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□うたぷり
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ちらちらと雪が降る。
はあっと手に息を吹きかけても、じんじんとするだけで温まらない。

傘は持ってきていないから、頭には雪が降り積もるばかりだ。
急いで家を出たから、手袋も忘れてきてしまった。

セシルとの待ち合わせまであと15分。
最近忙しいセシルとの久しぶりのデートがやっと叶ったのだ。
服装ももちろん可愛くしておきたいと、機能より見た目を重視したことを少し後悔した。

……寒い。
時間までどこかで休んでようかなと辺りを見回しても、近くには入れそうなカフェなどは無くて。

「うぅ……セシル早くー」

柱の影で冷たい北風を凌ぐこと10分。
後ろの方から走ってくる音が聞こえて振り向くと、待ち侘びていた大好きなセシル。


「春!」
「セシル!」
ひらひらと手を振ると、少し焦ったようなセシルの姿。

「傘は持っていないのですか?」
「そう。降ると思ってなくて……」
「あぁ、こんなに手が赤くなってしまっています……!」
「ええと、急いで来たから、その、手袋忘れちゃった」
眉をしかめて困ったような悲しそうなセシルの顔を見て、罪悪感が生まれる。



「ワタシがもっと早く来ていればよかったですね。すみません」
「ううん、私が早く来ちゃっただけだから」
「鼻も耳も真っ赤です。手もこんなに冷えてしまっている……」
セシルは私の両手をそっと取って、セシルの両頬に私の手を当てた。
セシルの頬と手のひらに挟まれた状態の私の手は、突然の温度にジンジンと痛みを訴えてくる。

「震えるほどに冷たい……」
「セシルの手あったかーい」
感覚の無くなっている指先はいまいち温度を感じることはできないけれど、手のひらはきちんとセシルの熱を感じていた。
「ワタシは体温が高いんです」
「いいなぁ。私、末端冷え性だから」
「アナタが気に入ってくれたのならば、とても嬉しい。いつでもワタシが暖めてあげます」
「セシル湯たんぽなんて、贅沢だね」
「はい。春専用です」
甘ったるい言葉が耳になじむ。セシルの恥ずかしい言葉もようやく慣れてきたところだ。

嬉しそうに目を細めて、セシルはぎゅっと私の手を強く握る。
平均的な身長の私は、背の高いセシルの頬に手を添えるのは少し大変だった。
それでも一生懸命にセシルが私を暖めてくれようとしてるのが嬉しくて。
私の手を温めながらじっと私の目を見てくるセシルを、私も無言で見つめる。
セシルと私の吐く息が白く上って行く。

寒いなぁなんて思いながらも、しんしんと降る雪が周りの音を吸い込んで、まるで二人だけの世界に思えてしまう。
私の瞳の中を覗き込もうとするセシルに、私はようやく沈黙を破った。

「セシル、寒いよ。手はあったかいけど」
はっと我に返ったセシルは、途端に焦り始めた。
「あぁ、すみません!春を暖めなければと思ってこうしましたが、ワタシを見つめるアナタはとても可愛らしく、つい見とれてしまいました」
「恥ずかしいなぁ、もう……。さ、どこかカフェでも入って、あったかいもの飲もう?」
せっかく温まった手をセシルから離すのは名残惜しいけれど、セシルの手のひらを取って歩き出した。

「って、え?セシル?どこに行くの?駅はあっち……」
駅とは正反対の方向に引っ張られ、私は躓きそうになりながら歩いた。
「このまま外に居ては、春が風邪を引いてしまいます。今日は家に帰ってゆっくり温まりましょう」
「えぇ!?せっかくのデートなのに!」
何日も前から楽しみにしてたんだよ!と訴えたけれど、セシルは言ったら聞かないタチだ。
「では、一回温まってからもう一度出掛けましょう。その服はとても可愛らしくて似合っています。けれど、とても寒そう」
「それは……だって、セシルに可愛いって思ってもらいたいし、お似合いのカップルだって思われたいじゃない」
「春が可愛いことはちゃんとわかっています。春、お願いです。ワタシの願いを聞いてください」
しゅんとうなだれたセシルは、私より背が高いのに上目遣いで私に懇願してきた。
あーもう、そんな顔ずるい!

