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□労働
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・三兄弟と血がつながってます。弟のヴォルフとは父も一緒です。
・陛下がさんざん嫌われていますが、最後の方には恋愛要素があるはず……たぶん。



私は、みんなに愛されているあの人が嫌い。
誰からも称賛の眼差しを浴びて、誰にでも公平に、身分なんか関係なく接して笑いかける。
私はそんな『カンペキ』な魔王陛下が大嫌いなのだ。
誰からも愛され尊敬され、欠点なんて何一つもない、文字どおり完璧な人物なんてこの世に居るはずがない。
正しく怒って誰かのために泣いて。魔王陛下にかかれば泣いている赤ん坊も笑い出し、極悪非道な大罪人も聖教者のようになってしまう。
私はそんな人種が恐ろしくてたまらないのだ。
にこにこと無害の笑みに隠された本心が、その笑顔のように純真であるはずがない。


だから私は、現魔王陛下・シブヤユーリのことが大嫌いだ。
そしてそう公言する、たった一人の存在でもある。




「あ、おはよう、ハル!何してるんだ?」
彼は私が彼を大嫌いだと知っている。なのに、彼はそんなことを気に掛けもしないで、他の人にするのと同じように私に話しかける。
「別に、大層なことは何も」
「あ、ハーブ摘み?」
私の棘のある言葉にも反応せず、楽しそうな笑顔だ。
「ええ、まあ」
早くどこかに行ってほしい。そうしないと、また誰かがやってきてー……。

「陛下!おはようございます。昨夜はよく眠られましたか?」
「あ、ギーゼラ、おはよう!うん、ギーゼラがくれた匂い袋を枕の近くに置いたら、すとんって感じで眠っちゃったよ」
「リラックス作用のある薬草をいれましたからね。また何かありましたら、遠慮なくおっしゃって下さいね」
「ありがとう、またお願いするよ」

ああ、居心地が悪い。
だいたい必要量は取り終わったし、気付かれないうちに退散しよう。
そっと遠くへ移動すると、陛下が私の名前を呼んだ。
「ハル、もう行っちゃうのか?」
「あらハルさま。いらっしゃったんですか?」
「ええ。おはよう、ギーゼラ」
ギーゼラに挨拶をして、失礼しますとその場を去った。


ああもう、何なの!ギーゼラとずっと喋っていればいいじゃない。
せっかく爽やかなハーブティーで心地よい朝をスタートさせようと思ったのに、台無し。
自室に戻る途中、コンラート兄上に会った。
「おはよう、ハル。どうしたんだ?グウェンみたいだぞ」
「皺でもよってるって言いたいんですか?」
その一言でさらに皺が寄ったことに兄上は小さく笑った。

「また陛下絡みかい?」
「べつに……」
兄上が敬愛する陛下を嫌いだというのは、妹としていけないことだとわかっているため、言葉尻が濁る。
貴族が陛下を嫌いだと公言することが、不敬の罪で問われないことが奇跡だ。
それに不満を持つ家臣を、陛下がいなしていることも知っている。
それも気に食わないのだ。こんな不穏分子はさっさと処罰すべき頭痛の種であるのに、彼は仕方ないと私をとがめない。
自分が嫌われている人間にやさしくする心理が理解できないと言ってもいい。

「そう嫌わないでやってくれないか……っていっても、無理なものは無理か」
「兄上の大事なお方だということは重々承知しています。ですが私はまだまだ子供ですから、その気持ちを隠すことができないのです。だから私は彼にも周りにも、もちろん私自身にも嫌な思いを感じさせないように会わないようにしているのに……」
「ああ、陛下は逆にその理由を知りたがって近づくお人だからな」
「兄上からもおっしゃってくれませんか?城の平和のために私を気に掛けることはやめるようにと」
「はは、言って聞く人ならもう言ってるさ」
「そういうところが、甘いんです」
この国の人々はことごとく、彼に甘い。あのグウェンダル兄上だって他の人間より少しだけ甘いのだ。
アニシナだってなんだかんだ言って認めているし、ああもう、私の敵だらけだわこの城は!


