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□英
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アーサーさんと電話をしていたら、なんだか無性に会いたくなった。
声だけじゃ足りなくて、抱き締められれば香る薔薇の香水の匂いだとか、見た目より骨ばっている身体だとか、さらさらと指に心地よい金色の髪だとか(私はこれが特に好きなのだけれど、彼は子供扱いするなと嫌がる)。

耳だけでなく、目で、指で、肌であなたを感じたくて仕方がないんです。

寂しくて、ほろりと雫が頬に感じられた。
簡単に逢瀬が出来る距離ではなくて、だからこんなに心が苦しい。
私が起きる時間に彼はおやすみと呟くから、電話さえままならなくて、外出中の菊兄様に手紙だけ残して、もう限界だと鞄ひとつで家を飛び出した。



運良く出た飛行機のキャンセルシートに座り込んで、おおきく息を吐く。
彼を想う心からか、今から会いに行く期待からか、胸がきゅうっとなった。


道のりは長い。
なにせ、半日以上もこの椅子に座り続けなければならないのだ。
鞄には服は一着しかない。あとは最低限の身の回りのもの。
それと忘れてはならないのが、私がいつも作って彼に贈っている日本の花をあしらった押し花。

いつもは素直になれない彼が、この時ばかりは花の美しさに感嘆を漏らすのだ。
キラキラと目を輝かせて、綺麗だと見惚れるその姿が、私には美しいのだとは伝えたことはないけれど。




はふ、とため息を吐く。
あぁ、アーサーさんと会ったら何をしよう?
恥ずかしいけれど、強く抱きしめてほしい。
そしてアーサーさんがお忙しくなければ、薔薇園を見せていただきたい。
嬉しそうな声で、白い薔薇が咲いたのだと先ほどの電話で仰っていたから。

その中で、彼が淹れてくださる紅茶を一緒にいただきたい。
ほんのり甘くてミルクたっぷりのロイヤルミルクティー。
随分まえに味わったそれを思い出して、喉が鳴る。

彼が作ってくださるお菓子は、この機内食のように、褒められたらものではないけれど。



あなたに会えるのだったら喜んで食べようと決心して、あなたの甘くとろけるような笑顔を思い出しながら、温かな機内のなかで私は目をつむった。



長い長いフライトの後、兄様がアーサーさんに一報を入れて下さっていたお陰で、空港で会えるとはつゆ知らず、私は愛しい彼の夢を見た。



(二人で幸せそうに手をつなぐ夢を見ました)
(会ったら、恥も外聞も気にせず抱きついてしまいそう!)


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長いフライトの間、こんなことを考えていたらいいなぁ。
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