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□うたぷり
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・卒業後設定
セシルと二人で出掛けて、帰り際に寮の最寄駅に着いたら雨が降っていた。
「あ、傘持ってないや……」
「ワタシも。どうしますか?」
「うーん、寮までそんなに距離ないし、走って帰る?」
「そうですね」
お互い頷いて、走り出した。
すぐにセシルが私の手を握ったから、私は驚いてセシルを見やる。
セシルは王子様スマイルでにこりと笑って、きゅっと繋がりを強くした。
漫画のワンシーンみたいだな……。
走ったせいなのか、それともセシルのせいなのかわからないドキドキで心臓が苦しいまま、何とか寮に着いた。
「びしょ濡れだね。お風呂に入ってからまた集まろうか」
私たちは部屋が隣同士だ。だからそう提案すると、きょとんとした顔でセシルが私の部屋に入ってきた。
「ちょ、ちょっと?早くお風呂に入らないと風邪ひいちゃうよ?」
「はい。入りましょう」
勝手知ったる庭とばかりに、セシルは私の部屋のバスタブにお湯を溜めはじめる。
「ワタシは春と一緒に入りたい」
「い、いっしょにって!!ダ、ダメだよ」
「なぜ?」
「そんなの……」
付き合い始めたばかりだから、まだ私にはハードルが高い……。
「春は、ワタシがクップルだった時、よくお風呂に入れてくれた。だから今日は、ワタシが春をお風呂に入れます」
「クップルとセシルは全然違うでしょ?猫と人間なんだから……」
「でも、ワタシはワタシ。クップルもセシルもワタシ。違う?」
「違わないけど、でも……くしゅっ」
あたふたと理由を考えていると、くしゃみが飛び出してきた。
「早くしないと風邪を引いてしまう。ほら、」
私をお風呂場に連れて行くセシル。私はどうやってセシルを止めようかとばかり考えていて、気付いたら脱衣所まで来ていた。
そして、セシルの指がぷつぷつと私の服のボタンを外していこうとする。
「な、何して……!?」
「服を脱がしています。お風呂に入るときには服を脱ぐのが普通」
「だからって……。もう、ちょっと待って!は、裸はさすがに恥ずかしい……」
「でも春は、クップルをお風呂に入れた時は、裸でした」
ああっ、そうだった!でもそれはクップルが呪いをかけられた人間だって知らなかったからであって……。
ということは、セシルはもう私の裸を見たってことで……。
「恥ずかしがらないで。大丈夫、春の裸、とてもキレイ」
「ききききれいって」
「春に恥ずかしい所なんてありません。さぁ、服を脱ぎましょう」
もうこれは、何を言っても止まらない……。
こういう時のセシルには被害を最小限にする努力をするしかないんだと経験で知っているから、私は覚悟を決めた。
「わ、わかったから。自分で脱ぐ!先にお風呂入ってて!私もすぐに入るから!」
「……わかりました」
どうやら最悪の事態は免れたみたい。ほっとしていると、セシルが服を脱ぎ始めた。
バッと反転して、セシルを視界に入れないようにする。
鋭敏になった聴覚が、服を脱ぐ音を捉える。
こ、これはこれで恥ずかしいぃぃ!心臓がバクバク鳴って、私は目を瞑って耐えた。
「すぐ来てくださいね」
ちゅ、と冷たくなった唇がうなじに落とされる。
「んっ、い、行くから……」
うわぁぁ変な声出たぁぁ!
