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□真澄
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・主人公は監督で、≒いづみちゃん。



休日の昼過ぎ。
団員の大半がリビングで寛いでいると、支配人がやってきて謎の液体を食卓に置いた。
それぞれが訝しがる中で、一人だけテンションが高い彼はこう言った。
「MANKAI寮の七不思議のひとつ……『素直にナール!』これを飲めばたちまち自分の気持ちが話したくて仕方なくなる優れものですよっ!」
なんだそれは、要するに自白剤か、と物騒な単語で邪推するが、たいした説明もなく支配人は時間がない!と寮を飛び出して行った。
怪しすぎる液体は誰かが被害に遭う前に捨てるに限ると、臣がソファから立ち上がるのと同時に、真澄がリビングに入ってきた。
「何これ」
どうやら自室で昼寝をしていたようで、寝起きの水分を欲していたようだ。
「それはな……って、あぁ!」
臣が大きな声をあげたので、綴もその声につられて真澄の方を向く。
「真澄、待てっ!」
二人が待ったをかけるも、時すでに遅し。
パッケージだけは普通の飲料水と変わらなかったため、真澄は何も疑問に思わずにごくごくと飲み干してしまっていた。


「あーあ、やっちゃったね」
「ま、真澄くん大丈夫っ!?」
椋が慌てて駆け寄るが、真澄は状況を理解できずにきょとんと首を傾げる。
「何が」
「支配人が変な飲み物置いてっちゃったんすよー!真澄クン、身体はなんともないっすか?」
太一が気遣うが、真澄は淡々と首を振る。
「別に、普通のオレンジジュースだった」
「ま、そもそも七不思議とか言っときながら七個以上あるし、あの人のしょうもねーホラだろ」
万里がこともなげに言いながら、スマホをいじる。
「素直にナールって言ってた〜」
「素直な真澄くんかぁ……。でも真澄くんっていっつも素直だよね」
三角の言葉を受け継いで、咲也がそう零す。すると、団員からは緊張の色が消えた。
「そうだな。こいつは溜め込む性格でもねえし、逆にシトロンあたりが飲まなくてよかったかもしれねぇな」
「サキョー、ワタシはいっつもスナオな良い子ダヨ!」
左京があっけらかんと言えば、小さな笑いが起きたほどだった。
「いっつも監督さんに言い寄ってスルーされてるしね」
「スルーされてない。監督はちゃんと受け止めてくれてる」
「はいはい、妄想乙」
真澄が至のからかいに噛みついたものの、春組である至は真澄の扱いに慣れているためあっさりと振り切られてしまった。
「まあ、何事もないなら良かったよ」
「具合が悪くなったらすぐ言えよ?」
東と臣に心配されたものの、真澄は身体が至って平常通りだったのでただ頷くだけで終わった。




もうすぐ千晴が帰るという時間になっていたため、真澄は大人しくリビングで待つことにした。
真澄の予測は外れず、ものの数分で千晴が帰宅を告げる声が聞こえる。
迎えに行く間もなく、千晴が荷物を抱えてリビングに入ってきた。

「ただいま戻りましたー」
呼応するように方々から声が掛かり、千晴はテーブルに荷物を置いて肩を軽く鳴らした。
「あー、重かった」
「監督、大丈夫?」
「うん。大丈夫、ありがとう」
寮内で真澄に追い掛け回されることに慣れている千晴は、真澄に笑みを返して荷解きを始めた。

「買い出し頼んで悪かったな、ちょうど調味料がいくつも切れてたんだ」
どうやら臣が千晴に帰りがてらの買い物を頼んだようだった。
大所帯のため、調味料ひとつとっても何個も買わなくてはならない。
数種類頼まれたから、なかなか重量のある荷物となってしまったのだ。


真澄が千晴の肩に手を置く。
「肩、揉む?」
「いや大丈夫、ありがとう。臣くん、いつ頃から夕飯作ろうか?」
「17時くらいからで良いんじゃないか」
「わかった。じゃあそれまでちょっと部屋で作業してるから、」
千晴が忙しなく部屋に戻ろうとすると、
「俺が一緒にカレーつくってあげるのに」
千晴の言葉を遮るように、少し不機嫌な声が隣から聞こえて、千晴は口を噤んだ。
「ん?」
「監督は俺だけに頼ればいいだろ。何で他の男ばっかり見るんだ」
「ええと……?」
いつにない低い声に、怒らせてしまっただろうかと千晴は真澄を伺い見た。
言っている事はいつもと似ているのに、どこか違和感がある。

