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□英
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流れ星を見に行こう、とあなたが誘ってくれたのは、つい昨日のこと。
流星群が活発になるとのニュースを見て、私と一緒に見たいと思って下さったんだろうか。(そう聞いても、彼は絶対に肯定しないだろうけど)

……まぁ、そんなことは、私の自惚れなんでしょうけどね。
ちょうど私がアーサーさんのお宅にお邪魔させて頂いているから、観光に来た私に良い思い出をと、それだけの話でしょう。
他意のない誘いにも、私はこうして舞い上がってしまっているんですよ、アーサーさん。


「ハル。流星群が多く流れるのは、深夜の2時過ぎだそうだ。車で30分ほどの場所が見えやすいから、1時くらいまで仮眠を取った方が良いぞ」
「2時ですか?私、普段はそんな時間まで滅多に起きていませんから、アーサーさんのいう通り、少し寝させていただきますね」
「あぁ。1時になったら部屋に迎えに行くから、出掛ける支度をしてから寝た方がいい」
「起こしてくださるんですか?ありがとうございます」
「べ、別にハルのためじゃない!俺が遅れたら嫌なだけだからなっ」
「はい、すぐに起きますね」

アーサーさんの不器用な所が好きだ。
照れ屋さんで、それを隠そうとしてムキになって、フランシスさんや他の方にからかわれて。
けれど、私と彼では釣り合わないのだろう。
かつては世界を支配していた強国とちっぽけな島国では、釣り合うはずがない。

こうしてお友達のままでいるのが、一番幸せで平和で……永く続くはず。


「それでは、一旦寝ますね」
「あぁ、おやすみ」
おやすみなさいと挨拶をしてからベッドに潜る。
スッと眠りに入った私は、約束通りきっかり1時にアーサーさんに起こされた。

寝ぼけ眼をこすって車に乗り込み、観測地点まで向かう。
「着いたぞ」
「開けた場所ですね」
「小高い丘だからな。さて、あと10分ほどだ。寒くないか?」
「はい。一応、余分に上着を持ってきました」
納得したようにアーサーさんが頷き、他愛もない話を交わす。


お友達でいい。
今の関係を壊したら、こうやって話すことも、星を見ることもできなくなってしまうから。

「そうだ。ハルは何か願い事をするのか?」
「……え?」
「日本では流れ星に願い事をするって聞いたんだが……違うのか?」
「いえ、合ってます。けれど、流れ星が出てから消えるまでに、願い事を3回も言い切らなければならないんですよ」
「そんなにか?あー、でも今日は流星群だから、ずっと言ってれば3回くらい言えるんじゃないか?」

アーサーさんの的確なようでズボラな言葉に笑ってしまう。
「笑うなって」
「すみません、考え方が違っておもしろいと思ったので」
恥ずかしそうに頬を掻くアーサーさんにフォローを入れて、空を見上げた。

「もう時間は過ぎてるんだが……」
「あっ、流れました!」
「本当か!?」
「はい、あそこで……あっ、また!」
「あぁ、俺にも見えた!」
場所が良いのだろうか、たくさんの星が光っては消え、流れてゆく。

「すごいですね、アーサーさん!」
「あぁ。こんなにたくさん流れるのを見るのは初めてだ」
息を吐いたアーサーさんが、ボソリと呟いた。
「……願い事、叶うかな」
「アーサーさん、願い事があるんですか?」
「あっ、いや!そのだな、あるというか……!いやでも、願い事は口にしたら叶わないと言うし……」
しどろもどろになるほど、アーサーさんはその願いを叶えたいのでしょうか?
私が叶えられる願いであれば、叶えてあげたいと思った。

「アーサーさん。日本には、言霊というものがあるんですよ」
「コトダマ?」
「はい。人の言った言葉には、魂が宿るものだと考えられているんです。だから、人を罵ったり悪口を言ってはいけないと教えます」
きょとんとするアーサーさんを横目に、私はさらに続けた。
「口に出した言葉は力を持つんです。だから、アーサーさんが願って口にした言葉は、きっと叶いますよ。今ならば流れ星の力も借りられますから、ね」

