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□夏目
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とびきり楽しいこともない、モノクロの毎日。
雨の日、道端で見つけた濡れそぼった仔猫が私を見て、か細い掠れた鳴き声で助けを求めてきた。
でもうちはペット厳禁だ。
昔、お母さんが犬に噛まれたとかで、動物が大嫌いなのだ。

せめて今日だけでも生きられるようにと、厚手のハンカチで身体を包み、コンビニまで走って買ってきた仔猫用のエサと、ビニール傘をそこに置いて帰った。
大丈夫かなぁ、なんて思って夜眠れなかったけれど、次の日はからっと晴れて暖かかったからかその仔猫は次の日も同じ段ボールの中に居た。

「おはよう」
声を掛けると昨日よりは元気な声で、ふにゃあと鳴いた。
「ふふ、私のこと覚えててくれてるんだ。はい、ご飯」
朝御飯に出た鮭を、お母さんの目を盗んで半分ほどタッパーに入れてたものを仔猫に差し出す。
「可愛いね、お前は」
ガツガツと鮭を食べる仔猫は目の前の食糧に夢中で、私が撫でても嫌がる素振りは見せなかった。


「今日は私が持ってきてあげたけど、毎日持ってこられるわけじゃないから、元気になったらちゃんと狩りにいくんだよ?」
わかった?と聞いても、鮭にご満悦の仔猫はごちそうさまと言わんばかりにペロリと口周りを舐めただけだった。

それから何日も、私は道端の仔猫にエサをやり続けた。
たまにどこかに出掛けていて居ないことがあったけれど、収穫がなかった時のことを考えて段ボールの隅っこにエサを置いておくと、次の日には綺麗に平らげられた空っぽのタッパーと、順調に太っていく仔猫が見られた。



「本当に頭いいねえ、お前」
マーキングするかのように私の足に体重をかけてくる仔猫は、どうやら人間のいうことが少しわかるようだった。
一度学校に付いてこようとしたので、学校だからダメだよ、また帰りねとなだめると大人しく立ち止まってしっぽを振って見送ってくれた。
そしてその日、その仔猫は学校の校門まで私を迎えに来て、家まで送ってくれた。
その日から私は仔猫に送迎されるようになったのだ。


「可愛いなぁ」
飼いたいけどお母さんは強敵だ。
いつまでもこんなことをしていたら、この仔猫は私が居なくなったら死んじゃうんじゃないだろうか。
良くないとはわかりつつ、仔猫の成長を見守って1ヵ月ほど経った日のことだった。



「あれ、珍しい」
朝の7時半きっちりに私を迎えに来るはずの仔猫の姿がない。
「寝坊かな?あったかくなってきたしね」
10分ほど待ったけれど結局仔猫は来なかった。
遅刻してしまうから先に行ったたのだけれど、嫌な予感がした。

そして放課後、その予感は的中することになる。
「………やっぱり、居ない」
校門に仔猫は居らず、私は1時間ほど校門前の花壇に腰かけて仔猫を待った。

空がだんだんと暮れていく。
そろそろ探しに行こうと立ち上がり、通学路を歩きながらくまなく見渡したけれど、気配もない。

「おーい、どこ行ったのー?」
1ヵ月も一緒に居て、そう言えば仔猫の名前を決めていなかったことに気づく。
いやきっと名前なんてつけたら愛着がわくからと無意識にも避けていたんだろう。
こんなことになるなら名前をつけていればよかったと後悔しつつも、私は探す声を止めなかった。


「ご飯あるから出て……きゃぁ!?」
「うわっ!」
突如として横から現れた人影に驚いて飛び退く。
「ぁ、夏目くん……」

姿を現したのは、同じクラスの夏目くんだった。
物静かで端正な顔立ちのせいか、女子からの人気は上々だ。
人見知りをするタイプらしくあまり会話の輪に入っているのを見たことはないけれど、西本くんとかと一緒に帰っているので人嫌いというわけでもなさそうな感じだ。

謎に包まれた少年といえば聞こえはいいだろう。
しかし、その少年は今、顔に泥をつけて制服もよれよれという不可解な格好をしていた。



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