「まあそう言わずに。ハーブティーを飲むのか?俺も一緒にいいかな」
「ええ、どうぞ。今摘んできたばかりですから」
ストレスはハーブティーを飲んですっきり忘れるに限る。それに朝食の後はまた執務がある。こんなところで時間をつぶすわけにもいかない。
そうして兄上が淹れてくださったハーブティーで一服した私は、朝食をとって執務をこなした。


細かい文字をずっと追っていて疲れた目とぼんやりした頭を抱えて、厨房まで軽食の支度を頼みに行った。
今日のノルマはあと4分の1ほどだ。時間を忘れて執務に没頭していたから、空腹も忘れていた。
作ってもらった軽食を受け取って、自室まで運ぶ。
陛下の執務室から一番遠い道をわざわざ通ったというのに、運悪く捕まってしまった。

「おーい、ハル!今からお昼?」
「……ええ」
「忙しそうだなー。なんか目がうるうるしてるけど、疲れてる?」
「あなたが抜け出してばかりいて捗らない仕事を片付けていたので」
「あー……ゴメンナサイ」
大体そんなんで魔王という自覚があるのかと小一時間ほど説教したかったけれど、一時間も一緒に居たくなかったので、口をつぐんだ。
「それ、重そうだね。持とうか?」
無条件の優しさに、眉がピクリと動いた。
私なんかに優しくしないで、他の子にすればいいのに。
「いえ、結構です」
「持つって」
「結構です!強引な人は嫌いです!」
ついイラついて大きな声で拒絶する。
「あ、そっかごめん、」
「はぁ……私はこれで失礼します」
ため息をついて、ぽつんとたたずむ陛下を残して自室に戻った。




そんな日々が続いて、私のイライラゲージは満タンになりつつあった。
嫌われている人間を構うなんて、相当毎日を持て余しているか、嫌がらせに違いない!

廊下を歩いていると、グウェンダル兄上と会った。
「どうした。いつになく機嫌が悪いな」
「まあ、そうですね。最悪の気分です」
「今にも人を殺しそうな目つきをしているぞ」
「……ああ、その手がありましたか。アニシナに頼んで、病死に見せかけた殺人もありですね。毎日食事に少量の毒を盛るとか……」
ちょうどこの突き当りはアニシナの部屋だ。我慢ならなくなった時に使えるものとして携帯しておくのもいいかもしれない。今から訪ねて調合してもらおうか。
「人聞きの悪いことを言うな。あいつに入れ知恵をするとろくなことにならん」
また心労が増える、と私より相当年季の入った皺を寄せて、兄上はため息を吐いた。

「はい、最終手段として取っておきますね」
「コンラートに似てきたな……」
にこりと人の悪い笑顔を浮かべた私に、また兄上は重いため息を吐く。

兄上と別れ、エーフェたちのところにいってお茶菓子を貰おうと思い立った。
彼女の作るお菓子は程よく甘くて温かくて、ささくれ立った心が癒される気がするから大好きだった。
私がいつもそうやってほめるものだから、彼女も張り切って作ってくれるようになった。
今日のお菓子は何だろう。昨日はバナナパウンドケーキだった。今日は私の大好物のクッキーだと嬉しい。


「こんにちは、エーフェ。今日もお菓子をいただきに来ちゃった」
「ハルさま!お待ちしていたんですよ!今日は腕によりをかけて作ったんですから」
「あら本当?すっごく楽しみ!今日は何?」
「今日は陛下のお国のお菓子で、「ワラービモチ」というものです!」
「……そうなの」
陛下。へーかヘーカ。この城の者は本当に彼が好きらしい。

「あ、すみません……」
私が彼を嫌っていると知っているエーフェは、私の顔色を窺うように謝った。
「いいのよ。いただくわ。せっかくあなたが作ってくれたんだもの」
パッと明るい顔になって、おやつにしてはちょっと多い量のそれをお皿に盛ってくれた。
紅茶を頼んだけれど、このお菓子には陛下の国のお茶が合うのだと、緑色の不思議なお茶もつけられた。


