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□希
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「やっ……こ、来ないで!あっち行ってよぉ……」
半泣きになりながら、あたしはシッシッとそいつを追いやる。
みゃー、とひとつ鳴いてどこかへ行ってしまったから、あたしはようやく肩で大きく息をした。


「た、たすかった……」
「かわいそう……」
「ひゃあああっ!?」
いきなりボソリと呟かれて、得体の知れない何かにあたしはひどく怯えた。

「だ、誰ですかあなた!って、きゃああ!」
振り返ると、大柄の男の人が立っていた。しかも、猫をたくさんはべらして。


「いやっ、近寄らないで!」
「ネコ……嫌い?」
「だいっきらい!」
「……こんなに、可愛いのに」
ね、とその人が猫に話しかけると、返事をするように猫が鳴いた。
な、何なのこの人……。猫を可愛がる猫おじさん……じゃなくて猫お兄さん?


「カワイソウ、だ」
何だかその目に責められいる気がして、あたしは唇を噛んだ。

「あ、たしだって好きで嫌いになった訳じゃ……」
「ん、好きなの……か?」
「ち、違う!嫌いになりたくてなったわけじゃないってことです!」
「じゃあ、どうして?」


何でこんなこと、と思いながらあたしは猫お兄さんに猫嫌いになった経緯を話すことに。

「小さなころに野生の猫に触ろうとしたら引っかかれて、痛くて痛くて泣いたんです。それから怖くてしかたなくて」
「……そうか。もしかしたら、そのネコは……臆病だった、だけかもしれない」
「お、臆病?」
「そう。君がそのネコを、可愛いから触りたいと思ったのがわからなくて、捕まるって、思ったのかもしれない」


ひどくゆっくりな低い声で淡々と言われると、なんだかそんな気になってくるんだからこの人は不思議だ。

「俺のトモダチは……噛まないし、引っ掻かない、から……」
と、ともだち?
お兄さんって猫とトモダチ、なの?

石の上に座ったお兄さんは、膝に座っている猫の頭を優しく撫でた。
「ほら、こうして、ネコの目線から、撫でればいい」
「あ、はい……」
あたしの手を握ったお兄さんは、ゆっくりとそれを猫に近づけていく。
「わっ」
そうしてあたしの緊張した指先が猫の毛先に触れて、あたしはおもわず声を出した。
「そう……上手。つづけて」
「はい」
お兄さんの手が離れても、あたしはしばらくその猫をなで続けた。


しばらく互いに無言で撫でていると、
「もう……怖く、ないか?」
「あっ、はい!えと、この猫ちゃんなら大丈夫……かな」
「そうか」
「はい。ふふ」
のんびり気持ちよさそうにあくびをしている猫ちゃんの姿に、思わず笑ってしまう。



「……可愛い、な」
「可愛い猫ちゃんですよね」
「いや、」
お兄さんの言葉にパッと顔をあげると、お兄さんの綺麗な瞳と視線が絡んだ。
大きな温かい手があたしの頭を優しくなで、た?

「可愛い……」
「あっ!あの、もう帰らなくちゃ!」
「帰る?」
「ああええと、それじゃ、さようなら!」
恥ずかしくて恥ずかしくて、早くこの場から去りたい。


「さようなら、なの、か?また、じゃなくて……」
再会を匂わせるそれに戸惑っていると、その手にまたひとなでされて。
「また、今度……」
そういって彼はどこかに行ってしまった。






「あたしは、猫じゃないのに……」
その呟きは誰にも届くことはなかった。
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