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□うたぷり
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ピンポン、とチャイムが鳴って、私は玄関を開けた。
「こんにちは」
「うわぁ、寒いっ、入って入って!」
鼻の頭を赤くしたセシルを速やかに部屋に招きいれる。
セシルから外の匂いと温度が漂ってきて、コートを脱がせて代わりに渡した物は。
「?これは何ですか」
「ちゃんちゃんこだよー」
「ちゃんこちゃん?」
「ちゃんちゃんこ!綿がしっかり詰まってるから暖かいよ。着てみて」
ちゃんちゃんこに袖を通したセシルの前に立って、紐を結ってあげる。

「はい。そうしたら、こたつの中に入って」
「こたつ?何ですかそれは?」
「これだよ」

つい先日、小さなこたつを買って、届いたのは昨日。
こたつの上には既に、楽譜やら筆記用具やらが転がっている。

「ベッドですか?ずいぶん小さいようですが……」
「ううん。暖房器具だよ。いいからほら、入ってみたらわかるから!」
私が今まで使っていたから、中はもう十分に暖かい。布団をめくって足を入れるように言うと、セシルは大人しくその通りにした。

「! あたたかいです」
「でしょ?これで暖まりながら作業ができるんだよ〜」
「さすが日本は素晴らしいものがたくさんあります」
「まあこれは、人を怠惰にさせる悪魔の暖房器具なんだけどね……」
「あ、悪魔っ!?サタンの手先ですか!?」
驚いてこたつから抜け出すセシルが面白くて、ついつい笑ってしまった。
「あはは、違うよ!サタンは関係ないの。まあ、もう少ししたらこのこたつの怖さがわかるよ……」
怯えるセシルが可愛くてつい含みのある言い方で脅してしまった。

「あ、今お茶入れるからね」
手早くお茶を入れて、ついでに実家からダンボールいっぱい送られてきたみかんを籠に入れて持っていく。

「はい、どうぞ。みかん腐っちゃうからたくさん食べてね」
「ありがとう。ではさっそく、いただきます」
お茶を啜ってほっと一息ついたセシルは、みかんをひとつ手に取った。
そして私の真似をして、ぎゅっぎゅっとみかんを何度か押すように握る。
そして皮をむいてひと房ずつ食べ始めた。

「うわっ、そのままいっちゃうタイプね」
「何かおかしかったですか?」
「ううん。変じゃないよ。でも私はみかんの筋が嫌いだから、全部取っちゃうタイプなの。セシルはひとつも取らないんだね」
「気にしたことはありません」
「栄養あるとかおばあちゃんが言ってたから、むしろ食べたほうがいいのかもね」
それでも私は食べたくないので、ちまちまと筋を取る作業に戻る。
5分くらいかけてじっくりと筋をとって、白さがまったくなくなったみかんを口に運ぶ。
「ん〜、おいし」
私が筋を取っている間にセシルは3つ目のみかんを剥いていた。
くそう。何だか悔しい。私はまだひとつしか食べていないというのに!


「あーもう、筋取るの面倒くさい」
まだみかんを食べたかったけど楽譜も早く書いちゃわないといけないし、後で食べようと筋のないみかんを一気にたいらげて、シャーペンを握った。
「セシル、ここなんだけどね」
「はい」
セシルはまだみかんを剥いている。腐っちゃうからたくさん食べてほしいんだけど、さすがに食べすぎじゃないのかな……。
「Aメロと同じ感じにして、最後だけ駆け上るみたいにしようと思ってるんだ」
「いいと思います」
楽譜を見てセシルは音符を音に変えていく。うん、やっぱり惚れ惚れする良い声だ。

「あれ?セシル、筋取らないんじゃなかったの?」
そこまで私の真似をする必要はないと言えば、セシルは剥き終ったみかんのひと房を私に差し出してきた。

「春がたくさんみかんを食べられるよう、ワタシが剥いてあげています」
「え?」
「みかんを食べる春はとても幸せそうだった。ワタシはいつでも春を笑顔にしたい」
だから、ワタシの剥いたみかんを食べてください。
そう言ってセシルはそっと私の唇にみかんを当てた。

「……ありがと」
はぐっとセシルのくれたみかんを食べる。
「うん!自分で剥くよりすっごく美味しい!ありがとうセシル。楽譜書き終えたら私もセシルにみかん剥いてあげるからね」
こたつに身を乗り出してセシルに軽いキスをする。
セシルも嬉しそうにキスを返してくれた。


「よーし、張り切っちゃうよ!」
セシルのおかげで元気をもらった私は、早々に楽譜を完成させてゆったりとセシルとの時間を過ごした。




(セシルー、みかん取って)
(みかんはバスケットにもうありません……)
(えっ!?本当?……うーん、こたつから出るかみかんを我慢するか……)
(お茶のおかわりも欲しい……)
(お湯を沸かすか我慢するか……)
(ここは我慢しましょう)
(そうだね!出たら寒いし)

(セシルー、こたつで寝たら風邪引いちゃうよ)
(全身の力が抜けてもう動けません……。春の言うとおりです……。こたつは悪魔の暖房器具です。ここから一歩も出たくありません)
(明日になったら後悔するよ!)
(それでも構いません……ぐぅ)
(あーあ。明日、喉ガラガラだろうな。……とは言いつつ、私ももう眠いからここで寝ちゃおうっと……)


>>>
こたつとみかんと猫(セシル)。なんて素敵な組み合わせでしょう!
アンケートにてネタを下さった方、ありがとうございました!
恋愛要素少なめですが、日常の一部を切り取れた感じで、書いていてたのしかったです。
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