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□希
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ハルから電話が来た。
『紫陽花が咲き始めたんですよ。宜しければ、一緒に見ませんか?』
行く、と告げて15分後、俺は簡単に身仕度を整えて家を出た。
ハルの家に着く頃には日付がすっかり変わっていて、ようやく日の出という時間帯だった。

仄白い太陽は強く光って、目を眇めるほどに眩しい。
キレイだ。
そういえばハルの国は日の処づる国と呼ばれているんだったな、とぼんやり思った。

「……一緒なら、よかった、な」
ハルが一緒に居たら、ハルの白い肌はよく反射して美しいだろう。
ハルには朝日が似合うのかもしれない。




しばらく朝日を見つめた後、バスに乗った。
勉強中の日本語を使うと、この国の人は上手ですね、と褒めてくれる。
そしたら、一歩ハルに近づけた気がして、嬉しくなった。


空港から2時間弱で、ハルの家の近くに着いた。
「……あ」

いや、だな。
ポツポツと雨が降り出してきた。
せっかくハルと久しぶりに会えるのに、髪がはねていたらカッコ悪い。
何度か伸ばしてみたけど、一瞬でくるりと戻ってしまった。
……どうしよう。


鞄をゴソゴソ探ると何故か雨合羽があったから、それを被った。
「これで、大丈夫」
髪は隠れているからハルに会える!


ピンポン。
軽い音のすぐ後に、ハルの声。
「今開けますー」
ああ、この扉を開けたらハルが居るんだ。


ガラガラと古風な引き戸から、ハルが現れた。
「どちらさまですか?」
「えっ……」
まさか、ハルは俺のこと、忘れたのか……?

「ふふ、可愛らしいてるてる坊主さんみたいな格好ですね。ヘラクレスさん」
「ハル……俺のこと、忘れたのかと思った」
「すみません、ふざけすぎましたね」

お久しぶりです、とハルがペコリと挨拶してきた。
「オヒサシブリデス、オゲンキデスカ」
「ええ、おかげさまで」
「オカゲサマって、日本の神様の名前、か……?」

ハルの国には俺の家の神様たちよりたくさんの神様がいるから、覚えるのが大変だ。

「あらあら、うふふ。違いますよ。ありがとうございます、元気ですって意味です」
「オカゲサマの一言でそんな意味があるのか……深い」



お上がりくださいと言われて、そのまま靴を脱いで上がろうとすると、ハルからストップがかかった。
「すみません、家では合羽は脱いで頂けますか?」
「………」
「ヘラクレスさん?」
「ヤダ」
「あの……ですが、家の中が濡れてしまいますし……。ヘラクレスさんのお宅では合羽は脱がないんです?」
「脱ぐけど、今は、髪がすっごく、跳ねてるから……ハズカシイ、デス」

梅雨ですものね、と相づちを打つハルは、だけど困ったように眉を寄せた。
「私は、髪が跳ねていても全く気にしませんよ?」
「俺が、気にする……」
「どうしましょう」

暫し考えたハルがポンと手を打って、奥に消えた。
ああ、困らせてしまったなぁ……と今更に後悔した。
だけど、みっともない姿も見せたくないし。

「お待たせしました。どうぞ」
「ん……タオル?」
タオルと似たものだけれど、感触や見た目が少し違う。
「手拭いと言います。タオルのようなものですね。頭に巻けば髪も隠れますよ」
「ハル……頭良い」
「ふふ、ありがとうございます」
「アリガトーゴザイマス」
ぺこりと頭を下げると、ハルはにこりと笑って、
「合羽は脱いだらそこに置いておいて下さい。私はお茶を淹れてきますから、先にどうぞ客間へ」
「わかった」


言われた通りにテヌグイを頭に巻いて合羽も脱いで、客間に入る。
暫くして、ハルがリョクチャと和菓子を持って来てくれた。
「こんなに早くいらしていただけるとは思いませんでした。お仕事は大丈夫なんです?」
「大丈夫。置いてきたから、ハルをほっとくことはしない」
「それ、全然大丈夫じゃないです!」
顔を青くするハルに、期日はまだだから大丈夫ともう一度言った。
するとハルは胸をなで下ろして、お茶の用意をしてくれた。


ハルの家のお菓子の和菓子というのは、色使いが鮮やかで、花や季節のものをモチーフにしていて、すごい。
でも、一口で食べれるくらい小さくて、甘さ控えめだ。
そう言ったらハルは、これで甘さ控えめだなんて病気になりますよ!と言っていた。



