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□南伊
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※学ヘタ
※あっさりで素直な主人公ちゃん


アジアクラスのハルという女は、変な奴だ。
フランシスやアントーニョとかと仲が良いのに、なぜか俺の世話を焼く。

さっきだってそうだ。

「あ、おはようございます」
「ハルちゃんオハヨー」
「はよー」
「さっき皆さん体育でしたよね。教室から見てましたよ」
「お兄さんの勇姿見てくれてたんだ?メルシー」
「素敵なボール捌きでした」
チュッと投げキスをするフランシスを横目に、俺は窓から外を見る振りをしていた。
こいつは、俺に話しかけてるわけじゃないんだから。

「それにアントーニョさん、カッコいいシュート決めてましたよね!」
「あれは気分良かったわー」
上機嫌で答えるアントーニョ。
ケッ、どうせ俺はあっけなく抜かれたよ。


「ロヴィーノさんも、いいアシストしてましたよ」
「はっ!?」
全く会話に参加してなかったのに、いきなり話しかけられて目を剥く。

「こんにちは」
にこりとひとつ笑みを向けられる。
「っ、」
「あ。いくら体育の後で暑いからって、シャツをそんなに開けているのはだらしないですよ」

こいつの言うとおり、俺は暑くてシャツの半分ほどボタンを外していた。
そんな俺を見かねてか、いきなりシャツのボタンを留めはじめる。
「なっ、何すんだコノヤロー!」
「一番上のボタンは外してもいいですけど、それ以上はだめですよ」

はい、と最後にポンと胸を叩かれる。(終了の合図だ)


「それじゃ、また」
「バイバーイ」
「またなー」



「……ロヴィーノ、真っ赤だぞ」
「はぁっ!?い、意味わかんねぇし!」
フランシスがによによしてる。

「つーか、何だよあの女!」
「アジアクラスのハルちゃんだよ」
「ロヴィーノとハル、おかんと息子みたいやったなー」
「仕方ない子ねー、みたいなね!」

「うっ……うるせーこんにゃろー!」
ちぎー!と怒りを表して、俺は恥ずかしさを隠すためにトイレに走った。



「何なんだあいつ!まともに喋ったこともねーのに、いきなり人の、人……の」
俺のボタンを留めていた指は、長くて白かった。
舞うように動いていたそれに、俺はつい見入ってしまっていて。
伏せ目がちな睫毛は長くて、パチパチと音がしそうなほどだった。
アジア人らしく、黒い髪は肩に触れてはらりと散っていた。
俺をたしなめた唇は、ルージュを引かなくても魅力的で。
俺より小さいから、シャツを留めていたときに見えたうなじに何故か心臓が跳ねた。



笑った顔が可愛いだなんて、思ってなんかない!

顔の火照りを抑えて、教室に戻る。

するとタイミング悪く、二人がまたハルの話をしていた。


「ハルちゃん可愛いよな。アジアクラスの中でも飛び抜けて美人!」
「フランシス、こないだは違う子が美人って言うてたやん」
「俺は博愛主義者なんだよ。ハルちゃん、俺のものにならないかなー」

俺が席に着いた瞬間、フランシスが馬鹿なこと言いやがった。
「ばっ、ばかやろー!何言ってんだよ!」
バンッ!と机を叩いて、叫んでしまった。

「国としてって意味で、お兄さん言ったんだけどなぁー?」
さっきよりさらに意味ありげな目つきで、によによと俺を見る変態フランシス。

「なっ……!」
自分が早とちりしたことを知って、口をパクパクと意味なく動かした。
「いやー、素直なことは良いことだなぁ!な、ロヴィちゃん?」
「あははー、ロヴィーノ顔真っ赤やでートマトみたいや!」
空気の読めないアントーニョは放っておいて、フランシスに詰め寄る。


「何だよ!何が言いたいんだこんちくしょー!」
「ハルちゃんに、惚れちゃったっしょ?」
「は……?」

ほ、れた?
は?
俺が、誰に?
誰があいつに?


「あらら、まさか無自覚?ナンパはお得意なのにねぇ」
「そーいうとこがかわええんやろ、ロヴィは」
「でたよ親バカ!」
ギャーギャーと二人が騒いでいるなかで、俺はひとりポカンとしていた。

俺が、あいつに惚れた?
そりゃあ俺は女の子大好きだし、別にアジア人だからとか関係ねーけど。

「惚れた、のか」
小さく呟けば一気に自覚してしまい、恥ずかしくて机に突っ伏した。









数日経って、またハルが俺らのクラスにやって来た。
「ロヴィーノさん、こんにちは」
「……っ!?」
廊下側の窓枠に腰掛けていたら、いきなり背後で呼ばれたから、びくりと大げさに身体が跳ねた。

「アーサーさん居ます?」
「は、」
「アーサーさんですよ。生徒会長の」
「おっ、ハルちゃんやー。どないしたん?」
「こんにちはアントーニョさん。アーサーさん居ます?」
「あの変態は今居らんなぁ。生徒会室とちゃう?」
「そうですか……出直してきます」

はぁ、とため息をつくハル。
それは、あいつに会えないから、こぼしたもんなのか?


