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□うたぷり
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「できたぁ〜!音也、できたよ〜」
「お疲れ〜、見せてっ」

音也は力尽きた春にココアを差し出して、さっそく楽譜を受け取る。
楽譜を見ると、その音が自然に心へ流れてくる。気持ちが高揚して、一気に歌詞が頭を駆け抜けていく。
その一握りをしっかりと掴んで、声に乗せる。


♪〜〜♪〜

「うん……やっぱり、音也の声も歌詞も良い……音也に歌ってもらうと、曲作って良かったなーって思えるよ」
「へへっ」
「ねえ、音也はどんな時に歌詞が湧いてくるの?スランプにならない?」
「それはもちろん、春が俺のために曲を作ってくれた時!」
「でも、それより前に考えてないと思い浮かばないじゃない?」
「うーん……いつも思ってることとか、ふと思ったこととか……あとね、春と一緒に居たり、春のこと考えてる時」
「え?」

それは聞いたことがないと、春はガバリと机に預けていた上体をあげた。
「春と一緒に散歩してたり、他愛ない話で見せてくれる笑顔を見た時とか、夜寝るときに春は何してるかなーって考えたりとかしてる時とか。春のことが愛しいなあって思う時にね、言葉が溢れてくる」
「…………っ」

恥ずかしい、と春は顔を覆ってしまう。
「はは、やっぱり、ちょっと恥ずかしい、かな」
「ちょっとじゃなくて、すっごく」
「でも、本当だからさ」
「……もっと恥ずかしいっ」

音也が楽譜で顔を隠す。そんな格好ですら、かっこよくてかわいく見えてしまうんだから、恋というのは全く恐ろしいものだと春は音也を見つめた。


「春、は?」
「へ?」
「春はどんな時に、曲が浮かんでくる?」

音也の問いに、春は黙り込む。
百面相をした後に出した答えは、

「…………内緒」
「えーっ、何で!教えてよ!」
「いやいや、これは乙女の秘密なので」
「いいじゃん!」

教えろー!と音也が春に詰め寄ると、春は素早く逃げる。
「何で逃げるんだよっ」
「だーかーらー、乙女の秘密だってば!」
「俺はちゃんと言ったのに」
「しーらない」
「春っ!」

自習室内を走り回って、春がピアノに手を置いたとき、楽譜がバサバサと落ちてしまった。
「「あ……」」
何も書かれていない楽譜と、先ほど完成したばかりの楽譜が落ちる時にまざってしまったようだ。
「落ちちゃった」



言葉もなく二人でしゃがみながら拾っていると、不意に音也と春の距離が近くなった。
パッと顔をあげると、それはキスできそうなほど近い距離で。

あ、と思った時にはもう二人の唇は重なっていた。




放課後の夕日が差す自習室で、ピアノの陰に隠れて交わしたキスは、何だか特別なもののように思える。
「ん……」

音もなく離れた唇は、妖艶さを増しているような気さえする。
「内緒のキス、だね」
夕日のせいだとは思えないほど赤らんだ顔の春に、音也の心臓が跳ねた。

「もっと、ちょうだい」
「え?あ、んっ」
吸い寄せられるように音也はふっくらとした赤い唇に触れた。
離れたりくっついたりを何度も繰り返すと、耳まで赤くした春がぐいっと音也の肩を押した。




「やりすぎ……!」
そうやって恥ずかしがるから、もっと恥ずかしがる顔を見たい。
男はそう思う生き物なのに、ちっとも春はわかっていない。

「かわいい、春」
肩を押した腕を音也が掴むと、春は驚いたように目を瞠る。

そんな顔しても可愛いだけだってば。


そうして今度は、深いキスに挑戦する。春に配慮して、今までは唇に触れるだけで済ませていたけれど、もう我慢できない。
「ん!?んぅ、」
唇のあわいから入り込んできた舌に、春は驚きと混乱で固まってしまった。
それに乗じて、優しく舌の先を舐めてやる。びくりと竦んだ舌は、春の味がして、ドクドクと心臓が暴走する。
今度はもう少し大胆に舌を絡めると、春はぎゅっと目を瞑って、音也に身を委ねた。


必死に音也を受け止めようとしている姿が、愛しくて仕方がない。
可愛くて愛しくてもっともっと春が欲しくなったけれど、混乱している春を思って、音也はやっと唇を離した。


「はぁっ、は……」
「春、初めてだった?」
呼吸を整えようと息を吸う春の耳元で、音也は囁いた。
強張りながらもぎこちなく春が頷くと、音也はみっともなく相好を崩した。

「へへ、春大好き」
ぎゅっと柔らかい身体を抱きしめると、細い声で、
「音也、は?」
その言葉を聞いて、音也は赤くなった頬を隠さずに笑う。春が夕日のせいだと思うことを願って。
「内緒、だよ」
「意地悪!」
「春だって教えてくんなかったじゃん。これは、男の秘密ってことで」
まさかレンに教えてもらっただなんて男の沽券に関わることは言えない。

不機嫌そうに頬を膨らませる春に、音也は悪戯っぽく笑って、
「春がさっきみたいなキスしてくれたら、考えてもいいかな」
「はっ!?な、何言ってんのっ」

純情な春があんな大胆なことをできないと知っていて、意地悪なことを言った。
「じゃあ内緒〜♪」


また少し散らかってしまった楽譜を整理している間、春が何も言わないことを訝しんで顔を覗き込んだ。
少し潤んだ瞳は、先ほどと打って変わって悲しげに揺れている。
しまった、と音也は思った。けれど嬉しさも同時に沸き起こった。

「安心して。ちょっと勉強はしたけど、春が初めてだから」
春を悲しませるくらいなら、小さな沽券とかプライドなんて捨て去って壊しても良い。
信じて、と額にまた唇を落とすと、こくりと頷いた春がきゅっと音也の制服の裾を掴んだ。


「あのね、」
小さな耳打ちが音也を幸せにするのは数秒後。



(私も音也のこと考えると、音楽が溢れてくるの)
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