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□那月
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ふぇぇぇん。
夏の夜の星空の下、キラキラと目を輝かせていたはずの私は、悲しくて悲しくて声を上げて泣いている。
『春ちゃん、どうしたの?』
泣きじゃくる私に、なっちゃんはおろおろと困り顔だ。
『おねがいできないよぉ……ながれぼしにおねがいしたいのに、すぐきえちゃうのっ』
流れ星が流れている間に3回願い事を唱えられたら、その願い事が叶うと母親から聞いたのはその日のことだった。
爛々と目を輝かせて夜を待った私となっちゃんだったけれど、いざやってみると流れ星の速さについていけなかった。
『いっかいしか、いえないよぅ……。わたしのおねがい、かなわないよぅ』
やだやだと子供特有のわがままで泣き喚く私の手を、なっちゃんはぎゅっと握ってくれた。

『じゃあ、きょうからぼくが春ちゃんのおほしさまになります。春ちゃんのおねがい、ぜぇんぶかなえてあげます!』

微かに家から漏れる明かりを反射させた瞳は、大星雲を閉じ込めたかのように渦をまいて眩しいほど光り輝いていた。

『ほんとう?』
『ほんとうです。ぼくのかみのけ、おほしさまみたいにきらきらでしょう?だから、おほしさまになって春ちゃんのことしあわせにしてあげます』
なっちゃんの言う通り、色素の薄い髪も明かりに透かされて光っているように見えた。

『じゃあ、ずっとわたしのおほしさまでいてね。ずっといっしょにいて、わたしのおねがいかなえてね?』
約束よ、と絡めた小指を何度か振って、そっと離れた。




ピチチチ
爽やかな鳥のさえずりが、私を夢の淵から引き戻す。
「んー……」
北海道の夏の朝は涼しい。
ぼんやりと夢心地の私は、しっかりとその夢を反芻していた。
反芻する必要もなく、その夢は過去にあった事実なのだが。

「幼稚園の時の、夢……かぁ」
幼いなっちゃんの姿はひどく懐かしいものだった。
いつも私に美しいヴィオラの音を聞かせてくれたり、星座にまつわる話もよく星を見ながらしてくれた私の大好きな人は、1年前に故郷から旅立った。
ヴィオラ演奏者になるのかと思っていたなっちゃんは、いつのまにかアイドルになることを夢見ていたようで、都心にある早乙女学園というアイドル養成学校への合格を果たした。
歌も特別上手だったなっちゃんにはアイドルという道が合っているように思えたのは事実だ。
それでもぽっかりと空いた私の隣の空間はひどく寂しいものだった。

全寮制の学校に入ったなっちゃんは、大型の連休にならないとこちらへ戻ってこない。
戻ってくる時はいつも連絡をくれるし、一番に会いに来てくれる。
特別なことがなくてもことあるごとに近況を知らせてくれるなっちゃんのメールは、嬉しいけれど少し空しく感じる。


『離れていても、僕は春ちゃんのお星様ですよ』
1年前に空港でぎゅっと抱きしめられながら囁かれたその言葉を心の支えにして生きてきた。
いつまでもなっちゃんのキラキラ光り輝く笑顔が胸にある。

「……なんでこんな夢、」

なっちゃんの夢を見るのは久しぶりだった。
夢の中で会えるのは嬉しいけれど、起きた時に容赦なく突きつけられる絶対的な距離を痛感させられるのは嫌いだ。

「あぁ、そっか……昨日の」
昨日の夜、なっちゃんは音楽番組に出演していた。
グループでデビューすることになったなっちゃんは、他のメンバーと楽しく踊りながら歌っていた。
メンバーの出身の話になり、北海道出身だと話したなっちゃんは「時間があれば帰ってのんびりしたいです」と笑った。


お星様みたいな、キラキラの笑顔で。



「私だけのお星様なのに」
都内にいるなっちゃんに悪態をつく。
「ずっと一緒に居るって言ったくせに」
私のお願いを叶えてくれないじゃない。
「約束したのに」
私を幸せにするって、指きりしたでしょう?



「なっちゃんなんか………」
嫌い、と嘘でも口に出来ない。
嫌いなのは自分だ。大好きな人が夢を叶えて頑張っているのに、それを応援もしないで幼い約束で縛り上げようとする自分に嫌気がさす。

「……嫌いになっちゃいましたか?」
「ふぇっ?」
突如聞こえた、ここに居るはずのない声の持ち主を探そうとベッドから跳ね上がる。
「なっちゃん!」
「おはよう」
「お、おはよ」
パジャマ姿を見られたくなくて掛け布団を引っ張って隠す。

「って、どうしてここに」
だって昨日の番組って生放送だったよね!?夜までやってたのに、何でここに?
「昨日の生番組で故郷の話をしたらどうしても春ちゃんに会いたくなって、帰ってきちゃいました」
収録が終わってから、キャンセル待ちでどうにか乗れた飛行機で朝一番に帰ってきたのだと言う。