「俺には大丈夫ばっかり言って、左京とか臣にしょっちゅう頼って。アンタの為なら俺が何でもするって言ってるのに、どうして俺には頼ってくれないの」
いつも可愛いだの好きだのと愛を囁いてばかりいる口が、拗ねたようにストレートに不満をぶつけてくる。
これには千晴だけでなく周りの団員も驚いて目を丸くした。
「ま、真澄くん?」
「俺の何が足りない?どうすれば監督に信頼される男になれる?」
「え、えっと?」
「俺は監督がこの世で一番好き。監督の一番になりたい。監督だって、俺のこと──……」
「ちょ!っと……。えーと、真澄くん少しおかしくない?いつもよりもっと饒舌っていうか」
千晴が真澄の口を塞いで近くに居る団員に視線を巡らせれば、周りも何事だと訝しんでいる。
しかし三角の「素直にナール飲んだからだ〜」との一声に、千晴と真澄以外の全員が大きく頷いた。

「真澄って思った事全部ぶちまけるタイプかと思ってたけど、意外に分別を弁えて溜め込んでるんだな」
「マスミも恋する一人の男ってことネ」
「そう考えると、カントクに告白しているのが微笑ましく思えるね」
綴、シトロン、東が好き勝手に感想を言い合うなかで、慌てていた千晴がつい真澄の口から手を離しながら事情を問う。

「えっ、素直にナールってなんですか?」
「支配人が置いて行った謎の飲み物だ。名前に違わず、飲むと本心しか言えなくなるってやつらしい」
「臣が捨てようと思ったら、先に真澄が飲んじまったんだよ」
「碓氷に変化が無かったんで放置しちまってたが……。やっぱり効き目が出てるみたいだな」
「いつもより激しめに監督先生に迫ってるっす!」
臣、万里、左京、太一の怒涛の説明に、千晴はあんぐりと口を開けた。

「支配人はもう本当に……!!」
さんざん支配人に振り回されている千晴は、わなわなと身体を震わせた。
震える肩にそっと手を置いたのは真澄だ。
「アンタが怒るの珍しい……。俺にも怒った顔見せて」
ある意味通常運転とも言える真澄の発言に毒気を抜かれた千晴は、深呼吸して心を落ち着かせた。
「……それで、効果はいつまで続くんですか?」
「支配人はそこのところ言わないで出て行っちゃったんです」
「まったくあの人は……」
咲也の言葉を受けて嘆息した千晴は、「とりあえず今日一日は様子を見よう。今日のところは真澄くんを預かる」と周囲に告げた。
ただでさえ千晴に対して際どい発言が多い真澄だ。
椋や幸などの耳に入るとよろしくない過激な発言が飛び出すことは容易に想像できる。
満場一致の頷きに千晴はホッとして、書類をまとめるために真澄と一緒に部屋に戻ることにした。
「監督と二人っきり?最高すぎ」
「監督ちゃん、真澄に襲われたら大声出せよ」
「襲われないから大丈夫だよ」
「襲っていいの?襲いたい……」
このトラブルも真澄にとっては嬉しいハプニングでしか無かったようだ。
とりあえず体調に支障を来していないようなので、他の団員は安心していつも通りの日常を過ごすこととなった。






千晴の自室に辿り着くと、千晴は静かに鍵を閉めた。
その些細な音にすら気づいた真澄がぽっと頬を赤らめる。
「皆がいるのに……大胆」
「何もしないからね!?」
もちろん、そういう意味で鍵を掛けたわけではない。
たぶんみんな空気を読んで部屋に近づくことはしないだろうが、万が一何か用事があって部屋に来た時に真澄の爆弾発言を聞かれないようにとの配慮だ。
「なんでしてくれないの」
「なんでって、」
そりゃ勿論と言葉を続けようとしたところで、真澄にぎゅうと抱き竦められる。

「俺と千晴さんは恋人なのに」

前髪から覗く額に真澄の形の良い唇が降ってきた。
ちゅ、と軽い音がして離れたかと思えば、次は頬に口づけられる。
「ます、」
間髪を入れずに、柔らかい唇同士が音もなく重なる。
言葉なんかよりよっぽど正直な真澄の身体が、千晴の腰を思わせぶりに撫でた。
ぴくりと反応したのに気を良くして、悪戯な指が背骨のデコボコを撫でた。
その間にもくちゅくちゅと舌を絡ませるのは止めない。
「んん……、」
舌先を強く吸われ、ジンと痺れた衝動が千晴の脳に響く。
気持ち良さにぼやけた思考でキスを享受していると、真澄は睦み合いを解いて額同士をこすり合わせ、じっと千晴を見つめた。

「こういう時は恋人と一夜を過ごすと治ったりするって聞いたことある」
平然と言いのける真澄に、千晴はぎょっと目を剥く。
「そんなの、皆に怪しまれるに決まってるし、」
「でも今日は千晴さんが預かってくれるって言った」
「う……でも、一緒に寝るとは言ってないからさ」
「でもベッドひとつしかない……」
頬を染めての発言に、千晴はぐっと黙る。
この好き好き光線を出してばかりいる恋人は、どうしてこうも茨の道を歩こうとするのか。


