z

□英
9ページ/13ページ

まどろみから意識を取り戻すと、肌に馴染んだ体温を感じる。
重いまぶたをパチパチと二回瞬かせて、見慣れた朝の風景に安堵を覚えた。
私を抱きしめて眠るアーサーさんは、あどけない寝顔で小さく口を開いて静かに呼吸していた。

すー、すー。
規則正しい寝息は、トクトクと鳴る穏やかな心音と相まって、私の体に響く。
起きている時は恥ずかしがったり、照れて心にないことを言ったり、そしてじんわりと泪を浮かべたり。
かと思えば、紳士然とした態度で私の心臓を跳ねさせるようなことを平気で言うのだから、厄介な人だと思う。

寝顔というのは一種の無表情で、一番無防備な姿を私に見せているということは、心置きない相手だということだ。

しばらくぼんやりと幸せに浸っていた。
カチッという音で私は壁にかかっている時計を見る。
もう7時だ。そろそろ起きなければ。
アーサーさんの腕に手を置いて、いつものようにトントンと優しく叩こうとした。
けれど、兄さまからあることを聞いていた私は、それを実践することにした。



アーサーさんの腕に置いていた手をゆっくりと彼の顔まで持っていく。静かに、しかし素早く。
絶対に起こしてはいけない、と緊張しつつ指先を彼の長い睫毛の下に当てて、二回ほど撫で上げた。
んん、と漏れた息に、私はくすくすと小さく笑う。

とろりとしたペリドットの瞳が半分だけ開く。それはまだ夢の世界を漂っているようで、きらきらと濡れていた。
「……ん、ハル?」
「おはようございます、アーサーさん」
作戦は大成功だ。
私は兄さまから聞いた、『寝ている人のまぶたを撫で上げると起きる』ということを実証した。
兄さまは何でも知っているんだな、と改めて兄さまを尊敬する。
普段はしない悪戯のようなそれに、私はさっきよりも大きく笑った。

「なん、だ……?」
「いえ。もう起きましょうね」
「いま何時だ?」
「もう7時ですよ」
「そうか。今日は天気が良いから薔薇園の水撒きが気持ちよさそうだ」
「ついでにシーツも洗ってしまいましょう」

うーん、とひとつ伸びをして、アーサーさんはシャワーを浴びてくると部屋を出て行った。
私の額にキスを落としていくことも忘れずに。

「……まだ寝ぼけているんでしょうか」
そうでなければいい、なんて思っている私はかなりの重症だ。
熱い頬に気づかないように、私はダブルベッドの大きなシーツを急いで引っ張った。


>>>
まぶたを撫でて起こすっていうの、やってみたいです。本当ですかね?
親分バージョンも書こう。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