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□南伊
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「ろびーのさん」
「………」
「ろびーの、さん……」
「だから俺はロヴィーノだって何度も言ってんだろーがこのやろー!」
「はい、すみません……」

ぐすぐすと泣くこいつは、俺の名前が呼べない。
フェリシアーノとジャガイモ野郎は名前で呼んでいるくせに、俺だけロマーノさんと呼ぶハルに、腹が立った。
俺も一応枢軸国のイタリアであるとはいえ、日本であるホンダと仲がいいのは、ジャガイモ野郎とフェリシアーノだった。
だから、俺はあいつらよりも関わることが少なくて。だから、ハルは俺のことを本当の名前で呼んでくれないんだとずっと思っていた。

悔しかった。国である俺たちに名前は必要ないというのに、それをたった一人の女に呼ばれないだけでこうも泣きたくなって腹が立ってしまうんだ。
俺は俺たちの間に壁を感じていた。いつもなら壁を壊したいと思う衝動だって湧かない。

だけど、俺は初めて会った時にもうハルに心を奪われてしまっていたんだ。
漆黒の髪がさらさらとなびいて、同色の瞳には光彩が散りばめられていて、ハルが見ている景色もこんなに綺麗なのかと思うほど、澄み切っていた。


最初はハルに会えるだけでふわふわ嬉しくて、そんなことに気付きもしなかった。
それから何度も会って、やっと普通に話せるようになった時に、ようやくそこで気付いたんだ。
その事実に頭を何万トンものトマトでガツンとやられたような気になった。
自分の気持ちと相手の気持ちにこんなに差があるまま会うことは、どうしても辛い。
それでも会えたら嬉しくて、でもまたその事実に打ちひしがれる。

俺は他人とコミュニケーションをとるのが苦手だ。ナンパはもちろん呼吸をするのと同じ要領でできるが、ハルはそんなのと一緒にできない。
いや、俺は自分が嫌われているという事実を認めたくなくて、ハルに何も聞けないんだ。
もし嫌いだと言われたら、俺はみっともなく泣いてしまうだろうから。
だからずっと聞くのを我慢していた。聞きたいけど、聞きたくない。そんな相反する感情を持て余していると、それはあっさりとフェリシアーノにぶっ壊された。

『ねーねー、どうしてハルは、俺とルートのことを名前で呼ぶのに、兄ちゃんはロマーノって呼ぶの?』
思わず飲んでいた茶を吹き出しそうになって、どうにか堪えた。
普段は空気読まねえけど、よくやった。家に帰ったらピッツァとパスタを死ぬほど作ってやろう。
そして俺はゴクリと唾を飲み込んで、ハルをみやる。

明らかに動揺しているハルは、顔を青くさせて、あわあわと意味なく手を動かして、視線を彷徨わせていた。
『まことに申し訳ございません……』

深く謝罪するハルを見て頭に血が上った。
そんなに俺のことを、謝ってでも名前で呼びたくないくらいに嫌いなのかよ!
ジッと胡乱なまなざしでハルを睨む。俺の顔を見たフェリシアーノが怯えて俺の目を手のひらで隠した。
『に、にーちゃん!女の子にそんな顔しちゃダメだよぉぉ!ハルにもきっと理由があるんだよ!ねっ?ハル?』


『失礼を承知で申し上げます……私……できないんです』
震える声で小さくつぶやくハルを、俺がこんな顔をしているせいもあるのだが、可哀想に思えてしまった。
乱暴な手つきでフェリシアーノの手をどかすと、ハルを見つめた。

『何ができねーんだよ』
女の子にそんな口のきき方しちゃダメだよ!と煩い弟は放っておく。だって、それどころじゃないんだ。俺の今の最重要課題を取り払うかもしれない発言だ。
食い入るようにハルを見つめて、小さな声だって聞き逃さないように聴覚を研ぎ澄ます。


『あなたの名前を、お呼びできません』
『な、んでだよ……!フェリシアーノとジャガイモ野郎はよくて、何で俺はダメなんだよ!俺の名前なんか呼びたくないからかよ……』
『決してそのような理由ではありません!』
『あ、もしかして兄ちゃんの名前しらないとか〜?』
『ぞ、存じております!』
『じゃあ呼べよ!』
『申し訳ありません、怒らないでください……。わ、わたし、ろびーのさんとしか言えなくて』
は?と頭のまわりに何十個ものハテナが飛ぶ。

『おい、俺の名前はロヴィーノだ。ロビーノじゃない』
真っ青だったハルの顔が途端に赤くなった。
『は、はい!申し訳ありませんっ』
『もう一回言ってみろ』
『……ろぶぃーの、さん……』

脳みそが360度捻られたように感じる。今は絶対不細工な顔をしているだろう。(日本では「狐につままれたような顔」というらしい。不思議だ。)
状況が全く把握できない。

