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□真澄
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・とてもドリーミングでファンタジーです
・ガードの堅すぎる主人公にめげずにアタックする真澄のお話です


「はあ、今日も可愛い。好き。結婚したい」
「はいはい、ありがとう」
「今日も見事なスルーっぷり、乙ー」
「それでもめげないサイコストーカー」
「本当に真澄は一途だね。そういうの嫌いじゃないな」
千晴が今日も今日とて真澄の愛情攻撃を躱していると、外野からわいのわいのと茶々が入った。
「ありがとうって言うってことは、受け入れてくれてるってこと?」
ポジティブすぎる質問ももう飽きる程繰り返しているので、千晴は動じない。
「まあ、好きってことと結婚することはイコールじゃないからさ」
「大丈夫、男同士なのが気になるなら海外で式を挙げればいい。アンタのタキシード姿見たい……絶対惚れ直す」
ハートを撒き散らして妄想に耽る真澄を置いて、千晴は夕食の準備に取り掛かる臣に手伝いを申し出た。

「臣、手伝うよ。何しようか」
「ありがとう、じゃあ玉ねぎの皮を剥いてくれるか」
「了解」
「それにしても、監督は碓氷のあしらい方が上手いな」
「あしらってるって言う程、素っ気ないつもりもないけど」
「言われ慣れたのかとも思ったが、最初から動じてなかっただろ?」
「確かに、そうだったかもしれないですね」
こちらも臣の手伝いを買って出た咲也が、頷いて同意した。
「おれ達はそういうんじゃないから」
「カントクと俺が出会ったのは運命。異論は認めない」
いつのまにか千晴の後ろに立っていた真澄は、千晴を抱きしめて甘え始めた。
「包丁持ってる人間に抱き着かない!」
「包丁持ってなかったら良いの?大胆……」
「はいはい、暇なら真澄も手伝えー」
「アンタと結婚するための花婿修行?」
「今時の男は家事全般くらいさらっとこなさないと、結婚してもらえないぞ」
「アンタと結婚するために頑張る」
二人はコントみたいなやり取りで場を和ませている。
だが、千晴は真澄の言葉を真に受けたことはなかった。





千晴は物心ついた頃から誰にも言えない秘密を持っている。
誰も信じてくれないと悟ってからは誰にも言ってないのだが、多分それを知られたら幸あたりには「脳内お花畑」と称されること間違いなしだ。


千晴には、運命の赤い糸が見える。
それはほとんどの人の左手の薬指についていて、千晴も例外ではない。
千晴の赤い糸はだらんと途中で切れているから、誰にも繋がっていないのだが。
それとは反対に真澄の糸はピンと張られて、誰かと繋がっていることを示していた。
少なくともこの団内の人間ではないし、千晴はその糸の向こう側の人を見たことはない。

幼い頃はその正体がわからなくて気持ち悪かったけど、小学生の時に夢見がちな女の子から運命の赤い糸の話を聞いて確信した。
仲良く歩いている老夫婦の糸が繋がっていることは多かったし、離婚した友達の親の糸は繋がっていなかった。
自分では信憑性は結構高いと思っている。だから、真澄と千晴は運命の相手ではないと断言できる。
本人にもそう言ってしまいたいが断言するからには理由が必要だし、その理由に科学的根拠は無い。
演劇にのめり込み過ぎて幻覚が見えている監督だ、なんてレッテルを貼られるのは嫌だから言うつもりはない。
だから千晴にできることと言えば、真澄を諦めさせるか受け流すかのどちらかだ。
最初は諦めさせようとしていたけれど、新生春組発足時は人手が足りなかった。
強く拒絶して団員をやめられたら困ってしまうので、当時はあまり強く言えなかったのだ。

そうなれば、千晴にできるのはいよいよ受け流すことだけだった。
何事にも興味を持てなかった真澄は千晴を通じて演劇と出会い、世界が広がった。
これから大人になるにつれてもっと興味のあることが増えればいろんな人間と触れ合い、いつか真澄は運命の人と出会うはずだ。
だから千晴はここで真澄の気持ちに応えてはいけない。
真澄の運命の人が、今か今かと真澄を待っているのだから。
男でも女でも構わないけれど、きっと真澄の隣に立っても見劣りしない程に美しい人なんだろう。

千晴には運命の人が居ない。だから、運命の人が居るだけで幸せなことなのだ。
「そんな人、おれだって欲しいけどさ」
「ん?何か言ったか、監督」
「玉ねぎ剥けたって言ったんだ」
「ありがとう、じゃあみじん切りにしてくれ」
「はいよー」

