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□夏目
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「夏目くん、その格好……って、あぁ!見つけた!!」
「な、何をだ?」
「その仔猫!私がエサあげてたの!」
ぐったりとした様子で夏目くんの腕に抱かれている仔猫は、夏目くんと同じように泥だらけだった。
私の言葉に驚いて目を丸くする夏目くんは、何やらモゴモゴと呟いた。

「どうしてそんなに汚れてるの?それに怪我までして!」
泥にまじって血が見える。
一体何が起こったというのだろうか。

「な、何でもないんだ。おれ、急いでるから」
それじゃあと走り出した夏目くんを反射的に追いかける。
細っこい腕を掴んで、立ち止まらせる。

「ちょっと待ってよ!何でもないなんて信じられるわけないじゃん!お願い、理由を教えて」
「それは……ええと、猫が襲われていたんだ。その、野生の……そうだ、野良犬に」
「襲われてた?」
「その野良犬が追いかけてきたから逃げてるだけなんだ」
「でも鳴き声も聞こえないし……」

夏目くんのたった今思い付きましたと言わんばかりにの言い訳に、私も今思い付いた提案をする。
「なら、私の家に来ればいいよ!すぐ近くだから」
「家……は、危険だ」
「どうして?犬なら鍵を締めれば入ってこられないでしょ?」
「そうなんだけど……」

「おい夏目!モタモタしていると喰われるぞ」
「えっ、猫が……しゃべった?」
ふっくらまん丸の猫が、確かに夏目くんの名前を呼んだ。
「そこの娘だろう?その妖が言っていたのは」
「アヤカシ?」
「おい、喋るな先生!」

そういえば、聞いたことがある。
夏目くんは虚言癖があって、変人だって。
幽霊が見えるって嘘をつくって。

けれど私には夏目くんが嘘つきだとは到底思えない。
ということは、だ。

「……もしかして、その猫ちゃん幽霊?」
「私を幽霊などと一緒にするな小娘!」
「ひぇっ、じゃ、じゃあ何ですか……」
「とりあえず逃げないと、頭から喰われるぞ」
「そうだな。日高、ひとまずこの場を離れよう。後で理由を……」
「夏目!!」

先生と呼ばれた猫ちゃんが、鋭く夏目くんの名前を叫ぶと、猫ちゃんが一瞬にして消え去った。
どろん、というような効果音が似合いそうな感じで。

それと同時に夏目くんがいきなりふっとぶ。
その腕に抱かれていた仔猫も道に叩き付けられる。
私は咄嗟に仔猫を抱き上げて、さっきまでいた場所から距離を取る。

起き上がった夏目くんが、顔をあげるなり逃げろ!と叫ぶ。
「えっ?どうして、」
「危ない!」
夏目くんが必死の形相でこちらに駆け出そうとした時、不意に腕の中の感触が消えた。
先生と同じような消え方に思わず息を飲み込む。

「っ、きゃあ!」
とたんにすごい風が巻き起こって、咄嗟に目をつむる。
すぐに目を開けたけれど、仔猫は跡形もなく消えていた。

「夏目くん!何が危ないの?どうして仔猫は居なくなっちゃったの!?」
夏目くんならばわかる気がして、私は夏目くんに詰め寄る。

「日高、悪いけど、行かなくちゃ」
「待って!あの仔猫はとても大切なの!知っているならなにか教えて!」
強い瞳で夏目くんを見つめる。
視線を逸らしてうつむいた夏目くんは、

「……詳しいことはあとでちゃんと説明する。あの仔猫を助けに行きたいだ。日高にとって大切な存在なら、おれが守るから!」
その場しのぎの言い訳には聞こえない真摯な声音に、私はこくりと頷いた。


「危ないから、春は家に帰ってくれ。明日きっと話すから、約束する」
「危ないのに、夏目くんは行くの?」
「ああ」
「……わかった。気をつけて、怪我しないでね。約束」

これ以上引き留めてはいけない気がして目的の場所へ行くよう促すと、夏目くんはふわりと笑った。

「ありがとう。……守るよ、必ず」

困った顔や焦った顔は見たことあるし、西村くんたちと騒いでいる時の笑顔も知ってる。
だけど今、網膜に焼き付いた柔らかい笑みは初めて見た。

どくん、と身体が叫んだ気がした。



言われた通り大人しく家に帰ったけれど、夏目くんと仔猫のことが気になって仕方ない。
いつもならば熟睡している時間でも、何度も寝返りをうつばかりだ。
うとうとしている時間が長い間続き、ふと気づいたらアラームが鳴る5分前だった。

寝不足でぼんやりする頭もなんのその、私は無理に朝食をかきこんで学校へ向かった。
道中で念のため仔猫を探してみたけれどおらず、気を落としながら教室に入る。


「おはよう」
「っ!お、おはよう!」
夏目くんが気まずそうに頬をかきながら近寄ってくる。
「仔猫どうなったの!?」
身を乗り出して聞くと、夏目くんはたじろいで一歩さがる。
「一応、大丈夫だ」
「……そっか。あの、夏目くんに聞きたいことがあって」
昨日の夜、眠れない頭で考えていたこと。
もしかして、夏目くんは……。

