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□うたぷり
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・生理の話


私は今、世界で一番幸せな人間だと思う。
セシルという運命の人と巡りあえて、とても大切にされている。
まさかセシルについて行って、アグナパレスで暮らすなんて、一年前の私は思いつきもしなかっただろう。
しかもアグナパレスの王であるセシルと結婚するということは、イコール私は王妃になる。まだ婚約しているから、次期王妃といったところかな。
一般庶民から王族までずいぶんと一気に飛躍してしまったなぁ。日本の歴史上で見たことのあるような事例だ。

例に漏れず、私も花嫁修業という名目でアグナパレスでの常識を学ぶべく日々勉学に勤しむ毎日である。
日本語を話せる人があまり居ないので、お世話をしてくれる人はみんな私の練習相手だ。
たまに少し寂しさを感じることはあるけれど、セシルはそれを酌んでくれて、執務に忙しい中で日本語で話してくれたり私の相手をしてくれる。
教育係の人は私の破天荒さ(私は普通のつもりなんだけど、いかんせん貴族は大人しい)に、顔をしかめてばかりだ。

一般人ならばほとんど考えることのない、国民の幸せを願うことやら凛とした王族の振る舞いはなかなか私にはピンと来ない。
ここでの一般常識を覚えることすら難しいのに、アグナパレスの実情やら歴史をマスターする余裕はほぼ全くない。
教育係によく叱られる私ではあるけれど、侍女も優しく接してくれるし、まあ今のところはぼちぼちやっている。


「ふぁ〜、幸せだぁ」
森の匂いがするバスバブルを入れてくれた浴槽に、私はゆったりと浸かっていた。
「癒されるー……」
朝っぱらからお風呂に入っている私だが、これには正当な理由がある。

わかる人にしかわからない悩み、それが生理痛だ。
男の人はもちろん、女の人といえど生理痛が軽い人にはわからないこの苦しみと辛さ。
じりじりと鈍い痛みと、ズキズキと鋭い痛みが交互にくるのを耐えるだけで体力と気力を使ってしまう。
腰はだるいし頭はボーッとするし、痛すぎて吐き気がするし。
初潮から今までずっと悩まされてきたもので、相当長いお付き合いだ。
もちろん病院に通って鎮痛剤をもらっているから、何もしないよりかは幾分かマシになる。
それでも痛むときには痛むし、薬のせいなのか眠気まで襲ってきて、とにかく身体の倦怠感が半端ないのだ。

縦の物を横にするのもダルい。何もやる気が起きない。眠い。
そんなナマケモノのような生活が月に1度、約1週間起こるのだ。
セシルも私が月に1度、瀕死状態になることは知っている。
その理由はさすがに言えないので濁したけど、とりあえずそういう状態になることは理解してくれたようだ。

私がぐうたらしていると、セシルは何の文句も言わずに私のお世話をしてくれた。
まったく、出来た恋人だわ。私ってなんて幸せ者なんだ。
アグナパレスに来てからもそれを侍女に伝えてくれていたようだ。

今月もまたやってきた。地獄の生理期間。
侍女に起こされてもなかなか起きれずにいると、フルーツと水を持ってきてくれた。
少しだけフルーツを食べて、日本から持ってきていた薬を飲む。
薬が効くまで横になって、しばらくしたらお風呂の準備が出来たからと連れて行かれた。

そして今、私は湯船に浸かっているのである。
鎮痛剤と全身が温かいお湯に包まれているおかげで、痛みはほとんどない。
腰はダルいし眠いし頭はボーッとするけど、痛みがないだけで驚くほど楽だ。
ほんわかしながら湯船につかっていると、侍女が数人来て、私の身体を洗ってくれた。
いつもなら拒む私だけれど、生理の時ばかりは拒む気力も体力もない。
とりあえず、儀礼的に「大丈夫ですよ」と告げたけど止める気配はないので、侍女たちに甘えることにした。

優しく洗い上げてくれる手にうっとりとしてしまい、湯船に浸かりながら眠ってしまいそうだ。
ふわぁぁと大きな欠伸をして、眠た目をこする。
身体がポカポカしてきたところで、タイミング良く泡が流され、されるがままに身体を拭かれた。
さすがに服を着るのは自分でやったけれど、見事なエスコートで私は部屋に戻った。
髪をタオルドライしてもらっている間にお肌の手入れをされる。
冷たいものに触るとお腹が痛くなってしまうので、手入れを嫌がると人肌に温めてくれて手入れを再開してくれた。
至れり尽くせりとはまさしくこのことを言うのだろう。
セレブのお嬢様にでもなった気分だなーと思って、そういえば次期王妃であることを思い出す。
セレブって言っていいのかはわからないけれど、優雅な暮らしであることは確かだ。
お肌のお手入れが終わったあたりで、髪にトリートメントが塗られる。
櫛でまんべんなくトリートメントを広げていると、ノックと共に扉が開いた。