だから、真澄の初恋は叶わないのだと千晴だけが知っている。


***


『学校終わった。今どこ?』
『フライヤー配り終わったところ。駅前』
『デートしたい、ダメ?』
『夕食の買い出しに行かないと』
『俺も行く。千晴と二人ならどこでもデートだから』
真澄は何故か千晴と二人きりだったりLIMEの文面では千晴をカントクではなく下の名前で呼ぶ。
他の団員に示しがつかないからやめなさいと言ったけれども聞き入れてもらえないまま、ずるずるとここまで経ってしまった。
しかし他に人間が居る時は本当に名前で呼ばないから、千晴も叱る機会がない。真澄の作戦は見事に功を奏している。

LIMEのやり取りを終え、駅のベンチに座っていると颯爽と真澄が現れた。
「お待たせ。行こう」
真澄が現れたことで、周りの空気が少しざわついた。ここは花学の通学路だから、きっと真澄を知っている子がたくさん居るんだろう。
花学の王子様だなんて言われていると咲也から聞いたが、確かにこの人気ぶりではファンクラブもできるはずだ。
「千晴?」
立ち上がることもなくぼけっと真澄を見つめていたら、こてんと首を傾げられた。
「そんなに見つめられたら照れる。もしかしてキス待ち?」
頬を赤く染めた真澄がまた妄想を垂れ流す。
顔をこちらに近づけてきたので思い切り避けて立ち上がった。
「千晴になら焦らされるのも悪くない……むしろ好き」
「なに馬鹿なこと言ってんの。さ、行くぞ」
「手、繋ぎたい」
「恋人じゃないから繋がない」
「じゃあ恋人になって」
「監督と劇団員の恋愛なんてリスキーなことはしない」
「じゃあ俺が辞めたら付き合ってくれる?」
滅多な事を言う真澄に、千晴はクールに返す。
「……もしおれがその言葉に頷いたら、真澄は辞めるのか」
感情が見えない声だが、千晴の機微をよく知る真澄はその些細な変化を見逃さずフォローした。
「辞めるわけない、千晴の隣に居ないなんて耐えられない!」
「次、軽々しく辞めるなんて言ったら、本当に怒るから」
いくら千晴と付き合いたいからといって、他との関わりを絶つ選択肢を簡単に口にした真澄には腹が立った。
「冗談でも言って良い事と悪い事がある」
「っ、ごめん。嘘、絶対辞めない。千晴に嫌われたくない」
嫌われたくないから演劇をやっているのか、真澄自身の為ではないのかと追及したくなったけれど、高校生をそこまで追い詰めるのも酷かと瞬時に思い直す。
今はまだ、千晴が理由でも良い。少しずつ演劇をやる理由が変わっていけばいい、今はまだ過渡期なのだと自分に言い聞かせて平静を保った。

「……嫌いになった?」
弱弱しい声が落ちた。千晴が真澄を見つめると、ビクリと肩を震わせて千晴の言葉を怯えながら待っている。
「真剣に演劇やってる人に失礼なことをもう言わないなら、許してもいい」
「言わない、絶対」
食い気味に即答した真澄に苦笑して、ぽんぽんと頭を撫でてやった。ついでに鼻をつまんで軽く左右に振ってやる。
「買い物行こう」
話を切り上げると、泣きそうな顔をしていた真澄の表情は少しだけ和らいだ。


明くる日、夕食と入浴を終えた千晴は、タオルドライした髪のままリビングの冷蔵庫からアイスを出し、ソファに座って食べ始めた。
椋と一成がハマっている話題の恋愛ドラマを一緒に見ていると、真澄も飲み物を求めてリビングにやって来た。
「っ、はぁ〜……相手役の俳優さん格好いいね、カズくん」
「それな〜!あんなセリフ言われたら女の子イチコロっしょー。たいっちゃんに教えてあげよ〜っと☆」
「何度も引き裂かれても、また出会うなんて素敵な運命だなぁ……」
うっとり夢見心地の椋の言葉に、チラリと真澄を見やる。真澄はテレビではなく千晴を見ていたからすぐに視線に気づいた。
「アンタも俺に運命感じてるよね?」
テレビは見ていなくても椋の言葉を受けて内容を把握していたようで、すぐに自分たちの事に絡めてくる。
これが真澄の悪い癖であり通常運転だ。
「真澄は運命論者?」
「信じてなかったけど、カントクに会ったらビビッて来た。絶対結婚するって直感で思った」
「そうかぁ」
自信満々に真澄は言うが、残念ながらそれは勘違いだ。だって千晴と真澄の糸は繋がっていない。
同性同士で糸が繋がっている人を見たことがあるから、この赤い糸が性別で区切られていないのも知っている。
恋人らしい雰囲気ではなかったけれど、もしかしたらあの二人は恋人だったのかもしれない。
糸が繋がっていれば、きっと性別は関係ないんだろう。それが運命であれば惹かれてしまうのだ。

