこのみそ汁」
『千晴の手料理食べたかった……。まだ残ってる?』
「今は残ってるけど、真澄くんが帰ってくる頃にはさすがに味が悪くなってるよ。それに明日はロコモコ丼にするらしいから、余らないし」
『俺が帰ってきたら同じの作って、絶対。約束』
唇と尖らせながらむくれる真澄が可愛くて、千晴は頬を緩ませながら頷いた。
その後は風呂に入ったら真澄から電話が来たのだと告げて、次は真澄の番だと今日の話を聞いた。
しばらくそうやって取り留めの無い会話を交わしていると、画面の向こう側から声だけで綴が消灯を告げた。
『まだ千晴と話してるのに……』と、途端に不機嫌になった真澄を宥める。
久しぶりに顔を見られたのが嬉しくて、明日も顔を見て話したいとの真澄の提案に一も二もなく首を縦に振った。


『千晴、キスしたい』
「え、でも……」
離れているのにキスなどできっこない。
千晴が首を傾げると、真澄は重い溜息を吐いた。
『触りたい、キスしたい。千晴の耳たぶ触らないと死ぬ……』
「あと三日だから、死なないで」
『無理。死ぬ。キスしたい。セックスしたい……千晴が俺の手で気持ち良くなってる顔見ないと死ぬ』
「まっ、すみ、くん!?そういうのは誰も居ない所でって……!」
『ここには誰も居ない。ていうか、俺がもう耐えられない。ね、えっちしよう。テレフォンセックスってやつ』
「し、しない!」
『なんで。したい』
「が、合宿にはそういうの要らないから!」
『でも千晴の可愛いイキ顔見ないと眠れない』
「だだだからそういうのは、」
『誰も居ないから良いだろ』

真澄があまりにも当然のように言ってくるから自分が間違っているような気になってくるが、頭を振ってその思考を飛ばした。

『なんで駄目なの』
「だ、って……」
『だって、何』

強い視線で射貫かれ、それが情事を求める時の真澄と同じ顔をしていたから、千晴はゴクリと喉を鳴らした。
気持ち良くなりたい、そう思うけれど。
自分じゃなくて、真澄に触って欲しい。

言ってしまえば楽になれるけど口にする勇気はなくて、千晴はつい恨みがましい目で真澄を見てしまった。
『そんな可愛い顔で睨まれたらイキそう……』
頬を赤らめた真澄は明後日の方向に思考を飛ばしてくれたようだ。
『好き。愛してる。早く会いたい』
ストレートすぎる言葉に何度も頷くと、真澄は気持ちを伝えられて満足したのか、もう寝ると言った。

「うん、おやすみ」
『ねえ、受話部に耳近づけて』
「?」
テレビ電話なのに何故だと思いつつ、言われるがまま耳をそっと近づけてみると、チュッと生々しい音が鼓膜を震わせた。
「っ……!?」
『大好き、千晴。おやすみ』

甘ったるい蜂蜜みたいな声も一緒に鼓膜に流れ込んで来て、千晴はつい身震いした。
まるで真澄に後ろから抱き締められて、耳朶に直接触れられているような錯覚が襲ってきて、その後は何の言葉を返したのか覚えてないまま通話を切った。



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