「放課後」
「え?」
「放課後、会って欲しいやつがいるんだ」
「あ、うん」

仔猫のことだろう。
頷くと、話は終ったと言わんばかりに夏目くんは自分の席に戻った。

放課後、校門で夏目くんと落ち合う。
「行こう」
連れてこられたのは、近くの山の麓。
少し分け入った場所に小さいけれど開けた場所があって、そこには会いたくてしかたのなかった仔猫が居た。



「っ……!!」
駆け寄って抱き締める。
ふにゃあ、と鳴く声はなんだか懐かしくて、涙がにじんでくる。
「大丈夫だったの?怪我はしてないの?」
何度も頭や背中を撫でる。仔猫にペロペロと頬を舐められるのがくすぐったくて笑う。
「よかった、元気そうで……」

くるりと夏目くんを振り返ってお礼を言う。
「ありがとう、夏目くん」
「いや……」
「この子を助けてくれて。……約束も守ってくれて」
それで、と私は先を続ける。

「夏目くん、聞いてもいい?夏目くんが嫌がるかもしれないこと」
「え……」
「夏目くんは幽霊みたいな……大多数の人が見えない何かが見られるの?」
「っ、」

あぁ、これはきっと正解なんだ。
それならば、

「この子も、触れるけど、生きてはいない存在なの?」

きっとそうなんだろう。
見えない何かがこの仔猫を傷つけて、夏目くんはそれを助けようとしてくれたんだと思う。
「……ごめんね。でも、夏目くんが見える人でいてくれてよかった。私が知らないところでこの子が苦しんでたらきっとすごく心配したと思う。夏目くんが助けてくれるって約束してくれたから、心配はもちろんしたけど、今こうして抱き締められていられるんだもん」

だから、私が夏目くんに言いたいことは。
「ありがとう、夏目くん。守ってくれて」
夏目くんがどんな噂をされていても、夏目くんが私と仔猫を守ってくれたのは本当だから、感謝しこそすれ気味悪がる気持ちなんかこれっぽっちもないんだ。


私の言いたいことがきちんと通じたのかはわからないけれど、夏目くんは唇の端をすこしあげて、目を細めて私を見た。

「だから、今度は私も夏目くんを守らせて」
「え?それは、どういう、」
とたんに困り顔になった夏目くんが真意を問うてくる。

「例えば夏目くんが幽霊っぽいのと関わって愚痴を言いたい時とか、逆に嬉しいことがあって誰かに言いたくてしょうがなくなった時には私に話してほしい。あ、それに何か私が手伝えることだったらなんでも手伝うし」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「だって、どうしても恩返ししたいの。幽霊っぽいのと関係なくても、何かしらで人手が足りない時は呼んでくれれば行くよ」
「恩返しだなんて、大げさだ。ただ見つけた仔猫が日高が世話していたやつだっただけで、妖とのいざこざに巻き込む気はないんだ」
「アヤカシ?……って、妖怪のことだよね?幽霊じゃないのね」

口を滑らせたことに眉をしかめた夏目くんに畳み掛けるように質問を重ねる。
「妖怪って危ないの?」
「危なくない奴もいるけれど、でも、」
「なんだ、じゃあ危なくない妖怪の時にお手伝いさせて。探し物とかあったら」
「うぅ……」
「ね、お願い」
仔猫を抱いていない手で夏目くんの手をぎゅっと握る。
絶対に負けないぞという強すぎる瞳で見つめれば、夏目くんは少し顔を赤らめてふいと視線を泳がした。


「……だめだ」
「良いって言ってくれるまで離さない!」
「なっ……意外に横暴だな」
「危なくない時だけだから!……ね?」
「……俺を見かけても、誰かと話しているようだったら近づいてこないこと」
「え?」
「危ないと言ったら、すぐに逃げて家に帰ること」
「あ……は、はいっ!」
ようやく夏目くんが妥協案を出してくれていることに気付き、素直に返事をする。

「俺のせいで日高に何かあったら、本当に後悔する。その仔猫と約束したんだ。#NAME1##を守るって。だから、その約束を破らせないでくれ」
真摯なその言葉に、胸がぎゅっと詰まった。
とんでもない台詞を言われたんじゃないだろうか。
こんな格好いい夏目くんが私を守ってくれる、だなんて。

そうだろ?と仔猫に聞くようにして仔猫の頭を撫でた夏目くんが、私の顔が真っ赤であることに気付いて体調を心配してくれるのは、3分後のことだった。


>>>
恋愛要素少なくなってしまいました……。
押せ押せな主人公ちゃんでお送りしましたが、いかがでしたでしょうか?
夏目くんをリクエストしていただいて嬉しかったです。

少しでも気に入るシーンがあれば嬉しいです。
高町さやか様、リクエストありがとうございました!!
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