泣きたくなりながら、浴室のドアを閉める音と共に恐る恐る目を開ける。
うん、ちゃんと浴室に入ったみたい。
私もそろそろ本当に風邪を引きそうだったから、おとなしく服を脱いだ。
もちろん、バスタオルを身体に巻いている。
あ、そうだ。せっかくだから、入浴剤入れようっと。
ミルクとかいいよね。濁れば見えないだろうし。
深呼吸して心を落ち着かせた後、私はゆっくりと浴室のドアを開けた。
視線はもちろん天井。だってもしシャワー浴びてたら見えちゃうしね。
「セシル、湯船入ってる?」
「はい。入っている」
「じゃあ、これ入れて」
薄目にして、できるだけ何も見ないように、セシルに入浴剤を渡した。
「これは何?」
「入浴剤。ミルクの匂いがするんだよ」
「あぁ……。ミルク風呂なら、アグナパレスにもあります」
「へぇ、そうなんだ」
「2つも入れるのですか?」
「うっ、うん。この浴槽広いしね」
もし1つしか入れなくて、色が薄くなったら嫌だし!ということで、念のため2つにしておいたのだ。
とりあえずシャワーを浴びようと椅子に座ると、セシルが不思議そうに声を上げた。
「なぜ、タオルを巻くのです?クップルと一緒に入ったとき、アナタは何も身に着けていなかった」
「だからそれは……日本では、男女が一緒にお風呂に入るときはこうするのが当たり前なんだよ」
『日本』を強調すると、セシルは納得したようなしていないような声で、そうですかと言った。
「では、どうやって身体を洗いますか?」
シャワーの温かさにほんわかしながら、私は適当に答えた。セシルが出た後に洗えばいいしね。
「ワタシは春をお風呂に入れると言いました。春はクップル……私の身体を洗ってくれた。だから、ワタシも春の身体を洗います」
「ああ、そう……って、えぇぇぇ!?」
もう本当に、セシルの言葉ってどうしてこう爆弾級なんだろう。爆弾っていうか、もうテロ級だよこれは。
「ま、待って!猫は自分で自分の身体を洗えないけど、私は自分で自分の身体を洗えるから、セシルが手伝ってくれなくても大丈夫なんだよ」
できるだけセシルを悲しませないように、遠回し遠回しに拒絶を表す。これが日本人の得意技なんだから!
「けれど、レンが教えてくれました。一緒にお風呂に入って、愛しい人の身体を洗うとより仲が深くなると」
「神宮寺が……?」
「レンは女性が喜ぶことをたくさん知っています。こうすれば春は喜んでくれる、もっとワタシを愛してくれると教えてくれた」
もうマジ何なのあいつ、余計なこと吹き込みやがって……。
私とセシルで遊んでいるとしか思えない。
「レンが言う事は99%が冗談だから」
「アグナパレスでも、恋人に触れるということは愛していると告げることと同じ。だからワタシは、もっと春を愛していると告げたい」
ああもうっ!この無邪気な下心のない目で言われると私は逆らえない……。クップルがもっとメロンパンをちょうだいと甘えている時のような、どうにかしてでもその願いを叶えてあげたいと思わせるその瞳。
「じゃ、じゃあ……背中だけなら」
私は本当にセシルに甘い。砂糖を規定量の10倍くらい入れたパンケーキにメイプルシロップとホイップクリームをかけてしまうくらい、甘い。
「春、ありがとう!」
それもこれも、セシルのこの嬉しそうな顔に弱いからって、わかってるんだけどね。

「はい、どうぞ。目を開けていいよ」
私がタオルを取って前を隠している間はもちろん目を瞑ってもらっていた。
「これが、ボディソープ?」
「うん。そうだよ」
このスポンジを使ってね、と手渡そうとしたら、背中に固い感触。
「ひゃっ?」
「ごめんなさい。冷たかった?」
「え、えっと……、手で洗ってるの?」
「はい。レンは身体で身体を洗ってあげると良いと言っていました」
身体で身体をって……。ああ、だからスポンジじゃなくて素手なのね。
セシルが純情(?)で本当に良かった……!!ありがとうミューズ!
「違いますか?」
「あ、その、私はいつもスポンジで洗うから少し驚いただけ」
余計なことは言わないようにしないとね。
するするとセシルの大きくて筋張った手が、私の背中を踊るように動く。
これはこれで気持ちいいかな。
「気持ちいいですか?」
「うん、いいよ〜」
気持ちよさにぼんやりとしていたら、急にセシルの手が前に回ってきた。し、ししししかもタオルの中!
