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□うたぷり
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私は最近、ある事で悩んでいる。
ふわふわした髪とふわふわした思考とこれまたふわふわした雰囲気を持つイケメンさんこと四ノ宮那月くんに、絡まれるようになりました。
「あっ、春ちゃん、おはようございます」
「お、おはよう」
「今日も可愛いですねっ」
にっこりと蜂蜜みたいな声でその毒のような言葉を紡ぐ那月くん。
ぴくりと肩を竦ませた私は、ドクドクと鳴る心臓を抑えるのに精一杯で。

「またやってる……」
「なーつきー、春ちゃんが困ってるよ?」
「え?どうしてですか?」
「どうしてって……クラスメイトにいつでもどこでも可愛いなんて連呼されてたら……ねぇ?」
友ちゃんと音也くんの呆れた声にも、那月くんはきょとんとしている。

那月くんは勘違いさせやすい男の子なんだ。
私や春歌ちゃんのことを異性として好きでもないのに、可愛い可愛いって言う。ましてや同室の来栖くんにも言っているのだから、女たらしと悪名高い神宮司くんよりタチが悪いといえる。

でも最近は春歌ちゃんに言ってるの聞かないなぁ、なんてぼんやり思ってるうちに林檎ちゃんがやってきて、HRが始まった。
そういえば、那月くんが私にちょっかいを出し始めたのって、パートナーになった時らへんからだっけ?

それまでは春ちゃん翔ちゃんと二人にくっついていたのに、いきなり掌を返したように私に構い始めた気がする。

それってもしかして、私ともっと交流を持とうと思ってってことなのかな。
別に私のことが可愛いってわけじゃなくて、那月くんはそうやって人とコミュニケーションを取るだけなのかも。
自分の中で消化不良だったことに一応の決着をつけると、気分が晴れたと同時にどこかがちくりとした。



今日も変わらない授業。放課後には課題をこなすので精一杯だ。
今日は作曲したものと那月くんの歌詞を合わせて歌ってみる予定になってる。連れ立ってピアノのある練習室に行って、楽譜を広げた。


「じゃあ始めましょうか」
「はい」
メロディーラインと簡単な伴奏を引くと、甘い声が教室に響いた。
那月くんは、本当に歌がうまいなぁ。
那月くんの歌を聞きながら、直した方が良さそうなところを記憶する。Aメロとサビを合わせたあと、幾つかの修正案を告げた。
「ここは、さっき那月くんが歌ったようにしよう」
「そうですね。僕もそっちの方が歌いやすいです」

新しい音符を書いていると、つん、と何かが頬に触れた。
「ん?」
「ほっぺた、気持ちいいですね」
「ちょ、ちょっと那月くん!いきなりやめてよ、びっくりしたぁ!」
なんと那月くんが私の頬を綺麗な人差し指でつんつんしていたのだ。

「びっくりする春ちゃんも、可愛いですよ」
にこにこと一見、人畜無害な顔。私には毒でしかないんだってば!

「ずーーっと思ってたんです。春ちゃんのほっぺた、触ったらふにふにして気持ちよさそうだなぁって」
だから触っちゃいました、なんて簡単に那月くんは言う。

「も、もう、からかわないでよ……」那月くんのこの行為に特別な意味なんかないって知ってるのに、私の頭は混乱して顔が熱くなる。
「ふふ、ほっぺた真っ赤ですよ。真っ赤な美味しいリンゴさんみたいです」リンゴっていうのは、私たちの担当の先生じゃなくて、果物の方ってことだよね。
「わ、私がリンゴだったら、那月くんはライオンだよ」
「ライオンさん、ですか?」
どうしてだろう、と首を傾げる那月くん。
「だ、だって金色の髪はタテガミみたいだし、大きい身体でゆったりと構えてるし」
砂月くんになると、獲物を狩るみたいに獰猛になるし。
砂月くんの話は伏せておくと、那月くんはぱあっと顔を輝かせた。
「僕、そんなに強そうですか?」
「あ、あぁ、うん」
強そうなのは砂月くんだけどね、とは言えない。

「ふふ、嬉しいなぁ」
どうやらご機嫌になったらしい那月くん。
「ねぇ、リンゴさん。ライオンさんは、リンゴさんを食べてみたいです」
「へっ?」
メルヘンチックな言葉の意味が全く理解できず、素っ頓狂な声が出た。
「春ちゃんの真っ赤なりんごほっぺ、甘くて美味しそうだなぁってずっと思ってたんです」

だから、と那月くんの声が至近距離で聞こえた。ついでにその吐息が、頬に当たる。
「味見しても、いいですか?リンゴさん」
「ふぇっ?あ、ちょ、」

混乱して何も言えない私に構いもせず、那月くんはペロリと私の頬を舐めた。
「っ…………!?」

ぞわ、と背筋に何かが走る。それが嫌悪なのかはたまた別の何かなのかはわからなかった。
「うーん、味がわかりませんねぇ。じゃあ、ほっぺたよりもっと赤いところはどうでしょう?」

那月くんが何を言ってるかなんてもう理解できなかった。
気がついたら唇に何かが触れていて、那月くんのドアップが視界いっぱいに広がっていたことだけが、私が把握した情報だった。


「ふふ、こっちはとっても甘いですね。春ちゃんの味がしました」
満足げに笑う那月くんがどこか遠い世界の住人のように思えた。なんだこの自由人……!

私はその場にへなへなと座り込んだ。
「な、なんで……ひどい」
「えっ?どうしてですか?」
「だって、だって……わたし、初めて、だったのに……初めては、好きな人としたいって、思ってたのに」

「春ちゃんは、僕のこと嫌いですか?」
「そ、そういうことじゃない!ちゃんとお互いが異性として好きじゃなきゃ……」
だって、こんなの嫌だ。こんななし崩しの、意味がわからないキスなんて。
「僕は春ちゃんが大好きですよ。もちろん女の子として」
春ちゃんは?と笑顔で問う那月くんに脱力してしまった。

「あんな、いつも可愛い可愛いなんて言われて、気になんない子が居たら見てみたいよ!でも、本気か冗談かわからない言葉に浮かれちゃだめだって、」
「僕はいつでも本気ですよぉ。でも春ちゃんは恥ずかしがり屋さんだから、ハグもキスも我慢してたんですっ!」
いやいや、そんな誉めてと言わんばかりに胸を反らされても……。
「僕の本気、わかってもらえましたか?」
もう我慢しませんから、とぎゅうっと抱きつかれて、きゅんと高鳴った胸に嘘はつけないだろう、と私は頷いたのだった。


(そうしてライオンくんがリンゴちゃんを本当に食べちゃう日も近いってわけね)
(え?友ちゃん、どういう意味?)



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なんともファンシーなお話になってしまった……。なっちゃんのふわふわした考えと行動に振り回されてるのが可愛いですよね!
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