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□英
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おはようと寝る支度をした俺が電話口で囁く。
するとハルはこんばんは、と俺の為に言うのだ。あいつは起きたばかりだというのに。

「そうだ。今、薔薇の大輪が見事なんだ。真紅と純白と、お前の好きなレディ・マリー・フィッツウィリアム」
ハルの為に交配した種の名を告げると、ハルは『初めて見せていただいたあの日のことは忘れられません』と感慨深げに呟いた。
ラベンダーも今年は育ててるんだ、と成長ぶりが嬉しくて報告する。
『もうそんな時期ですか……はやいものですね。こちらもザクロや蛍袋が咲き始めていますよ』
ツバキの季節でもあるだろうと、前にハルが教えてくれた花をあげる。
『よく覚えていらっしゃいますね。私は横文字は苦手ですのに』
そう、俺がハルにレディ・マリー・フィッツウィリアムを渡した時も、こいつは「フィッツウィリアム」を聞き取れずに、何度も言わされた。
痺れを切らした俺が名前を書いてやると、恥ずかしそうに、『申し訳ありません。草書体は読めないんです』と言ってきた。
ブロック体で書いてやると、その紙を綺麗に四角に畳んで、何度もありがとうございますとすみませんでしたを言って頭を下げた。
そんなことも懐かしい思い出だ。

「ー……ってこともあったよな」
からかってやろうと、イタズラっぽく告げると、『もう、意地悪な方』と情けない声を出すのだ。


二人の共通の話題から日常の他愛のない話まで、記憶を共有するように語り合う。
遠い空の下にいるハルとは、なかなか満足に会えなくて、世界会議で兄である本田の付添いの時や、俺が休暇が取れた時などしか会えない。
決して多いとはいえないそれに、ハルは文句のひとつも言わない。
俺なんかワイン野郎に八つ当たりのようにぶちまけるのに。(こいつはなぜか本田宅に入り浸りやがるからだ)


『あら、もうこんな時間。アーサーさん、そろそろお休みになられたらいかがです?』
「あ、ああ。そうだな……」
鈴が鳴るような声に耳を傾けていたかったのに、とむくれた。
だけどそんな子供みたいなこと言えるわけもなく、俺はじゃあなと別れの言葉で終えた。

そうしたらハルが『おやすみなさい、よい夢を』と言うものだから、俺は苦しくなってしまった。
「っ、ハル!」
『は、はい?』


切羽詰まった声に驚いたのか、ハルは不思議そうに俺の名前を呼んだ。
『アーサーさん?どうかなさいました?』
「あっ、いや、その……だな、」
ああ、恥ずかしい恥ずかしい。
絶対に顔が赤くなってる。だってこんなに頬がひりひりと痛いんだから。

「(会いたい……)っ、」
『……あの、』
「あ、愛してる……!」
気持ちが溢れ出してしまったことが恥ずかしくて、俺はいい一日を、と早口で言って電話を切った。


心臓がうるさい!
俺は自分のしでかしたことに半分真っ青に、半分真っ赤になりながら乱暴にベッドに倒れ込んだ。

会いたいだなんて言っても無理なことはわかっていて。
だからそれを言ってはいけないと我慢した挙げ句、あんな紳士にあるまじき粗雑でいっぱいいっぱいの恥ずかしい告白!



どうしようと焦るけれど、言葉にしてしまえばどうしようもなくなった。
「会いたい……」

もしいま会えたら、思いきり抱きしめたい。
さらさらの黒髪ごと頭を抱きしめて、身体に感触を刻みつけたい。
そうして、いつもみたいにそっと背中に手を回してもらいたい。

いつもは控えめなハルが、俺の気持ちに応えてくれているようなその腕は、俺に幸福をもたらすから。



今すぐに会えない、絶対的な距離を知らしめる時間が恨めしい。
どんなに足掻いたところで、半日もかかるんだ、あいつを抱きしめるには。
ちくしょう、と口が悪いことを知りながら吐き捨てる。


ハル、ハル。
あいつのことばかり考えていたらいつの間にか寝ていて、翌日に寝ぼけ眼で受けた本田からの電話の内容に、俺は飛び上がることになるのだった。




『今、ハルがそちらに向かっているそうなので、ご迷惑ですがお世話になりますね。昼にはそちらに着くかもしれません』

俺は稲妻のような速さでハルを迎えに行く支度をした。
数時間後には逢えるであろう恋人の姿を想像して、ゆるむ頬を抑えられなかったのだった。


(ターミナルで驚いた顔のハルを欲望のまま思いっきり抱きしめたのは、言うまでもない)


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「いちばんにきみにあいたいよ」のアーサー視点。
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