こうなったらさっさと帰ってさっさと暖まって、また出掛けよう!今からならまだ夕飯くらいは食べられるしね。
セシルは右手の手袋を私の右手につけて、私の左手を握ってセシルの手ごとポケットの中に入れた。
わ、なんかこれってすっごくカップルみたい!
先ほどのスネてる気持ちなんて今ので一気に吹き飛んでしまった。

「セシルって魔法使いみたい」
「? なぜですか?」
「ふふ、内緒」
くすぐったい気持ちで家に帰ると、セシルはすぐに暖房をつけてソファに座り、セシルの膝に私を座らせた。
「身体中が冷えてしまっています。早く暖めなければ」
セシルの大きい身体で私の身体がすっぽりと包み込まれる。
こういう恋人らしいことをするのはちょっぴりまだ恥ずかしい。だけどセシルはこういうスキンシップが大好きみたいで、隙あらばくっついてくる。
嫌だなんて思うことは一瞬だってないけれど、やっぱり少し恥ずかしいかな。
それでも寒さで強張った身体はセシルの温度でゆっくりと緊張を解いた。
「セシル、あったかい」
「ワタシも暖かいです」
セシルの体温が薄い生地越しにじんわりと広がっていく。

暖房もゆっくりとだけれど効いてきて、私の頬にも自然な赤みが戻ってきた。
「セシル、あったかいもの飲もう?ホットミルク作るよ」
「ワタシは春を抱きしめているだけで十分暖かいです。アナタさえ居れば」
ちゅ、とこめかみに唇が落とされる。
「私もセシルに抱きしめられるのは大好きだよ?久しぶりにこんなにゆっくりできるのもすっごく嬉しい」
「なかなか休むことが出来ず、すみません」
「ううん。セシルがレッスンとかお仕事頑張ってるのはわかってるよ。ちょっとだけ寂しいけどね」
私の言葉でセシルも少し切なげに表情を曇らせた。
「はい。ワタシも寂しいです。それでも、春が家で待っていてくれると思うだけで、ワタシはいくらでもやる気が湧いてきます」
アナタのおかげです。
セシルは甘くとろけた瞳と声で、私に語りかける。

「アナタと共に居られるだけで、ワタシにはかけがえのない時間になる。アナタを暖めることができる時間も、アナタに口付ける時間も、アナタに愛を紡ぐ時間も、いとしくてたまらないのです」
鼓膜に直接教えてくる声は、耳元で話しているせいでこそばゆい。
「アナタをもっと愛したい。もっと、愛していると告げたい。私の愛で春の全てを包みたい」
いつのまにか横抱きにされて、セシルの碧の瞳に捕らわれる。高級な宝石のようなそれにうっとりと酔いしれた。

「その愛らしい唇で、ワタシの名を呼んで。愛していると言ってくれませんか?」
「セシル」
「はい、春」
「セシルのことが大好き。セシルの愛で私は生きていられるんだよ。ずっとずっと、好きで居てね。離さないでね」
「もちろんです、My sweet heart. アナタを愛することができるのは、アナタに愛されることができるのはワタシだけ。アナタを奪おうとするならば神にさえ抗いましょう」

そっと瞼に唇が下りて来る。
ちゅ、ちゅ、と可愛い音を立てて、おでこや頬、鼻にまで唇が触れた。
「唇にはしてくれないの?」
「唇にしてしまったら、春に夢中になってしまいます。ほんの少しでもアナタから離れたくなくなってしまう。春はまた外に出掛けたいでしょう?」
ぶわっと身体中が熱くなるのがわかった。

「い、いよ。私もセシルと居られるならどこでもいいから……。デートもしたいけど、今はセシルにキスしてほしい、な」
恥ずかしくなって小さい声で「愛してる」と呟いた。

「っ……ん」
肉厚の唇が性急に私の唇を求めてきた。それでもセシルはやっぱり優しくて、啄ばむだけのキスを何度か繰り返したあと、そっと唇を舐めた。
それを合図に唇を開いて受け止める。
これだけの行為が、どうしてこんなにも熱を生むんだろう。
すごく恥ずかしいのに嬉しくて、もっともっととねだってしまう。


情動の濁流に飲まれて、必死にセシルに愛を紡ぐしかできない。
キスの間の睦言はギュウギュウと胸をいっぱいにさせて、頭が真っ白になった。


「春、春……愛しています」

たくさんキスをして、たくさん愛していると言って、夜に溺れた。
寒い寒い日には、二人でこうして暖め合おう。
二人で居るだけでいつも胸は燃えるように熱いのだから。


>>>
アンケートにて、「寒い日にセシルさんに暖めてもらう」というリクエストを下さってからかなり時間が過ぎてしまいました……。
もう寒くないのにまさかの雪の日ネタ……!
セシルさんのほっぺと大きな手で冷えた手を温めてもらいたいなぁと思ってできた作品です。

アンケートで、セシルさん人気が高かったので、精力的に書いていこうと思っています。
今のところ、アグナパレスでの生活シリーズを2つほど考えております。
リクエストして下さった方、ありがとうございました!
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