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□労働
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わたしは、佐藤さんが好き。
佐藤さんが八千代さんを好きなことを知っている。でも、それでも、好き。

健気にも八千代さんを想う佐藤さんを、健気にも想うわたし。
八千代さんはそのどちらの想いも知らない。

このどうにも打破できない状況に甘んじているわけにもいかず、それでも振られるのが怖いから告白なんてできない。


そんな複雑な乙女心から、わたしはよくわからない行動に出ている。


「八千代さん、店長がパフェ食べたいって」
「わかったわ、ありがとう春ちゃん」
なでなでされて、わたしはちょっとほっこりする。
わたしは決して八千代さんが嫌いなわけじゃない。むしろ、お姉さんとして慕っているのだ。
だから八千代さんに敵意を向けることもできずに、どうすればいいかわからずにいたんだけれど。

「おい、八千代。お前がそうやってパフェ作ってばっかだから、アイスと生クリームがもうすぐ切れる」
「本当に?じゃあ買ってくるわ」
「重いだろ。俺も……」
「あ、わたしも買い出し手伝いますよ!二人居れば手分けして持てるし」
「あら、ありがとう春ちゃん」
「いえいえ。それで、どの位買ってくればいいんですか?佐藤さん」
「とりあえず、今週の分だけだから、アイス4箱、生クリーム6つくらいだ」
「はーい。休憩中に行ってきますね!」

そう、わたしができることは、こうやって二人の時間をなくしてしまうこと。
必然的にわたしと佐藤さんが話す時間も減ってしまうけれど、佐藤さんと八千代さんが話してる姿を見つめるよりはマシだ。

八千代さんが携帯を買いに行こうとした時も、佐藤さんが
「連れていってやるよ」
と言おうとしてるのに気づいて、
「八千代さん!わたしも携帯買い換えたいなって思ってたんです!一緒に見に行きましょうよ」
と先手を打って、二人でショップに行った。
本当に携帯を新調しようと思ってたから、嘘はついてない。

「いつも春ちゃんにばっかり頼って、ごめんなさいね」
「そんなことないですよ!」

照れ笑いを浮かべて、なんの気なしに佐藤さんを見たら、ふいっと顔を逸らされた。
あ、れ?もしかして、「八千代との二人っきりの時間を邪魔しやがって」って怒ってちゃったのかな?

………でも、それでも。
わたしが出来ることは、これだけなんだ。
いくら惨めでも、わたしにはこの方法しか思い浮かばない。



それから、わたしは八千代さんと佐藤さんの邪魔をしつづけた。
さすがに店長のノロケは3回目くらいでギブアップして佐藤さんに押しつけた。
あの時間を耐えきるなんて、佐藤さんは本当に、すっごく八千代さんが好きなんだろうな。









そしてある日。
いつものようバイトに励んでいると。
「えぇっ!?八千代さんがインフルエンザ?」
「あぁ。とりあえず舎弟に看病させてるから心配ない。今日は忙しくなるから、真面目に働けよ」
「はい!」
「相馬に言えよ」
「何言ってるの佐藤くん。働いてるじゃない」

「大丈夫かな、八千代さん……」
「心配だよねぇ」
佐藤さんも辛いだろうな。好きな人が寝込んでるなんて、すぐに駆け付けたいだろうに。

「とりあえず、夜のピークを乗り切りましょう!」
「無理はすんなよ」
「あ、はい」

佐藤さん優しいなぁ。
嬉しくなって、がぜんやる気が出てきた。

「ふぅ、終わった〜」
「お疲れさま。いつもよりちょっと混んだかな?」
「そうですね。ちょっと疲れちゃいました」

伸びをして、休憩室の机に突っ伏した。
「八千代さん、大丈夫かなぁ……」
「お見舞いに行ってあげれば?」
「でも夜だし……」
「じゃあ、佐藤くんが行ってあげなよ」
「は?」

佐藤さんがお見舞いに行ったら、高熱でうなされてる八千代さんをみて変な気持ちになっちゃうかもしれない!
そ、それは阻止しなければ!!

「いや、わたしが行きますよ!佐藤さんは疲れてるだろうし!ね?」
ちょっと強引すぎたかな?なんて思いながら、佐藤さんの顔色を窺う。
「……お前は、」
「え?」
「何でもない」

乱暴に椅子を引くと、イライラした様子でタバコを吸い始めた。

お、怒っちゃった……。
あれはさすがにあからさますぎたよね。

あ、やばい。泣きそう……。絶対嫌われた。
わたしが俯いて涙をこらえていると、暢気な相馬さんが、

「まあ、佐藤くんが行くにしろ行かないにしろ、日高さんが行くなら、佐藤くんが送ってあげなよ」
「えっ!?」
「冬の夜中に女の子が一人で外をぶらつくなんて危ないでしょ?」
「い、いえ、そんな迷惑ですし!」

佐藤さんに送ってもらうなんて、そんな、か、彼女みたいなこと……!
「わたしなんかを襲う人なんて居ませんから!大丈夫ですよ」
「……んなに、嫌かよ」
ぼそりと呟いた佐藤さんの声が聞き取れなくて、聞き返そうと思ったんだけど、遮られてしまった。

