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□うたぷり
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セシルの帰国にあわせて私もアグナパレスに来て数週間。
国についてからのセシルは迅速に解決しなくてはならない事案ばかり抱えていて、ほとんど休みを取れていない。
セシルの身体が心配だからと休息を取るようにお願いしてみた。するとセシルは愛情のこもった微笑みで私のお願いをきいてくれた。
「春、今日は仕事をせずゆっくりと休むことにしました。長い間寂しい思いをさせてしまいましたね」
セシルが久しぶりに一日休めると聞いて、私は嬉しくてセシルに抱きついた。
「じゃあ今日は私だけのセシルなのね」
「はい。ずっと一緒です。……そうでした。春に会わせたい者がいます」
「会わせたい者?お友達?」
「友達……そう言っていいのでしょうか、わかりません」
とにかく会ってほしいというセシルの言葉に頷く。連れて来ますと言ったセシルとその人を私は今か今かと待った。

待つこと十数分。
ガチャリと開かれた扉からセシルが現れ、ついで背の低い黒い影が四足歩行で歩いてくる。
……四足歩行?
自分の目を疑って、でもやはり視覚情報は正確だった。
セシルの後ろをのそのそとついてきたのは、黒く大きな……豹だったのだ。
え、何これ。大道芸でもやるつもり?いやいや、セシルのように呪いに掛かってる家族か親戚?
止まった脳みそで考えても思考がぶつかりあうだけだ。散らばった思考を持て余す私に気づいたセシルは、私の名を呼んだ。
「春、これがワタシの飼っている黒豹です。ワタシが幼い頃からずっと一緒に居ました。友達のようなものです。春も仲良くしてあげてください」
ワタシ以外には懐きませんが……と付け加えられたら余計に近寄れない。猫や犬とは勝手が違いすぎる。食べられてしまう可能性も否めない。
唇の端がヒクヒクと引きつるのがわかる。どうしよう、笑えない。

「さ、さすが王子様はペットも違うね……」
あはは、と乾いた笑いが落ちる。
「動物と仲を深めるには根気が必要です。ワタシが居る時であればこの子も大人しいので、まず春の存在に慣れてもらいましょう」
セシルが黒豹の下顎をくすぐると、猫のようにグルグルと喉を鳴らして甘えた声を出す。
「いいですか?春はワタシの愛しい人です。もうすぐワタシのお嫁さんになるのです。ですから、春はワタシと同じ、お前の主になります」
美しい光沢を持つ毛並みをゆっくりと撫でながらその子に語りかけるセシルは初めて見るような表情をしていた。
「春はお前を大きな愛で包み込むでしょう。だからお前も同じだけ想いを返しなさい」
わかりましたね、とその子と目をしっかりと合わせてセシルが説く。わかったのかわかっていないのか、その子はセシルに甘えている。
「心配いりません、春。ミューズに愛されたアナタならば、アグナに生きるもの全てに愛されるでしょう」
「そうだと嬉しいけど……」
「この子は音楽が大好きなのです。曲を奏でれば目を細めて聞き惚れてばかりいます」
それは飼い主であるセシルが音楽を奏でているからじゃないかな……。
「ワタシとアナタが共に音を奏でる姿を見れば、すぐに仲良くなれます」
今まで私がセシルのために作った曲を歌うので伴奏をしてほしいとセシルに頼まれて、部屋の中にあったピアノに手を伸ばす。
セシルも黒豹を連れてピアノの傍まで来てくれた。
そして私が伴奏を始めると、すぐにセシルが歌声を乗せてきた。
最近はセシルが忙しくてなかなかこんな時間は取れなかった。
だけど今セシルは私の隣にいて、私が作った曲を心を込めて大切に歌ってくれている。
重なり合う音が心地よくてくすぐったい。いつまでも奏でていたいと思わせるセシルの歌声に聞き惚れながら、途中でアレンジを加えてみたりして、セシルがそれに合わせてくれるのが嬉しくて楽しい。
心が震えるハーモニーにうっとりとしながら、私は最後の一音を余韻たっぷりに奏でた。
ほぅ、と満足のため息がこぼれる。
セシルを仰ぎ見ると、セシルは頬を赤らめてキラキラと潤った瞳で私を見ていた。
「あぁ、やはりアナタの音楽は何よりも美しい……」
「セシルのおかげだよ。セシルが一緒に居るから、私はいろんな音楽を作ろうって思えるんだから」
「ワタシが?本当に?」
驚きに満ちた瞳にまっすぐ頷くと、セシルは破顔して私に抱きついてきた。
「嬉しいです、My princess. アナタと共に居ればどんな苦しみも喜びに変わってしまう。永遠にワタシの傍に居て、その愛を下さい」

