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□英
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「アーサーさんの瞳って、素敵ですよね」
なんの脈絡もない言葉に、アーサーは思考をストップさせる。
そういえば、前もそんなことを言っていた気がする。
普段面と向かって褒められることがないアーサーは、頬を上気させながら言葉をつむぐ。
「な、なんだいきなり!」
「いえ、その瞳の色……えめらるどぐりーんというのでしょうか?日本では翠玉色、といいますが」
「まぁ、そうだな。濃さは違うかもしれないけど、エメラルドかもしれない」
スイギョクイロ、と片言の日本語でアーサーは復唱した。

日本語の色についての言葉の選び方は可憐で美しいと思う。
「ハルの瞳の色は、確かシッコク……というんだったか?」
「そうですね。英語ではなんというんでしょう?」
「ebony……かな。jet-blackともいう」
「えぼにー……」
聞いたことがない、と眉をひそめるハル。

「吸い込まれそうだって、思ったことがある」
ふと思いついたことを口にしてしまったアーサーは、こてんと首を傾げたハルにハッとわれに返った。
「吸い込まれそう、です?」
「あっ、いや……なんだか、その瞳をずっと見ていると、すっと入り込んでしまいそうだなんて、お、思ってだな……」
変な意味じゃないんだ、とかぶりをふるアーサーに、ハルは唇の端をつりあげた。


「わかります。私もアーサーさんの瞳を見ていると、綺麗でいつまでも見たいたいと思いますから」
「きれっ……!?」
「えぇ。綺麗です」
ここまで直截な言葉で褒められると、もうどうしようもなくなってしまう。
恥ずかしいから、いつものように照れ隠しでひどいことを言うのは簡単だ。
けれどそうしたら、ハルの純粋な気持ちを汚してしまう気がして。
ぐっと恥ずかしさを堪えて、アーサーはどうにかして会話を続けようと脳をフル回転させる。


「あっ、あの、な!」
「はい」
「エメラルドグリーンもいいんだが、俺は、ペリドットの瞳、と言われたい」
「ぺりどっと、ですか。綺麗な言葉ですね」
またハルが鸚鵡返しすると、アーサーは今度こそ顔を真っ赤にして押し黙った。

「ペリドットは、エメラルドグリーンと似た色なんです?」
「ちょっと違う……ペリドットの方が、明るいけど」
ペリドットのように明るいとはいえない己の瞳を知りつつ、アーサーは先を続けた。

「あの、だな……ペリドットの石言葉が、」
もうこれ以上顔は熱くならないだろうというくらい、赤くしてぐっと拳を作った手に力をこめた。
「Married couple's happiness.」


俺の意気地なし×××野郎!アーサーは己をひどく罵った。
一番大事なことを、英語がわからないハルに言っても何の意味もない。
どんなに心がこもっていても、言葉が通じなくちゃ意味がない。
じゃあ紙に書いてみたらどうだと思ったけれど、生憎アーサーは日本語が書けなかった。
会話は少しは練習しているけど、書き取りについてはアーサーはてんでダメだった。

あぁっ!さらっと言っちまえばよかったんだ!
「あの、すみません。私きちんと聞き取れなくて……」
「わ、悪いっ!その、ええと」

もうどうにでもなれ!とアーサーはハルの繊細な身体を抱きしめる。
スキンシップに慣れていない彼女は、きゃっと控えめに驚いていたけれど、そんなこと構ってられない。
引かれませんように、と神に願って、アーサーは唇を舌で湿らせた。

この言葉を、その柔らかな耳に囁いていいだろうか。



「石言葉は、夫婦の幸福……だ」

どんな拒絶も見たくない、とハルが動けない程度に強く戒める。
こんな顔も見られたくないから、ハルの頭を自分の首筋の方に倒す。
ハルは、この意味を汲み取ってくれるだろうか。

自分だけの願望だったら悲しい。
二人の望みだったら嬉しい。

いつかはそうなりたいのだと、言外に含ませた自分の意気地なさにへこみつつ、ハルのリアクションを待つ。
「嬉しい……」
「え?」
キュッっとアーサーの上着を掴むハルは、パッと顔をあげてアーサーを見た。
その漆黒の瞳にはじんわりと膜があって、期待してもいいのだろうかと喉が鳴る。

「私、そうなれたら良いと、ずっと……」
きゅうと胸が疼いて、二人の心音がうるさいことに気づく。
「キス、してもいい、か」
ひどく切羽詰った声になってしまったのは、許してほしい。

いつものアーサーの問いに、ハルは耐え切れず自分から口付けてしまった。
はしたない、と思っていても、この想いを止められる筈がなかった。

問いのあと、急にハルの顔が近づいてきたものだから、アーサーは驚いた。
しかも、柔らかくて温かな唇が、自分が重ねる前に重なっていたのだ。
ハルからキスをもらうのは初めてで、アーサーは感情の箍が外れかけた。
こんなに求めてくれているのに、ただ受け入れるだけなどできるわけもなく。


何度も角度を変えて交わるキスに、アーサーは舌を進入させる。
ぴくりと跳ねた身体も愛おしく、遠慮がちだったそれは次第に奔放になってゆく。
ふっ、と鼻にかかった声がアーサーを余計に煽った。
この愛おしい人を、隅から隅まで探って食べ尽くしてしまいたい。

淫らなことを考えながら、ハルの甘い舌を堪能して、唇を離した。
最後にちゅっとリップノイズを立てることも忘れずに。

アーサーに負けないほどに顔を紅く染めたハルが、肩で息をする。
キス慣れしないハルに、欲望のまま奪ってしまった。
「慣れてないのに、悪い……長くて」
こんなことを謝ること自体、気まずい。
「わ、私こそなかなか慣れずに、すみません」
それこそ謝る必要はないのに、とアーサーは気が抜けた。


「ははっ、間抜けな会話だな」
キスの後は甘い言葉を囁くのが相場だというのに。
だけど、それが俺たちらしいのかもしれない。
アーサーは満足して、ハルの体温を堪能する。

「愛してる」
最高潮の恥ずかしさを通り越してしまえば、愛を紡ぐことなど簡単だった。
思いの丈をこめて囁いたそれに、今度はハルが耳を真っ赤にして固まった。
正直な気持ちを伝えたアーサーにハルは混乱しているのだろう。

「ハルは……どうだ」
愛してる、といえば返事を返してもらいたいのは当然だ。もちろん同じ返事がほしい。
好きも大好きも足りない。愛してる、という同じ熱量の情以外は認めない。
強気になって聞くと、「お慕いいたしております」となんとも日本語的表現の言葉。
それがどんな意味なのかはわかっていても、やっぱりアーサーは日本人ではないから、その熱量の大きさまでは汲み取れない。

「愛してる、か?」
もう一度促すと、ハルは口ごもってから、ぼそぼそと「愛しています」と言ってくれた。
「俺もだ。愛してる、ハル」

気持ちを素直に伝えることがこんなに幸せなことだなんて知らなかった。
そして、同じものを返してもらえることがこんなに胸を苦しくさせることも、初めて知った。





正式にプロポーズをするときは、ペリドットの石をはめた指輪を贈ろう。
そうして、もう一度自分たちの幸福を噛みしめるのだ。
アーサーはそう決意して、綺麗なハルの手の甲に誓いの口付けを施したのだった。


(きみにあいをおくろう)



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ペリドットってどんな色だろうと検索したところ、石言葉を発見したので発作的に書き上げました。
図らずもプロポーズ話になっちゃった!
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