「えっ、あ、せ、せしるっ」
「もっと、気持ちよくしてあげたい。だから前も洗いたい。いけませんか?」
「これ以上はシャレにならない、から」
セシルが洗っているのはまだ腹部だけだけど、それ以上動いたら色々とダメだから、私はタオルの上からセシルの手を掴んで動きを止めさせた。
「もっと春を愛したい。もっと春を感じたい」
そう言いながらセシルは私の肩に口づける。ぴくんと揺れる身体に気をよくしたのか、うなじにもたくさんキスを落とす。
そして私が制止していた手も力強く動こうとしていて、指先がほんの少しだけ胸に当たった。

や、やだやだ!
「あっ、……こ、これ以上したら、セシルのこと嫌いになるっ!」
ぎゅっと身体を縮ませて、大きな声で叫んだ。
途端、セシルがパッと私から離れた。
「ご、ごめんなさい。ワタシ、春が嫌がることをした?ワタシのことを嫌いにならないで、My sweet heart.アナタの愛を失ったら、ワタシはもう生きられない」
「っ………ぐすっ」
「ああ、泣かないでください、愛しい人。ワタシの魂の恋人。ごめんなさい、許して」
「せ、せしる、怖いよ……。レンが相手にしてる女の子と私は違う。レンみたいなセシルじゃなくて、いつものセシルに戻ってよ……」
私に触れていたのはセシルのはずなのに、知らない人にされているみたいで怖かった。
「アナタが嫌がることは、もう絶対にしません。だから……」
首に腕を回されて、ぎゅっと後ろから抱きしめられた。
「嫌いに、ならないで……ごめんなさい」
小さく震えた声で、何度も何度も、『ごめんなさい』と『嫌いにならないで』と呟いていた。
お気に入りの物を、何が何でも離さないとでも言うように強く抱きしめられる。

「セシル……」
私が名前を呼ぶと、ビクリと身体を竦ませた。
「ごめんね、言い過ぎちゃった。嫌いになんかならないから……。むしろ、私が勇気がなくてごめんね」
「どうして、春が謝る?悪いのはワタシ。春が謝る必要はない」
「うん。でも……セシルのこと傷つけちゃったから、ごめん」
そっとセシルの腕に手を添えると、セシルは泣きそうな声で、
「春に、こうして触れても、キスをしても構わない?嫌いにならない?もう、春の身体を洗わないから……」
お願い、と切ない眼差しで言われてしまえば許すしかない。
「セシルに抱きしめられるのも、キスされるのも……大好き、だから、良いよ」
そうして首だけ後ろに向けたぎこちないキスを交わす。本当に良いのかな、という感じでおずおずと唇に触れてきて、すぐに離れてしまった。
「今ので、ガマンします。もっと、したいけれど……。春に嫌われたくないから」
セシルがくれる深いキスは、本当に私を愛してくれているんだって実感できる甘いキスだから、私は好きだ。
なのに、それもなくなってしまうのは嫌だ。
「ガマンしなくていいから……いつものキス、して……?」
恥ずかしさを堪えてそうねだると、セシルはニコリと本当に嬉しそうに笑った。
「はい、します」
それなのに、セシルは私の身体を離して、シャワーで泡を洗い流してしまう。
しますって言ったのに、してくれないの、かな……。
「こちらへ、My little princess.」
手を取って湯船に一緒に入った。
うん、これなら濁っているから見えないね。
自然とセシルに向き合った私の頬を優しい指がなぞる。
「後ろからのキスも素敵。けれど、春のキラキラと瞬く瞳を見つめながら可愛らしい唇に触れることはもっと素敵」
慈愛に満ちた吐息が唇に当たり、私はゆっくりと目を閉じた。
「んっ、は、……ふ」
ミルクの甘い匂いが立ち上る中で、セシルの唇に焦らされて甘やかされて、私はぐずぐずになった。
「はっ……春、春……。愛しています。ワタシの一番大切な人、ワタシの恋人」
「うん、私も。愛してる」
「いつまでもワタシの傍に居て……。片時も離れず、アナタとつながって居たい」
「うん、居るよ」
「ああ、愛しい人……」
堪らないというように私を力強く抱きしめたセシルは、さっき以上に濃厚なキスをしてきた。
ミルクよりも甘い甘い恋に、ゆっくりと溶けていった。
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