言霊と流れ星と、そして私の力で。
アーサーさんの願いを叶えたい。

「あっ、だからといって、悪いことに使ってはいけませんよ?」
アーサーさんの願いは叶えたいけれど、筋の違うことはしたくない。
それだけ付け加えると、アーサーさんはヘラリと笑って、うんと頷いた。


「……叶うのか、本当に」
「きっと、ですけど。アーサーさんのその願いに対する想いが強ければ、きっと叶います」
「……想いは、強いな。もう百年越しの願いだから」
儚い横顔に、アーサーさんは恋をしているのだとなんとなく気づいた。
私はショックを受けると同時に、やはり諦めが先に立った。

アーサーさんとは、いいお友達でいよう。
アーサーさんの恋が実ったら、この気持ちも隠すのだから、今から練習しておかねば。

「ハルを信じる」
「……ええ」
「ハルを信じて、流れ星とコトダマの力を借りて、三回なんて言わずに何百回でも言ってやる」
「アーサーさん?」


「ハルが好きだ、ハルが好きだ、ハルが好きだ!」
「アーサーさん!?何を仰って……」
「あ、愛してる愛してる愛してる!百年以上前からずっと、お前だけ見てた……!」
暗がりに背けてしまったアーサーさんの顔は見えない。

「ははっ、さすがにコトダマでも流れ星でも、この願いは叶えちゃくれないだろうな。人の心はそう簡単なもんじゃないから、な」
重苦しい諦観の言葉は、アーサーさんの小さくなった背中と共に、彼の落ち込みをよく表していた。
「ま、ってください……」
涙で震えた私の声で、アーサーさんがこちらに振り向く。

「な、泣くな!俺は、困らせたり泣かせたりしたくて言った訳じゃない!ただ……、」
口ごもるアーサーさんに、私は声もなく涙を流し続ける。
「ただ、知ってほしくて。いや、俺がもう我慢できなかったんだ。望みのない想いを持つのがもう堪えきれなくて……吐き出しちまえば自分が楽になるだろうって、」

アーサーさんとしても、もし気持ちを伝えると決めたのなら、もっと紳士然とした態度でスマートにさり気なく伝える気だったんだろう。
けれどこんな予想外の告白に、アーサーさん自身ですら戸惑っているようだ。

「泣くほど嫌か……悪い。せっかくいい気分で流星群を見ていたのにな」
「いいえ!嫌じゃなくて!嫌じゃないんです、私……お友達で居た方が幸せだって、逃げていて」
「え?」
「私じゃアーサーさんに釣り合わないから、気持ちを殺そうって決めて!今日の誘いも、アーサーさんにとってはただの友達への誘いだったでしょうに、勝手に期待して落ち込んで……」
「お、おいハル?」
「私がっ、ほかの誰でもない私がアーサーさんの願い事を叶えて差し上げたくて、でも誰かを好きなアーサーさんを見るのがつらくて……。私はこんなにアーサーさんが好きなのに、この気持ちはアーサーさんを困らせてしまうから、必死で、必死で隠して……」

ぽろぽろと零れる涙を拭う余裕もなく、突き動かされるままに言葉を吐き出す。
この強い気持ちが言霊になって、アーサーさんを縛ってしまわないかと不安だったのに。

「隠す必要なんかない。ハルが俺を想ってくれてる気持ちが迷惑なわけがないだろ?俺だって、ハルが好きなんだから」
「けど、けれど……」
「ハル、ありがとな。俺の願い事、ハルが叶えてくれたんだ」


アーサーさんはふんわりと笑みを浮かべて、涙でぐずぐずの私な顔にキスをした。
私は感情が混乱しすぎて、笑いたくも泣きたくもあり、情けない顔しかできなかった。





「あの日もこんな風に、星がいっぱい光っていた夜だった」
「あの日、です?」
「本田が俺と友達になってくれて、妹のハルを紹介してくれて、俺がハルに一目惚れした日だ」
「ひとめぼれ……」
あの日から、私のことを?

「って、何で泣くんだ?迷惑だったか?」
「いえ、違います。嬉しいんです」
涙をやさしい親指で拭われた。


今は胸が詰まって、言葉は言霊にはならないけれど、いつか伝えよう。
アーサーさん、私もあの時あなたに一目惚れしたんですよ、と。


またこうして、二人で星を見ましょうね。
(涙ひと筋、星一閃)
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