憂鬱な気分で歩いていると、前方が騒がしい。

「何だこれは!ぷにぷにして周りには砂みたいなものがかかっていて、よくわからないソースがかかっているぞ!」
「だーから、砂じゃなくてきな粉!上に掛かってるのは黒蜜だってば!」
「わあーっ!すっごくおいしいよ、ユーリ!ぷるぷるしてるのに、口に入れるとすぐ溶けちゃう!」
「ほんとに?……っわ、ほんとだ!エーフェにお礼言わなくちゃな!」
「上品な味ですねぇ、さすが陛下のお国のお菓子です!」
「エーフェは和菓子の才能もあるんですね」

そこにはグウェンダル兄上を除いたいつものメンバーが。
……うーん。私はなぜこんなに運が悪いんだろう?
嫌だ嫌だと思うと逆に引き寄せてしまう体質とか?じゃあ好きに……とは天地がひっくり返ってもならないし。
とりあえず見つかる前に退散しようと、回れ右をして音をたてないようにじりじりと離れようとした。

離れようとした、のよ。
まあ、それは自称野球少年に呼び止められたから叶わなかったけれど。


「あ、ハルー!今ちょうどみんなでおやつ食べてるんだけど、ハルも一緒に食べようよ!」
ぎこちなく彼らの方に向くと、みんな幸せそうに微笑んでいて。
この空間は私にはとても似合わないと思った。

「ハルも「ワラービモチ」持ってるの?ねえ、グレタの隣においでよ!」
「わ、わたしは、遠慮しま……」
グレタの無垢な笑顔に腰が引ける。
「グレタの隣は嫌かなぁ……」
悲しそうに伏せられた瞳のせいで、非難の視線が一斉に私を攻撃してくる。
まあ、陛下の隣ではないからいいか。私だってグレタは可愛がっているし、こんな視線を浴びて立ち去る勇気もない。

「そ、それじゃあ、少しだけ、なら」
「わーい!ほらほら早く!これすっごく美味しいんだよ!」
「ええ、ちゃんといただくから」
山盛りの自分の皿から一つだけ口に入れると、出会ったことのない味に眉が寄る。

「美味しいでしょ?」
グレタのキラキラした瞳に負けて、ぎこちなく頷いた。
そうして10分ほどその輪の中に居た。
途中、グレタの「食べないの?」という一言でもうひとつだけ食べた。
まあ、不味くはないけどね。不思議な食感。

楽しそうに話すグレタと、いつもより顔が緩んでいるヴォルフラムと、グレタの話をオーバーリアクションで返す陛下。
その陛下を見つめて一人で妄想しているギュンターと、みんなを見守って微笑むコンラート兄上。
傍から見れば、この空間は幸せの蜜で溢れかえっているようにみえるだろう。
私は表面では笑顔でグレタの話を聞いているが、気分は重い。

”異質”な私はこの幸福の空間には釣り合わなくて、彼の大きな声が耳につく。
彼のひんぱんな相槌が私の機嫌を急激に下げていく。
みんなが、心から嬉しそうに笑っている。
私は、自分を偽って笑っている。



あ、もう笑えない。

そう思ったときに、ちょうどグレタの話が終わった。
これ以上ここに居たくない。そう思った私は、話し始めようとした陛下を遮って、暇を告げた。
「ごめんなさい、まだ仕事が残っていますので、これで」
え、と目を丸くした双黒にまた機嫌が急降下。あなたのせいなのよ。
「えー!もう行っちゃうの?次はユーリのお話だよ?楽しいのに!」
「ごめんなさいね。大事な仕事なの」
グレタの頭を撫でて、立ち上がった。


あれ、何でだろう。

涙?

じわりとにじみ出た涙が雫になって落ちたのは、私がみんなに背を向けた時だった。
グレタの「またね!」という声が聞こえなかったふりをして、忙しそうに廊下を歩いた。




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