「……ところでヘラクレスさん。」
「ん?」
「タオル頭のヘラクレスさんも素敵ですね」
キラキラと目を輝かせたハルが、それこそステキな笑顔で褒めてくれた。
「……ステキか?」
「ええ。とてもお似合いです」
先ほどのてるてる坊主さんもお似合いでしたよ、とハルは口元を綻ばせる。

「ハルが好きだと思ったなら、嬉しい」
ふふふ、と二人で微笑み合った。


「ヘラクレスさんもお疲れでしょうから、紫陽花は午後に見に行きましょう」
「エンガワで昼寝しても、いい?」
「ふふ。いいですよ。何か上に掛けてお昼寝なさって下さいね」
「ん、わかった」



朝食を取ってない俺のために、ハルが和食を作ってくれた。
出来たてほかほかのそれは、じんわりとやさしい。

片付けを手伝って、ハルとおしゃべりをする。
そういえば菊はどうしたのかと聞くと、昨夜電話で、アルフレッドに今すぐ来てくれ!と言われ、しぶしぶ出掛けていったらしい。

菊も大変だ。
だけど、そうしたらハルとずっと一緒に居られるから、嬉しい。
ハルにずっとくっ付いていられる。

それが嬉しくてギュッとハルを抱きしめると、「甘えたさんですね」と嬉しそうに言った。


会えない時間を埋めるように、たくさん話した。
ハルをたくさん抱きしめて、心がほっこりと温かい。


我慢できなくて、啄むように頬に口づけた。
ぴくりと跳ねた身体が愛おしくて、何度も繰り返す。
唇にも触れて、二人でじゃれあった。

あ、キスしてたらもっと触りたくなってきた。
ハルは、俺が直接的な言葉で誘うとポコポコ怒るから、難しい。

けど、したい……な。
「ハル……」
「だっ!駄目です」
「まだ、何も言ってない……」
「目を見ればわかりますっ」

顔を赤くしてポコポコ怒っちゃった。まだ誘ってもないのに。


「ヘラクレスさんが来て下さった理由を考えてください」
「ハルに、会うため」
「っ……」
ぷいとそっぽを向いてしまったハル。


「……なら、見に行かなくてもいいんですね、紫陽花」
分かりました。
ハルはそう言ってスッと立ち上がった。

「ハル、どこ行ー……」
「お茶を淹れに行きます」
あ。ほんとに怒っちゃった。どうして怒ったんだろう……?
うーんと唸って考えても、わからない。
ハルに会いたいという理由じゃダメなんだろうか。

「あ」
そうだ。ハルは紫陽花を見に来ませんかって言ったんだ。
俺がしたいって言って、そうしたら紫陽花を見れないから、拗ねたのか?
やっぱりわからない、と頭を緩く振って、ハルが居るであろう台所に行った。

「はぁ……」
大きなため息を吐くハルに、俺はなんだか切なくなって、後ろから抱き付いた。

「きゃっ、」
「ゴメンナサイ、ハル」
驚くハルをそのままに、変なこと言ってごめんと謝った。
「……すみません。私、嬉しいのに……私に会うために来て下さって、すごく嬉しかったのに、」
苦しそうにハルは言葉を紡ぐ。
「ずっとずっと、ヘラクレスさんと紫陽花をみたいと思っていたのに、ヘラクレスさんはその……花に興味が無いのかと思ったら、なんだか哀しくて」


ごめんなさい、すみません。
そう繰り返すハルの身体をこちらに向かせる。

「紫陽花も良い……けど、ハルと一緒じゃなきゃ、意味がないから」
「ヘラクレス、さん」
「ハルと一緒なら、何でもしたい。ずっとこうして、隣に居たい。紫陽花でも桜でも、ハルと一緒に見たら、素敵に思えるから……」

大好きの意味を込めて、額に唇を寄せた。
この気持ち、わかってくれたらいい。


「ありがとうございます……嬉しいです。そんな風に思って頂けていて」
こつん、と俺の胸にハルの頭が当たる。
「私も、ヘラクレスさんとだからこそ、見たかったんですよ」
「ほんと?」
「もちろん」

「じゃあ……もう少し、いちゃいちゃしたら、見に行こう!」
嬉しくてハルを抱き上げると、バランスを崩したハルは俺にしがみついた。
……かわいい。

「もう、仕様のない方」
約束です、と今度はハルが俺の額にキスをした。
今すぐ押し倒したくなったけど、どうにか我慢した。




(あ、カタツムリ)
(風物詩ですねぇ)
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