『も、もしかしてハル……!』
『ぶいの発音ができないんです……っ!』
『あははっ!ハル可愛いーー!!ハグハグー!』
ハグ狂のフェリシアーノは可愛い可愛いとご満悦だ。俺はどうにかパンク状態の頭を総動員して、理解しようと唸る。
『あれー?でもルートはルートヴィッヒなのに、どうして呼んでるの?』
『ルートという所で止めればわかりませんから……フェリシアーノさんもそう呼んでいらっしゃいますし』
『あ、だからハルは俺のこと国の名前で呼んだことないんだ〜?ねね、ヴェネチアーノって、呼んで?』
『ぶ、ぶえねちあーの、さん?べ、べねちあーのさん?』
『わー!小っちゃい子みたいで可愛いー』


きゃっきゃっと戯れる二人を目の前にして、一瞬目の前が真っ暗になった。
俺が悩んだ今までの日々は何だったんだ………?
俺が愕然としていると、フェリシアーノはキクとルートにも教えてこよーっと!と言って部屋から出て行ってしまった。



もうバレたからだろう、ハルは俺を「ろびーのさん」と呼んだ。
「すみません、お名前を正しく発音できないのはとても失礼なことですので、ずっと隠して来てしまって……怒ってらっしゃいます、よね」
「俺の名前呼ばなかったのって、本当にそれだけか!?」
「え、ええと、それだけ、とは?」
意味がよくわからないと目を泳がせるハルの肩を掴む。

「フェリシアーノとジャガイモ野郎の方が俺よりもっともっと好きだからとかっ……!本当は俺のことが、き、きらい……とかっ」
やべぇ。自分で言っててなんか泣けてきた。じんわりと出てきた涙はまだ流れるのを堪えている。
そんな俺の顔を見たハルは、驚いた顔で俺を見つめた。
「ど、なんだよ、このやろ……」

あ、こぼれる。そう思った。


「そ、そんな!嫌いだなんてとんでもありません!ロマ……ろびーのさんだって、私にとってとても大切な、大事な方です!本当に申し訳ありません!誤解をさせてしまって……」
「……ろびーのじゃ、ねぇぞ」
ハルの言葉は嬉しいのに、素直に嬉しいって言えないから、そう悪態をつく。
「あう……すみません」
「ろびーのって呼ばれても、返事しねーからな。ロマーノって言われても、だ」
「ええっ?それは……困りました」
「困れ、ばか」

ボロボロ泣いているけど、気にしない。だってこんなにも胸が温かい。こんなにも嬉しい。
俺が悩んだ分、ハルが困ってしまえばいいと思う俺は、性格が悪いだろうか。

「俺のこと、嫌いだから名前呼ばないのかって、思っただろ」
「違いますっ!わ、わたし、名前が呼べないなどという粗相をしたら呆れられてしまうと思って……。そうしたら、もう会いに来て下さらないのでは、と」

呆れられて遠ざけられるくらいならば、もう一つの名前を呼べばいいと考えたのだとハルは涙にぬれた声で言った。
「な、何かの拍子に間違えないようにと、ひっく、あまりロマーノさんという名前もっ、呼ばないようにしていました……重ね重ね、申し訳、ありませんでした。ひく、呆れてくださって結構ですので、」
俯いてしまったハルに、俺はもどかしい気持ちになる。

「呆れるわけ、ないだろ。お前の言葉に俺の名前の発音がないだけだ。お前のせいじゃないっつーか、その……練習すればいいだろ!つうか、しろ!」
ちぎー!と、慰めたかった言葉はただの命令になってしまった。
「指導して下さるんですか!?」
キラキラと、出会ったころのままのハルの瞳。この瞳に逆らえたためしはない。

「あ、当たり前だっ!変な名前で呼ばれたくねーからな」
「精一杯、頑張ります!」
満面の笑みにノックアウトされつつ、俺はどうしても聞きたかったことを聞いた。


「お、俺のこと、どう思ってんだよ、」
「えと、大切で大事な方ですよ」
「どのくらい」
「え?」
「ジャガイモ野郎よりか?」
「その……は、はい」
「フェリシアーノよりか?」
「………うう」
「ハル、」
「いちばん、です」


耳まで真っ赤になった顔を見て、アントーニョが俺にトマトみたいやんなぁ、とよく言うことを思い出す。
ほんとに、トマトみてぇだ。
一番という言葉に恥ずかしくて混乱する自分と、冷静にハルを観察する自分が居て、不思議だった。

「いいいいいいちばん」
「いいいいいいちばんです」
「おおおれだって、いいいちばんだっ!」
「ええっ!?」
二人でトマトみたいになりながら、とりあえずきちんと名前を呼んでほしいと思った俺は、気まずい空気を変えるために練習に精を出した。



(下唇を軽く噛んで、ウって言うんだ)
(あ、はいっ!あ、あう……)
(ばっ!そんな強く噛むなっ!……あっ)
((ろ、ろびーのさんに唇を触られてしまった……!))


>>>
はい。もうなんかすみません。n番煎じにもほどがありすぎますね。じゃんぴんぐ土下座します。
自分だけロマーノって呼ばれるのに焦れて泣きそうになるロヴィーノくんいいじゃないですか!!ダメですか!!
結構前から温めていたネタなので、できてよかったです。
ロマーノが好きすぎてつらい。
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