「早く着替えろ」
「へ?」
「行くんだろ、八千代んとこ」
「で、でも……」
「いいから早くしろ」

や、やっぱり怒ってる。怖い……。
「ご、ごめんなさい」
そそくさと更衣室に向かったわたしは、二人の話なんか全く聞いてなかった。

「いくら何でも、あれは可哀想だよ。日高さん、泣きそうだったじゃん」
「人の気も知らないでごちゃごちゃ余計なことするからだ。つーか、黙れ」
「痛っ!暴力はんたーい」







「お、またせしました」
段々弱くなる語尾。佐藤さんの顔が見られない。
「行くぞ」
「は、はい」

お疲れさまでしたと頭を下げると、相馬さんが佐藤さんに耳打ちした。
すると佐藤さんは相馬さんを殴った。

ど、どうしよう。
佐藤さんの車で佐藤さんと、ふ、二人っきり!
八千代さんと佐藤さんの邪魔をしてばかりだったから、佐藤さんとわたしが二人っきりになるなんてシチュエーションもほとんど無いのに!
いきなり車内という密室なんて耐えられない……!

「……、い、おい」
「っは、はいぃ!」
「シートベルト締めろって」
「あ、す、すみません」
もしかして、さっきから話しかけられてた!?
ガチャガチャとせわしなくシートベルトを動かすけど、緊張して上手くできない。

「ったく……貸せ」
「っー……!」

さ、佐藤さんの顔がどアップ……!ていうか、み、密着!
息を殺してただ縮こまるわたしは、佐藤さんの溜め息にも気付けなかった。

途中でコンビニに降ろしてもらって、桃缶とりんごとスポーツドリンクを買った。

車内はしんと静まり返っていて、わたしは必死に鼓動が収まるようにってことばかり考えていた。
「………」
「………」
「………着いたぞ」

「あ、はいっ」
佐藤さんが降りるのを待っていたけれど、降りる様子はない。
「何ぼーっとしてんだ。行け」
「さ、とーさん、は?」
「いい。二人で押し掛けるわけにもいかないだろ。待ってる」

佐藤さん、本当は八千代さんの顔見たいだろうに。
わたしって、ほんとに、嫌な子……。

じんわりと涙腺が緩くなったから、気づかれないように車から降りた。


ちょうど起きていたという八千代さんと少し話した。
ワグナリアのみんなが心配していたこと、佐藤さんもお見舞いに来ようとしていたけど、大勢で押し掛けると迷惑だからって車で待ってくれていること。

八千代さんは熱っぽい赤い顔で、嬉しそうにわたしの話を聞いてくれた。
「早く元気になって下さいね」
「ええ、ありがとう。あと数日かかっちゃうと思うけど、それまでワグナリアを宜しくね?私の代わりに杏子さんにパフェを食べさせてあげてね?」

こんな時でも、八千代さんは八千代さんだ。
はいっ、と元気に頷いて八千代さんの家を出た。


良かった、そんなに辛そうじゃなくて。

佐藤さんに教えてあげよう。佐藤さんのこと聞いて、八千代さんとっても嬉しそうだったよって。

それで、わたしはもう二人の邪魔するのやめよう。
新しい恋を見つけて、時間がかかっても二人の恋を応援してあげるの。


ていうか、佐藤さん、八千代さんの家の場所知ってるんだ……。わたしの家は知らないのに。
そうだよね、だって佐藤さんはわたしがワグナリアに入る前から八千代さんと時間を共有してきて、八千代さんのことずっと見てきたんだから。
わたしなんか、かないっこないんだ。
わたしは本当にただの邪魔者だったんだ。

でもいいんだ。だってもう、諦めたんだから。応援するんだから。

だから、だから、泣く必要なんか無いのに。
泣きたくなんか、ないのに。



「ひっ、くっ……」
こんなんじゃ、佐藤さんに泣いてるってバレちゃうよ。
でも、夜だったらバレないかな?嗚咽さえ我慢すれば、大丈夫かな。

佐藤さんを待たせるわけにもいかないし、行こう。

わたしは大きく深呼吸して、冷たすぎる風に溜め息をこぼした。


「お待たせしました!」
運良く車内はライトが点いていなかった。
「さ、出発しましょー」
平然を装って、うん、大丈夫。

「出発って、お前ん家の場所知らないと送れないだろ」
「とりあえずワグナリアに戻ってください」

今度はちゃんとシートベルトを自分で締める。
「出発進行ー!あ、そうだ、音楽かけてもらっていいですか?」

行きとは対照的に、ぽんぽんと言葉な出てくる。
早く音楽かけて運転に集中してもらわないと、さっき我慢した嗚咽がでてきちゃうかもしれないから。

それなのに、佐藤さんは動く様子もない。
あーもー、全部うまくいかない。


「日高、お前……何で泣いてる?八千代の具合が悪かったか」
ああ、ばれちゃったじゃん。


「違います!佐藤さんには、関係ない」
発した言葉の鋭さに、自分でも驚いた。

「関係ない、か」
すっと車内の温度が下がる心地がした。
これ以上口を開いたら、もっと酷いことを言っちゃうし、絶対泣く。
だからわたしは下唇をかんでやりすごす。



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