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□労働
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「お前は……、お前が俺を嫌ってて干渉されたくないって思ってても、目の前で泣いてる奴が居るのに無視できない」


思考が止まる。
よくわからないキーワードが出てきた気がするけど、佐藤さんが何を言ってるのかわからない。

「な、に言って」
「わかってる。お前が俺のこと嫌いで、お前が俺と二人で居たくないことも、お前の大好きな八千代との邪魔されたくないことも」
「っ………」

全然意味が理解できなくて、わたしは何も言えない。
佐藤さんはそれを肯定と受け取ったのか、舌打ちをしてタバコに火をつけた。

「こうやって俺と同じ空間に居るのが本当は嫌だろうが、俺はお前と少しでも長く居たいから」
「ど、して……」
「お前が好きだからに決まってんだろ」

どうして?どうして?
わからないよ。だって、だって……

「佐藤さんが好きなのは八千代さんで、わたし、諦めるって決めたのに、もう二人の邪魔しないって、わたし、わたし……」
「はっ?やち、って、諦める?二人の邪魔って、なんだそれ」


ぼろぼろとこぼれた涙と言葉は佐藤さんをも混乱させたらしい。
「わたしすっごく嫌な子で、だから佐藤さんのこと諦めるのっ!」
「待て、ぜんっぜんわからん」


ふ、とタバコの匂いが濃くなったと思ったら、すぐ近くに佐藤さんの身体。
「日高、俺のこと嫌いじゃないのか?」

真剣な顔でわたしの顔をのぞき込んでくる。
「嫌いじゃない!嫌いなわけ、ない……佐藤さんのことが大好きで大好きで、でも佐藤さんは八千代さんのことが好きって知ってました。それで、八千代さんと佐藤さんが二人で居るのを見るのが辛くて……だから、佐藤さんが八千代さんと二人きりになりそうになったら邪魔したんですっ」
「………」
「こんな性格の悪いわたしなんか、いい人の八千代さんに全然かなわないってわかってます!」

それでもわたしは、佐藤さんが大好きだから。
「諦めるのは難しいかもしれないけど、でもちゃんと二人のこと応援しますから、それまで……佐藤さんのこと好きでいてもいいですか……?」

佐藤さんはわたしのこと好きっていってくれた。
八千代さんへの想いほどではないにせよ、バイト仲間としてならわたしは嫌われてないんだから、大丈夫だよね?
諦めるって言ったから、気まずくならないよね?


緩みきった涙腺は、止まることを知らずに涙を溢れさせる。
視界がぼやけてもう何も見えない。
「ったく……お前、人の話を聞け」
「え……」

自分でも混乱してるのに、佐藤さんは更に混乱させるようなことをしてきた。
「な、なん……なんで、」
何でわたしは佐藤さんに抱きしめられてるの?

「俺はお前が好きって言っただろ。なのに、何で八千代とのことを応援するだの、諦めるだの言ってんだ」
「だっ、て……佐藤さんは、わたしじゃなくて、八千代さ、」
「だから!八千代じゃなくて、お前のことが好きだ。応援されても困る」

「う、うそだ」
「嘘つく必要なんかないだろ」
「じゃあどうして、いつも八千代さんのことばっかり気にするんですか!ケータイ買いに行ったりとか、アイスの買い出しとか、さとーさん、いつも八千代さんばっかり……!」

もがいて佐藤さんの腕から逃れようとしても、更に強い力で拘束されただけたった。

「お前が好きだから。お前は八千代にくっついてばっかで俺を見ようともしないから、なら八千代とお前の時間を少なくすれば、って」
だから、八千代を誘った。

佐藤さんの冷静(に聞こえる)声は、とんでもない事で。
「それって……」
「笑いたかったら笑え」
「笑うわけないです。だって、それってわたしと同じことしてたってこと、でしょ?」

わたしと同じように八千代さんに嫉妬してくれたってことだよね?
「お前のが粘り強くて結局俺はお前らの仲を裂けなかったけどな」
ぽん、と頭に佐藤さんの大きな手が触れて、かあっと顔が赤くなるのがわかる。

「いつもこうされてるだろ」
「え?」
「八千代に」
「はい。お礼言われた時とかだけ」
「……羨ましかった。お前に触れるのが」

耳元で囁かれるように甘い声がして、わたしはクラクラしてしまう。
「もう、八千代に必要以上に懐くなよ」
「え?どうし……」
「俺に懐け。俺も、八千代じゃなくてお前に話し掛けるから」

ぼそりと恥ずかしそうに顔を背ける佐藤さんに、真っ赤な顔のままわたしは笑顔で、うなづいた。


想いが通じ合って、車内の雰囲気が変わった。
自宅の場所を教えて送ってもらう間に、わたしは現状把握のために脳みそをフル稼働させていて、ろくに話もできなかった。


「……着いたぞ。ここか?」
「あ、はい!ありがとうございます!」
わたしがシートベルトを外してドアを開けると、がしりと腕を掴まれた。


「さ、とーさん?」
さっきみたいに顔が近づいてきて、わたしはとっさに目をつむった。

むに、と柔らかい感触。

「な、ななななな」
「とりあえず、今まで嫉妬させられた分と我慢させられた分、返してもらう」
つまり、それをキスで返せってこと!?

「ま、今のは様子見だから。覚悟しとけよ」
タバコに火を点けた佐藤さんをまじまじと見つめてしまう。



そうして、いつまでも降りないわたしに佐藤さんは、
「帰らないんなら、俺んちでさっきの続きしてもいいけど」
「おおおやすみなさい!」

走って玄関のドアを開けるわたしを、目を細めて見ていたことに気付かなかった。




(やっと、スタートだな)
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