「意外やな。ハルちゃんとアイツが接点あるなんて」
「ちょっとした仲ですよ」
それじゃあ失礼します、と踵を返したハル。
するとハルが帰る方の反対側から、アーサーが教室に帰ってくるのが見えた。


今、教えてやれば、ハルはこの教室に来た目的が果たせる。
だけど、何だかそれが癪に触って、俺は言葉を飲み込んだ。
そのままハルが廊下を曲がれば、少なくともハルが誰かと話す場面は見ないで済む。

早く、曲がれ……!
俺が目をこらして見ていた背中は、アントーニョの声によってぴたりと止まった。

「あ、アーサーやん。おーい、ハルちゃん!アーサー帰って来たでー!」
アントーニョの声にハルはくるりと身体を反転させると、駆け足でこちらに戻ってきた。


「アーサーさん!」
「あぁ、ハルか」
「この時間に来るって言ったじゃないですか」
「悪い。生徒会室に忘れ物取りにいってた」

最悪だ。
俺はハルより自分のワガママを優先させた挙げ句、見たくない場面まで見て。
アントーニョを恨みたいけど、こいつはハルのお目当てのアーサーが帰って来たから、ハルを呼んだ。
当たり前のことをしてるのに、見てみぬ振りをした俺に恨む権利なんかなくて。



自分の性格に難があることは自分が一番知っている。
俺しか感じない、最悪の空気。

「じゃあまた、放課後に」
「ああ。じゃあな」
「アントーニョさん、ロヴィーノさん、呼び止めて下さってありがとうございます」
「かまへんよ。ほななー」


「……俺じゃねぇし」
俺の小さな呟きは、隣にいたアントーニョさえも聞き取れなかった。
「ん?どうしたん?具合悪いんか?」
「なんでもねーよ」


席に着いて、寝たふりをして目を閉じた。
今は誰とも関わりたくない。
自分の醜さに気付いてしまうから。


こんな気持ち、無くなっちまえばいい。
この想いが偽りだったら、どんなに楽だろう。


想いの重さは思考力すら奪う。
学校なんて、面倒だ。
こんな時は本能に従った方がマシだと知っているから、机に掛けてあった鞄を片手に、帰ることにした。

「ロヴィ?どこ行くん?」
「サボる。じゃな」
「気ぃつけてなー」
こういう時ばかりは、アントーニョがゆるゆるな奴でよかったと思う。



昇降口に辿り着いて、外履きに履き替える。
憎々しいほど澄んだ空に、帰ったらシエスタでもしようと思いついた。

「お帰りですかー?」
サボっている自覚のある俺は、その言葉に身体を竦ませる。
キョロキョロ辺りを見回しても、誰もいない。

「上ですよ、ここ」
仰ぎ見ると、ハルが窓からひょっこりと顔を出していた。
「………」
「さっき、気分悪そうな顔してましたけど、早退ですか?」
「………」
予想外の連続で、なんて答えて良いのかわからない。
嘘は得意じゃない。すぐにバレるから。


「どうぞー」
ハルを見上げると、ハルの手から何かがキラリと飛んできた。
「っ!?」
「飴です。疲れた時は甘いものがいいそうですから」
俺の手に飛び込んできたのは、小さな飴玉。
「あはは、ナイスキャーッチ」

ありがとう。

喉元まで出掛かった声は、ただの空気になって押し出された。
つまり、優しさを無視で返してしまったわけだ。

だけど、変に空いた間が俺の口を噤ませる。


「ロヴィーノさん」
返事は返せなくても、せめて顔は見たい。
眩しくて眇めた視界で、キラキラとハルが笑っていた。
「またお話しましょうね。お気をつけて」
ハルの言葉の最後が始業のチャイムと重なって、ハルは顔を隠してしまった。
今ごろは慌てて席に着いているだろうか。

そんな場面を想像してしまって、ぷっと吹き出した。


「今日はボンゴレロッソにしよう」
トマトとモッツァレラを和えたサラダも添えて。
弟が喜びそうな夕飯の献立を立てながら、俺は校門から飛び出した。


何でこんなに気分が高揚しているのか。
知っているのは、今にも弾けそうな心だけだった。



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