「ねぇ春ちゃん。ぎゅうってしても良い?」
甘く低い声で囁かれれば、嫌だなんて言えるわけがない。
固まる私にふっと吐息だけで笑ったなっちゃんが、太い腕で優しく私を包んだ。


「約束、破っちゃってごめんなさい」
私の悪態を聞いていたのだろう、なっちゃんは悲しそうに私に謝ってくる。
「身体は離れていても、心はずっと一緒だと思ってます。……それでも、やっぱりこうして抱きしめて春ちゃんを感じられることができないのは、少し寂しいです」
春ちゃんにも寂しい思いをさせて、ごめんね。
抱きしめる力を強めたなっちゃんの声音に、胸が苦しくなる。

「約束を守れなかった僕は、もう春ちゃんのお星様ではいられませんか?春ちゃんを幸せにはできませんか?」
諦めたような言葉に私はなっちゃんを見つめながら頭を振った。
「ちが、ちがうっ!ずっと、お星様でいてほしい……」
夢のなかで泣いていた幼い自分につられて涙がじわりとにじむ。

「………なっちゃんは、今まで私のお願いをたくさん叶えてくれたよね」
あの夜の指きりから、なっちゃんはどんな些細なお願い事や難しいお願い事だって私のために叶えてくれた。
私はとっても幸せだった。でもそれは、なっちゃんがその時々の私のお願いを叶えてくれていたからじゃない。

「ねぇ覚えてる?なっちゃんが私のお星様になってくれるって言った日のこと」
「もちろんです。春ちゃんとした大事な最初の約束ですから」
「あの日、私がずっと泣いてたことも?」
「はい。春ちゃんは、『お願い事が言えないよ』、『私のお願い事が叶わないよ』って泣いちゃいましたね」
「それでなっちゃんが言ってくれたんだよね、『僕が春ちゃんのお星様になります』って」
「うん。だって、春ちゃんにはずっと笑っていてほしいから。春ちゃんが悲しい顔をしてると、僕まで悲しくなっちゃうんです」
眉を下げたなっちゃんの髪をそっと梳く。大丈夫だよって伝えるために。

「私があの日お願いしたかったこと、なっちゃんは聞いてこないね」
「春ちゃんが教えてくれるまでは聞きません」
「どうして?聞きたくない?」
「ううん。どんなお願い事だったのかなぁってよく考えちゃいますよ。でも、無理に聞きだすつもりはありません」
だってね、となっちゃんは私の頬を親指で小さくなぞる。
「僕は春ちゃんの願うこと全部叶えてあげるつもりだから」
いつお願いされても、それがどんなに困難なことでも、僕はそれを叶えます。
春ちゃんが昔から叶えたかった大切な大切な願い事を、僕が叶えないわけないじゃないですか。
「僕は春ちゃんだけのお星様なんですよ」

私のたくさんのお願い事を待って、私を幸せにしてくれる大きな星。
「春ちゃんの掌で掬ってもらえる……叶えられるのを待っている流れ星なんです」

春ちゃんの願いを両腕いっぱいに抱えている僕をすくって。




「……私があの時からずーっと叶えてほしかったお願い事、言っても良い?」
「はい。僕がずーっと聞きたかった春ちゃんの一番初めの一番大切なお願い事、教えてください」
あの夜とは違う、太陽で輝く金色の髪。煌く星の欠片を集めた瞳。
星に願った、私の心からのお願い事を、あなたは叶えたいと思って叶えてくれるのかな。



「なっちゃんと、ずっと一緒に居たいの。なっちゃんの、お嫁さんにして」
小さな少女が泣いて求めたたった一つの願いの欠片を、今も後生大事に胸にしまっている。
「『私のため』に叶えてくれるんじゃ、嫌なの。なっちゃんが私を女のことしてに好きじゃないなら、私がどんなに泣いて悲しがっても、絶対叶えないで」

このお願いを叶えてくれるというのならば、私はいつまでもここで待てる。
あなたが私の掌にそっと流れてくるまで、ずっと掌を空に伸ばして待っているから。
だから、お願いよ。

「春ちゃん」


「大好きです。小さな頃から、春ちゃんだけが僕の大切な大切なお姫様なんです」

ピカピカ眩しい私だけのお星様。
夜空の水面から、あなたを掬い出してキスをさせてね。


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すっごいメルヘンな内容になってしまいました……!
最初は、天体を撮るのが好きなカメラ少女にしようと思っていたのですが、気づいたらこんなドリーミングな内容になっていました。
素敵なタイトルをいただけて、書き始めたら迷いなく一気に書き上げることができました!
こういうメルヘンチックなお話が実は好きだったりします(コソッ)

女の子が主人公だと、御伽噺みたいな夢の溢れるお話が違和感なく書けるので良いですね〜。
メルヘンすぎて彩矢様に気に入っていただけるかがとても心配ですが、楽しく書けました!
彩矢様、10万打企画の参加と素敵なタイトルをありがとうございました!
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