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□英
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今日でやめよう。
ひとりで勝手にそんなルールを作って、じりじりと視線を送る。

あたしがカークランドくんの斜め後ろの席になってから1ヶ月。
最初は小躍りしていたあたしも、だんだんと嫌な予感しかしなくなった。


彼があたしの視線を感じて、たった一度でも振り向いたら。
そうしたら、告白しよう。

そんなマイルールを作ることによって、あたしは諦められない臆病な恋心に猶予を設けた。
普段は授業を真面目に受けているカークランドくんが、振り向くわけがない。(最近はよく窓の外を眺めてぼーっとしているけど)
それを知っているから、あたしはこんなルールを作ったんだ。

だって、告白する勇気なんてない。



けれど、あたしは自分で作ったルールで自分の首を絞めることになった。
カークランドくんを見つめても視線が合うことはない日々。
気がおかしくなりそうだ。

だからあたしはギブアップすることにした。
今日で終わらせよう、こんな不毛な恋。
カークランドくんの中ではあたしは席が近いだけのクラスメイトなんだから。
もしかしたら、あたしの名前だって覚えていないかもしれないし。


午後のHRを凌げば、この淡い恋に終止符が打たれる。
タイムリミットはあと5時間。
いつもなら、まだかまだかと待っているお昼の時間も、今日ばかりは来てほしくない。
けれど時計はすました顔で正確に時を刻む。

先生の声も聞こえなくなるほど、あたしは時計を睨み続けていた。



昼食の時間になって友達が迎えに来たけれど、あたしはみんなと騒ぐ気分じゃなくて、断ってしまった。
どこか風通しのいい場所で食べようと、お弁当箱を持って教室を飛び出した。



「「あ、」」
中庭の脇にあるベンチに向かったあたしは、そこで思いがけない人と出くわしてしまった。

「カークランド、くん……」
「ハル……」
この状況がいまいち理解できなくて、しばらくポカンとしたあと、ハッと我に返る。
「あ、ご、ごめんね邪魔して!」
「い、いや……大丈夫だ」
「あの、それじゃあ、あたし他の場所で食べるから!」
聞かれてもいないのに勝手にまくし立てて、あたしは逃げるように駆けだした。

「ま、待て、ハル!」
カークランドくんがあたしを呼んだら、心臓がギュッと痛くなった。
っていうか、何であたしの下の名前知ってるの!?あたしたち全然仲良くなんてないのに。
「な、まえ……あたしの、どうして、」
こんな文じゃあ意味なんか通じるはずがない。だけどカークランドくんは意図を汲み取ってくれたらしく、顔を赤らめてごまかすように上擦った声で忙しなくまくしたてた。

「お、俺のとこは苗字を呼び捨てにするのは失礼に当たるんだ!クラスメイトなら、ファーストネームで呼んでも構わないだろ!?」
「あ、うん」
文化の違いってやつか。それにしても、カークランドくんはたかがクラスメイトのあたしの名前をよく覚えていたな。

カークランドくんは、上気した頬を擦りながら、
「それで、だな。嫌じゃなかったら、一緒に食べないか?あっ、違うぞ!また違う場所を探すのも大変だろうってだけだからな!?」
自分の耳を疑った。こんな都合のいいことあるわけない。
情報処理能力が極端に下がった頭で理解しようと、長い時間を掛けていると、カークランドくんがうなだれた(ように見えた)。
「悪い……。気まずいよな、今まで話したこともなかったのに、いきなり昼を一緒だなんて」
「ち、ちがう!」
ごめんと謝るカークランドくんに、咄嗟にそう叫んだ。

「あ、えっと違くて。全然嫌じゃないの!寧ろあたしなんかで良いいのかなー、なんて……」
カークランドくんの顔が見れずに俯く。
「嫌じゃ……ない」
その言葉に顔をあげると、困ったような顔のカークランドくんが、困ったように笑った。


お邪魔します、とベンチに座ってお弁当を広げる。
あたしは緊張しすぎて、ご飯を食べるのに必死になっていた。
手の震えでご飯はこぼれるし、おかずは落とすし。

ガチガチのあたしに、カークランドくんもつられて緊張しているらしい。
何度もペットボトルのお茶を飲んで、無意味に振っていた。


「あー……、今日はハル一人、なのか?」
「えっ!?う、うん!ここで食べたくって!」
質問に答えてから、何でカークランドくんはあたしが今日は一人なことを知ってるんだろうかと考える。
ああそうか、いつもは友達が迎えにくるもんね。

「カークランドくんは、いつもここなの?」
なるべく平静を装って聞いた。
「いや、今日は足がここに向いたんだ」
「奇遇だね!」
奇跡みたいだ!神様ありがとう!

少し話したら、どうにか緊張が解れてきた。
最初は長かった沈黙もだんだん少なくなっていった。

「そういえば、今日のHRは席替えだって言ってたよな」
「え……」
せっかく話せるようになったのに、席が離れたらわざわざその席に行かなきゃ声をかけれなくなる。
意気地なしのあたしがそんなことできるはずもなく。

ショックを受けていると、授業開始5分前のチャイムが鳴った。
「もう時間か。ハル、行こう」
「う、うん……」

どうしようどうしよう。
頭の中はそればっかりで、午後の授業なんて全く頭に入らない。
カークランドくんの背中をじっと見つめて、心の中でさよならと呟いた。



無情にもチャイムがHRの開始を告げる。
先生がくじ引きの箱を持ってきて、みんな次々に紙を引っ張り出して悲喜交々の声のなか、あたしはどんよりした気分でくじをひいた。

17番。
ガタガタと机を動かす音が満ちている。
今日までのタイムリミットは、たった今終わった。
告白どころか声を掛ける勇気すらなかったあたしへの罰かな。


だいたいがそれぞれの席に着いた時に、隣から声が聞こえた。

「はは、今度は隣だ」
バッと声の主を確認する。
「カー、クランドくん……」
「やっと、顔が見れるようになったな」

にこりと嬉しそうに笑うカークランドくんの表情と言葉に驚いた。
「そ、れってどういう意味……?」
「ずっと、振り返りたかったんだけど、勇気がなくて」

それだけ言って、何もなかったように前を向いたカークランドくんを、あたしは言葉もなく見つめた。


あぁ神様?
あたし……自惚れちゃっても、いいんでしょうか?

(同じこと考えてたって、そう思っていいの?)
(これからは、後ろ姿じゃなくて君の横顔を)


>>>
ツンらない素直なアーサー。
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