「いい加減、諦めればいいのに」
「何て言ったの」
「何でもない」
ボソッと呟いた言葉はアイスに阻まれて真澄の耳には届かなかったようだ。
気が削がれた千晴は、ドラマが終わったらすぐに寝るようにと椋に言い含めて自室に戻った。
真澄もついて来たので、真澄と綴の部屋まで送ってから真澄が扉を閉めたのを確認して自室の扉を開けた。

「そろそろ潮時なのかもな」
脳みそに巡る思考を吹き飛ばそうとしてもできず、千晴は夜が更けるまで寝つけなかった。


***

それは多分、衝撃に近かった。

自分には才能がないと散々思い知らされ、一度は芸の道を諦めた。
ひょんなことで父の劇団を再興させることになったけれど、それだって本当は無理だと思っていた。
できる限り精一杯やって、それでも達成できない事だらけの人生だったから。
だから今回も同じように悔しい思いが胸に残るだけだと思っていたのだ。

団員を集めるために咲也と行ったストリートACTで、真澄に出会った。
演劇に興味はないようだったけれど、千晴の演技を見て心が動いたのだという。
大根役者を自覚している身で他人の心を動かすことができるなんて思いもしなかったから、真澄の言葉は千晴にとってかなり衝撃的だった。


寮生活はもちろん監督の仕事など経験が無いから、できる事から手探りで模索していた。
全員が大事な仲間だが、やはり旗揚げ公演を初めて成功させた春組のメンバーへの思い入れはひとしおだ。
一緒に悩んで一から全てを作り上げ、監督としての自分を急成長させてくれた頼もしい存在たち。
その一人である真澄は千晴至上主義の困った団員だったが、実はその一途さや諦めない心に助けられていたのだと今ならわかる。
千晴が挫けそうになる度に真澄は機微を悟って声を掛けてくれた。

自分の想いが溢れるままに、どこでもいつでも好きだの何だのと愛のシャワーを注いでくれた。
ただそれだけで、何も解決していなくても自己肯定できた。明日への勇気が持てた。
一歩先すら見えない未来を切り拓く怖さを、皆が居てくれたから、信じてくれたから越えることができた。
その愛を惜しみなく与えてくれたのは、紛れもなく真澄だ。


そんなの、惚れるなと言う方が無理があるだろう。
団員と監督という立場や性別、年齢なんてものを忘れさせる程の強引さで、真澄は千晴の心に入り込んで来た。
呆気に取られているうちに大の字で寝そべられ、それどころか私物まで置かれて住まれている気分だった。
それを不快に思うどころか喜んでいる自分がいて、いっそ真澄の告白に頷いてしまおうかと能天気に考えていた時期もあった。
しかし、そんな浮かれた気持ちにセーブを掛けたのはやはり左手の薬指だ。
千晴の指には相変わらず行き場を失った中途半端な赤い糸がついていて、真澄の指には張りつめた糸がある。
どうにかしてこのだらけた糸を動かせないものかと試行錯誤したこともある。
見えてもそれらは触れない。そこに見えているのに、まるで光のように感触はないのだ。
自分の気持ちが弱いのかと思い、自室で何度も『真澄が好きだ』と繰り返した。
しかし、どう足掻いても千晴の糸はピクリとも反応しない。
伸びもしなければ動きもせず、本当にただ垂れ下がっているだけだ。

真澄に好かれているからと浮かれている自分の横っ面を叩かれた気分だった。
千晴が頷けば恋人にはなれるだろうが、真澄が運命の人に会ってしまえばこの仲は終わりを迎えるだろう。
情に流されて未来ある若者に道を踏み外させるなんて、年長者としてそんな失態は演じられない。
真澄の想いに応えられない自分に、そしていつまでも諦めてくれない真澄にも苛立ちは少しずつ募っていった。


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