寝ぼけていた私は気にしていなかったのだけれど、次いで聞こえた愛しい人の声に目を開いた。
「春、おはようございます」
「あ、セシル!」
トリートメントの最中なので立ち上がって駆け寄ることが出来ない。
アグナパレスの言葉で何やら侍女と話しているけれど、速いので聞き取れない。
ひとつ頷いたセシルは私の目の前にある鏡越しに私を見つめた。
「体調は大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう。眠いけど大丈夫だよ」
「今日は春の教育係に言って、勉強は休みということにしてもらいました。今日はゆっくり休みましょう」
「えっ、いいの?」
「はい。それとワタシも休むことにしました。今日はずっとアナタの傍に居ます」
肩に置かれた手をぎゅっと握る。嬉しくてついつい顔がにやけてしまう。
「髪を乾かして横になりましょう。ワタシが乾かします」
侍女たちが、私たちがやりますと言っているみたいだけれど、セシルはやんわりとそれを断った。
「ワタシがやりたいのです」
ドライヤーを手にしたセシルが、トリートメント済みの私の髪にドライヤーを当てる。
「ありがとう。いつもいつもごめんね」
私は毎回、こうやってセシルに髪を乾かしてもらっている。
身体がだるいので自分でやる気が起きずに、気持ち程度に乾かして放っておいたらセシルがやってくれるようになった。
人にドライヤーかけてもらうのって、気持ち良いんだよねぇ。
「久しぶりに春のお世話ができて、とても嬉しい」
そういえば、毎月嬉しそうにお世話してくれていたっけ。
今度私もお世話してあげようと心の中で思いながら、温かい風にうとうとしてしまう。
せっかくセシルと一緒に居られるんだから起きていたくて、眠らないように話しかけた。
「ねぇセシル。今日、セシルもお休みしたっていうけど、大丈夫なの?」
アグナパレスの王であるならば、かなり忙しいはずだ。
実際、私がアグナパレスに来てから、セシルと一日中一緒に居れたことは数えるほどしかない。
「いいのです。最近は忙しくなかなか春との時間も取れませんでした。今日中にしなければならない仕事はもう終わったので、アナタとずっと一緒に居れます」
「本当に?無理しないでね?」
「愛する人が苦しんでいる時に傍に居たいと思うのは当然のことです」
「でも、」
「それだけではありません。春の顔を見る時間も少なく、ワタシも疲れていました。だから今日はずっとアナタを抱きしめていたい。アナタを感じていたい」
いけませんか?と恋人に聞かれて、ダメなんて言えるはずがないし、言うつもりもない。
「セシルと一緒に居られることは嬉しいよ。でも、絶対に無理はしないでね」
「春がワタシの元気の源です」
ニコリと微笑まれてつい顔を赤らめる。
これだから純粋培養の王族は困る。というか、セシルは恥ずかしいという感情を持っているのかと疑いたくなるくらいキザだ。
ストレートにそんな言葉をもらって嬉しいから止めてほしくはないんだけどね。

「できました」
おしゃべりをしている間に髪が乾いたらしい。
櫛でキレイに整えてくれて、ついでに「可愛らしいです」とキスまでいただいてしまった。

手を引かれてベッドに向かい、二人で横になる。
宣言どおりセシルが私をぎゅっと抱きしめてくれたおかげで暖かく、お腹の痛みもひどくならなかった。
「春、ワタシの愛らしい恋人。今まで離れていた分だけアナタのことを聞きたいけれど、今は眠ってください」
薬と身体のだるさが相まって眠気がピークに達していることに気づいてくれたのだろう。
小一時間前まで寝てたというのに、こういうときの睡眠欲は全てを凌駕してしまうから不思議だ。
「でも、私もセシルと話したい……」
「アナタが目覚めたら、たくさん話をしましょう。そうして、アナタの甘い声に耳を傾けたい」
セシルが乾かしてくれた髪をセシルの長い指が梳く。
セシルの温かい手に撫でられると、もっと眠気が押し寄せてくるというのに。それを知っているセシルは手を止めてくれない。
「安心してください。春が眠った後も、目覚めてもワタシはずっとここで春を抱きしめています」
その言葉に一気に力が抜けた。
「眠っててもずっと一緒?」
「はい。永遠にアナタの傍に……。おやすみなさい、my sweet heart」
額にキスが贈られて、ついに私は夢へと意識を手放したのだった。

(眠っているアナタですらワタシのモノにしたい)
(夢で逢いましょう)

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生理の時、髪乾かすのがとてつもなく面倒だったので書いてみました(笑)
アンケートでセシルをリクエストしてくださった方、ありがとうございます!
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