そう、二人は秘密の恋人だった。


最初は真澄の猛アタックをひらりひらりと躱していた千晴だったけれど、じわじわと毒が回ったように真澄の愛が心を占領してしまったのだ。
真澄のお馴染みの告白にいつもの言葉が出てこず顔を赤くしてしまったその日に、目ざとい真澄にするすると心情を吐露させられて、気付いたら恋人になっていた。
それでも、千晴の気持ちを汲んで他の団員に秘密にすることを承諾してくれたのは有り難かった。

だからきっと、いつも毒舌で言いたいことばっかりの真澄も、無意識下でフラストレーションが溜まっていたのだと思う。
自分の恋人が他の連中と楽しそうに笑ったりちょっかい出されたりしていれば、ただでさえ嫉妬深い真澄が平常心で居られる訳がないというのに。

「……今日、だけなら」
「一緒のベッドに寝たら、することはひとつ……セッ」
「しません!!」
浮かれた真澄は薬のせいもあってかギリギリアウトな発言をしようとしたので、千晴は強めに遮った。
「……なんで。このままじゃ、俺、アンタの恋人って言えない。他の団員と変わらない」

真澄の不満も最もだ。人数が多い寮ではなかなか二人きりになることはない。
千晴の自室に呼べば二人きりになれるが、監督である千晴の部屋にはたくさんの団員が訪れる。
その時に毎回真澄がいれば怪しまれるのは必定だ。

「千晴さんは今のままで良いかもしれないけど、俺は嫌だ。もっと千晴さんの隣に居たい。手を繋いで、キスもして、もっと先のことまで全部したい。あと結婚も、俺が十八になったらする」
「真澄くん……」

そうだ、こんなにやりたい放題に見えても、真澄は真澄なりに千晴を困らせないようにちゃんと自制してくれている。
それを大人の事情で押し潰しているのは千晴なのだ。

「真澄くん、ありがとう。たくさん我慢させて、ごめん」
「千晴さんと劇団のためだから、我慢する」
「うん、嬉しい。ありがとう。真澄くんが恋人になってくれて、幸せだ」
真澄の両頬を引き寄せてちゅっと口づける。
たまにはこうしてガス抜きをさせてやる必要があるな、と千晴は余裕のない普段の自分を反省した。

「今日は、一緒に寝ようか。最後まではできないけど」
「……ねえ、いつ千晴さんの全部をくれる?」
実は千晴と真澄は今まで身体を繋げたことはない。
繋がってしまえばもう戻れない気がして、千晴の方が怖じ気づいていたのだ。
「真澄くんは……抱かれたい?それとも、抱きたい?」
「抱きたい。俺の手で気持ち良くなってる千晴さんの顔たくさん見たい」
ほぼ即答の返事に、千晴は苦笑した。
「じゃあ、準備しないと。女の子とするみたく、すぐにできないのはわかるよね?」
「……それは勉強した」
やはり真澄は予習済みであったか、と千晴は可笑しくなった。
「準備できたら言うから、それまで待って、ほしい」
大事な話なのに、恥ずかしさが先に立って言葉が尻すぼみになってしまう。
「俺も手伝える。千晴さんだけにさせるなんて、」
「見てるだけなんてできる?途中で理性吹っ飛ばしたりしないって約束できる?」
艶めかしい声を上げる千晴の痴態を見て、我慢できずに無理に押し入ってしまうことは一番避けたいことだ。
真澄自身も自分の衝動を抑えきれないだろうと考えたのだろう、切なそうに眉根を寄せて大人しくなった。
「……わかった。でも、その次からは俺にちゃんと解させて」
「ははっ、うん、わかった」
まだしてもいないのに、もう次の予約かと千晴は吹き出してしまう。

「ねえ、真澄くん。焦らすわけじゃないんだけどさ、ゆっくり進もうよ」
「?」
「全部すぐにするんじゃなくて、手を握ったりキスしたり、一緒に眠ったり。そういうのこそ、たくさん真澄くんとしたいんだ」
全部の思い出を大切にしたいんだ、と千晴が我儘と知りつつも言う。
「俺も……千晴さんとたくさん色んな事したい。演技でも俺が一番になるし、恋人としても満足させる。俺が居なきゃダメって言わせてみせるから」

命を燃やす炎がメラメラと真澄の瞳に宿っている。
生きてる事を実感させるようなその炎に千晴こそが暖められているのだと、ようやく自覚した。

「ふふ、じゃあ、色んなことしよっか」
「でも、今はキスして千晴さんのこと触りたい」
これは果たして飲み物の影響か、真澄の偽らざる本音なのか。
どちらでも一緒かと千晴は微笑んで、真澄の唇に自分のをそっと寄せた。


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ギャグちっくにするつもりが、案外真面目な方向に言ってしまいました。
真澄くんはやっぱり監督至上主義で、我慢もできる良い子だと思っております!
我慢できない真澄も我慢する真澄も可愛いですね。

真澄くんお誕生日おめでとう!!
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