そっと頬に手を添えられて、唇にキスが降ってくる。感極まったセシルはその感情を表すためによくキスをしてくる。
それを受け止めた後で付き人さんたちが居ることを思い出して、私一人で恥ずかしくなった。
私ににこりと笑ってみせたセシルは、足元で寝そべっていた黒豹の頭を撫でた。
「聞いていましたか?これが春とワタシの奏でる貴い音楽です。お前も気に入ったでしょう」
セシルの瞳を見つめて首を傾げたように見えたその子に、セシルはアグナパレスの言葉で何か言った。
「何て言ったの?」
「先ほどと同じことを言いました。この子は生まれも育ちもアグナパレスです。日本語はわからないのでアグナの言葉ならば通じると思います」
そうしてセシルはアグナパレスの言葉でもう一度、私と仲良くすること、絶対に傷つけてはいけないことを言い聞かせたようだ。
アグナパレスの言葉はまだ耳に馴染まない。特によく知ったセシルの声から違う言語が飛び出てくるのには変な違和感を覚えた。
その違和感は決して嫌なものじゃなくて。その言葉自体がするすると流れる歌のようで、私はつい聞き惚れた。
いつか私がアグナの言葉を覚えた時、セシルにアグナの言葉で歌ってもらう曲を作りたい。
瞼を閉じてそんなことを考えていると、セシルに名前を呼ばれた。
「春。この子が怖いですか?」
「その子がっていうより、噛まれたりしたら怖いなってちょっと思う……」
弱気になって尻すぼみがちに伝えると、セシルは私を安心させるように手を伸ばしてきた。
「大丈夫。ワタシが居ればいつも穏やかですから」
セシルがまたアグナの言葉で黒豹に語りかける。
片手で黒豹の顔をセシルの方に向けるように持ち、もう片方の手で私の手を取った。
「まずワタシが撫でます。手を上に重ねて撫でるリズムを覚えてください」
指示されたとおりにセシルの手に私の手を乗せる。何度か撫でたところで、セシルの大きな手が今度は私の手の上にかぶさってきた。
「そのまま撫で続けてください……上手です」
私の手の感覚に一瞬ピクリと身体を反応させたけれど、セシルが喉を撫でてくれていたおかげで怒った様子はなかった。
最初は狭い範囲を撫でていたけれど、次第に首から腰の間まで大きく撫でられるようになった。
温かくて呼吸の感覚が伝わってきて、この短い間に愛着がわき始めていた。
「そう、いい子ですね。春、この子に何か言葉を掛けてあげてください」
「え、でも日本語はわからないんじゃ……」
「そうでした。じゃあ、ワタシが翻訳します」
とりあえず無難に自己紹介と、アグナパレスに住むことになったのでよろしくと言った。
そうしたらセシルはそれをゆっくり発音して、私に反芻させた。私もたどたどしくではあるけれど、何度もそれを繰り返した。
「動物はちゃんと人間のしゃべる言葉を聴いています。春の言葉はきっとこの子に届きます」
「そうだと嬉しいな」
私は何度も何度もよろしくお願いしますと、撫でる手を止めずにその子に囁いた。


その日はずっと二人と一頭で過ごして、私はセシルが撫でていなくても撫でられるようになった。
寝る前におやすみなさいと言ってその子を撫でたら、まるで返事をしてくれるかのように手の甲を舐められた。
「わっ、セシル!舐めてくれたよ!」
「素晴らしいです。もう仲良くなれましたね」
「うん!すっごく可愛い!ねえ、明日も一緒に過ごせないかな?」
「ワタシはまた明日から忙しくなってしまいます。この子と春は仲良くなりましたが、まだワタシが傍についていないと不安です」
私の希望はどうやら叶えられそうにないらしい。悲しそうに呟くセシルに私の方が恐縮してしまった。
「あ、ううん。そうだよね、セシルの言うとおりだと思う。時間をかけてゆっくり仲良くなるつもりなんだけど、毎日会う方がもっと仲良くなれそうかなって思っただけだから気にしないで」
ただでさえ国の行く先を抱えるセシルは思い悩むことが多い。ここでの生活もままならない私がセシルの気を揉ませるわけにはいかないのだ。
「では、昼食の時間にこの子を傍に置くのはどうでしょう。それならばワタシも傍に居られます」
「でもセシル忙しいでしょう?」
「ワタシの昼食の時間に合わせてもらうことになりますが、それで良ければワタシは大丈夫です」
「我侭を言うつもりじゃなかったんだけど、」
「いいえ。春の我侭ではありません。ワタシがアナタの願いを全て叶えたいだけ。気に病むことはありません」
優しすぎる恋人の申し出にこくりと頷いて抱きついた。
「ありがとう、セシル……。でも、絶対に無理はしないで。忙しかったら断っていいから、ね?」
お願い、と私のお願いを何でも叶えてくれるセシルにそう乞うと、セシルは目を細めて微笑んで了承してくれた。
「わかりました。心配しないでください。春を悲しませるようなことは絶対にしないと誓います」
私の手を取って手の甲にキスを落とす。こんなキザな行動もセシルがやれば違和感がない。
「約束ね」
セシルの頬に小さく口付けると、セシルは私の唇を優しく塞いだ。


それから毎日、黒豹と一緒にご飯をとっているうちに仲良くなり、セシルが居なくても後をついてきてくれるようになった。
その子と一緒にピアノ部屋に篭って曲を作ったり噴水で水浴びをしたり、一緒にお昼寝までできるようになった。
それが嬉しくて毎日毎日一緒にやったことをセシルに報告すると、セシルは嬉しいような困ったような顔で、「もっとワタシと一緒に居てください」と拗ねるのだった。


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All Starのカミュさんルートでセシルさん大活躍でした。いっそカミュじゃなくてセシルと結婚できる選択肢ないの!?と悶えていました。
カミュルートでセシルが黒豹を飼っていることが驚愕でした。しかもセシルにしか懐かないとか、おいしすぎます!
最初は黒豹ちゃんを撫でるあたりで終わらせようと思ってたのですが、いつの間にか仲良くなっていました。
「構ってください」とか言って拗ねるセシルさん見たいです。
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