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□うたぷり
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ふと手先に力をこめると、ジャキッと鋭利な音がして、はらはらと黒糸が足元に落ちる。
「あっ」
弾みで出た声が途切れたかと思うと、状況を一瞬で把握した脳みそが高速回転して、無意識のうちに声が漏れた。

「ああーーーーーーーーーーっ!!」
自分の机で集中して課題に取り組んでいた友達がビクリと身体を強張らせて、こちらに振り返る。
「いきなり大声出さないでよっ!って、どうしたの?」
ふるふると震える私を見て状況を把握した彼女は、驚いた表情をあきれたようなそれに変えた。
「あー、なんだ。大丈夫大丈夫。そんなに変わって見えないよ」
「だって、予定の長さより1センチも切っちゃったんだよ!?」
「言われなきゃわかんないって」
「それはそれで切ないものがあるけどね……」
そう、私は前髪を切ることに失敗したのだ。
いや、取り返しがつかない失敗というわけじゃない。
もともと前髪は長めにしていたので、多少切りすぎてもオデコが丸見えというわけじゃない。
フォローしきれていないフォローで彼女は笑った。
「失敗したって気づかれないだけマシでしょ」
「うう、確かに……」
美容院へ行かなかった私が悪いんだから、仕方ないか。
「ま、いいや」
あんなに騒いでいた割には自分でもあっさりした反応だと思った。
うん、ポジティブに行こう!

「じゃあお風呂入ってくるね」
自分では切りすぎた気がするけど、言われてみればそんなに短くなったようにも見えない。
少し視界がさっぱりしたくらいかな?

お風呂に入って明日の支度をして、ベッドに入った。


次の日、朝ごはんを食べに行っても誰にも特に何も言われなかった。
前髪切った?とも聞かれないんだから、本当に代わり映えしないんだろうな。やっぱりちょっと寂しい……。
それからお昼まで、私は前髪のことを忘れてしまっていた。
お昼休みが始まってすぐ、メールの受信を知らせる振動。
フリップを覗くと、「那月」の文字。
『今日は天気がいいので、お外で食べませんか?』
うん、今日は日差しも暖かくて気持ちよかったし、大賛成だ。
『さんせーい!じゃあ裏の庭の木で待ってるね』
あそこは庭といっていいのか草原というべきなのかわからないけど、まあ通じるだろう。
そう返信して、購買でサンドイッチとミルクティーを買おうと席を立った。
草原とサンドイッチっていうのがピクニックみたいで良いよね。
ご飯を買って、待ち合わせの木に背中を預ける。

「風が気持ちいい……」
肺に溜まっていた空気を思いっきり吐き出して新鮮な空気を吸った。
伸びをしてからふと遠くに目をやると、長身の金色。
「那月だ」
ここだよー、と大きく手を振ると、それに気づいた那月も手を振り返してこちらに向かってくる。
顔の細部が見えるくらいまで近づいてきたかと思うと、ピタリと歩みを止めてしまった。
「那月?」
目が悪いからといってこの距離で私がわからないってことはないと思うんだけど……?
止まったかと思えば、今度は「猪突猛進」という言葉が似合うほどにハイスピードで距離を詰めてきた。
「え?え?」
状況がわからないまま混乱する私に、速度を緩めることなく那月は突進してくる。
「春ちゃあ〜〜〜んっ!!」
「うっ!」
巨体が突進してきたんだから、飛ばされるかと思うくらいの衝撃が私を襲った。
那月が私を抱きしめたから、私は飛ばされなかったけれど、手に持っていたサンドイッチはコロコロと放り出されてしまった。

ああ……ごめんねサンドイッチさん……。でもまだ包装剥がしてないから、あとで助けに行くね……!
私のモノローグなんてお構いなしに、那月がぐりぐりと頬を私の髪に押し付けてくる。
もう、何なの?
そう聞こうとして私が口を開くと、思いが音になる前に那月の声に遮られてしまった。

「春ちゃん、前髪切ったんですね、可愛いですっ!」
「へ?」
なんとも情けない音が喉から絞り出された。
「いつもより短くなってます!」
そりゃそうだ。だって切りすぎたんだもん。
でも、でも……。
「何で、わかったの?誰もわかんなかったのに……」
顔を突き合わせても私が髪を切ったことに気づかない子ばっかりだったのに、どうして?
「春ちゃんの顔が見えたら髪を切ったことに気づいたんです。それでもう僕、嬉しくて……つい抱きついちゃいました」
それって、あの距離からもうわかってたってことだよね。
「どうして那月が嬉しくなるの?」
全然わかんないよ、と目を伏せる。
「ああ、それは……」
ご機嫌な声の那月の両手が私の両頬に添えられて、上に向かされた。
「ほら、綺麗な春ちゃんの瞳が見える」
キラキラした那月の瞳の中に私が映っていて、不思議な感じを覚える。
「春ちゃんの瞳はいつも光に満ちていてとても美しい。それなのに前髪で隠れてしまっていて……もったいないなって思っていたんです。だけど、今は見れますね」
那月がそんなことを考えていたなんて全く知らなかったから、私は突然の告白にうろたえるしかない。
「し、失敗したの。切りすぎちゃったのに……」
それが嬉しいだなんて。
「僕はそれくらいでちょうど良いと思いますよぉ」
ぎゅうっと抱きしめられた身体中が熱い。
「ああ、でも」
「……?」

「僕だけじゃなく、みんなに春ちゃんの綺麗な瞳を見せるのは、もったいないかもしれません」
耳元で声を潜めて言われてしまえば、腰が砕けてしまうのも仕方がないと思う。
っていうかこれ天然じゃないよね!?計算でも嫌だけど、天然でも厄介っていうか……!

恥ずかしくて震えていると、くすくすと笑う那月。
「かわいい、ですよ」
両方の瞼に口付けが落とされる。
いやー!神宮寺とは違うタイプのタラシだ絶対!!
「もうっ、いい加減離して!学園長にバレちゃう……」
「はい。じゃあ、これで最後です」
止めを刺すかのように唇にキスされて、あたしはもう真っ赤だ。
解放してくれた腕から抜け出して、あたしはサンドイッチさんを救出しに行った。


ああ、言えない!
あたしの瞳に映るあなたこそがキラキラ輝いている、なんて!


>>>
タイトルは造語。(失敗は恋愛のもと、という意味)
妄想でたぎったものを文章化してみた。

妄想ではあんなにたぎったのに、文章にすると……。
なっちゃんにこんなこと言われたい。
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