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□ゲーム
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その口元にやさしさを浮かべてくれれば、どんなに嬉しい事だろう。
君が俺に気持ちを返してくれなくたって、俺は君の笑顔が見れたらそれでいいと思う。


けど、俺はどんどん欲張りになっていってしまってるんだ。
見つめていたいと思った。最初はそれだけでよかった。
それが叶ったら、次は話したいと。そして、自分を見て欲しいと思うようになった。

そうして誰も知らない君を、俺だけに見せてほしいなんて思ってしまうようになった。


「俺ってほんとわがまま……」
「うん?何か言ったか?」

珍しく俺とキョンが部室に一番乗りした今日。
いつもの定位置についた俺は、ここ数日考えていた悩みをつい口に出してしまった。



未だに長門さんの気持ちがわからない。
嫌われているわけではないと思うけど、ただ俺が誘うから頷いているようにしか思えない。

長門さんの表情が読めるわけではないし、もともと彼女は口数も少ない。
常に行動を共にしているわけでもないから、実際に関わっている時間はキョンより少ない。


もっと一緒に居たいと思うのは俺の我が儘なんだろう。
デートして一緒に下校して、二人きりになった時間は少なくはない。



いつも俺は恋を自覚するんだ。
長門さんを見つめている時も話しているときも、帰り道で別れる時も。
いつまでも一緒に居たいと、ずっと寄り添っていたいと。


「欲張りだよな、俺」
「は?お前が?」
「そう。期待して喜んでもっと望んで、長門さんに迷惑ばっかり掛けてるんじゃないかって」
「日高……」


触れたいと思ってしまう。
白く透き通りそうなほどの滑らかな頬、手触りのいい髪に大きな瞳。

小さな唇。



「我慢の限界かも。良い人でいる…ってのがしんどい」

もっと上を期待してしまう、自分のささやかな欲望を満たしたいと渇望する自身。
好かれている、なんてそんな大それた確信はない。

「何かしら変化を求めてしまうんだよなー……最初は見てるだけで幸せだーなんてお気楽なこと言ってたのにな」
ぼんやりとひとりごちていると、キョンが気まずそうに話しかけてくる。



「日高、俺は長門はー……」
キョンが椅子から立ち上がりかけたとき、タイミングが良いのか悪いのか、部室のドアが開いた。
俺たち二人がドアを開けた人物を確認すべく、視線を向けると。

噂をすれば影、とでも言うべきか……現れたのは長門さんだった。


「長門……」
「今日は部活動はないと黒板に書くように頼まれた」

長門さんは静かに部室に入り、黒板に細い文字を書き込んでゆく。
綺麗な字だよなぁと俺はまた恋してしまう。


「そうかよ……じゃ、俺は帰る」
じゃあな、とキョンの視線の意図をきちんと汲んで俺はしっかりと頷く。


キョンは、決着をつけろと言っているんだろう。
こんなぐだぐだな俺の背中を押してくれた。いいやつだ。




カタリ、とチョークを置く長門さんに俺は声をかけた。
「長門さん、今から予定ある?」
ふるふると横に首を振ったのを確認して、椅子を勧めた。

「あの、さ……長門さんは気付いてないかもしれないけど」
緊張を隠すように、ははっと自嘲してみせる。
そしてぽつりぽつりと俺は話し出した。

俺がキョンに頼んで部活見学をしたことも、その理由も。
偶然すぎたあのデートの企ても、ぜんぶ。





長門さんはまるで物語を聞くかのように、俺のつたない話に耳を傾けていた。

「……えっと、つまり……長門さんが好きなんだ。だから、付き合ってほしい」

そういってチラリと長門さんの表情を窺うと、長門さんはじっと何かを考え込んでいた。
この沈黙が気まずいなぁと思っていると、ふと長門さんが口を開いた。

「あなたは……」
「え?」

「あなたのその『好き』という感情がただこの閉鎖的生活に刺激を与えるべくして育った一過性の感情だったと仮定して、」
「な、がとさ……」
「その感情から派生した数々のあなたのとった行動によって、涼宮ハルヒを筆頭に様々な干渉が起こっている」
「かん、しょう?」

「そう。そしてわたしという個体にも、以前では観測できなかったイレギュラー因子が発生した。原因はあなた」
「……」
「あなたは涼宮ハルヒの協力を得て、あの日わたしと探索に出かけた。あなたはわたしという個体に物的興味を抱きながらも、積極的な情報収集を行わずに無目的に街を徘徊しただけ。
そして信号機が点滅した時にあなたは反射的にわたしの指を掴んで走った。その時あなたの個体温度が微かとは言いがたい上昇を見せた。わたしの個体温度も連なって一定期間熱を持った。
わたしの右手は今現在もその強い感触を記憶している」

「それって……」
どうしよう、顔がにやける。
長門さんの言葉は長くて難しい言葉が羅列していて正確に受け取れたかはわからないけれど、端的に言えばあの日のことが印象深いってことだよな?

「あなたの言う『好き』という感情がその行動や状態を表すものならば、わたしのそれは決して一致しているとは言えない」
浮かび上がった心が、その一言(?)に一気に急降下した。

「けれど、それを違うと断定するだけの要素がないのも事実。寧ろその感情が一致していないという裏づけより、それを違うと断定できない裏づけの方が圧倒的に多いと言える」
「……ごめん、俺、頭悪いから長門さんの言っていることが難しくてわからないよ。もうちょっと噛み砕いて教えてくれないかな?」


「端的に表せば、『好き』とは言い切れないけれど、『好きではない』と言い切れない要素の方が強いということ」
「つまり……」
「あなたの望む『好き』という感情かはわからないけれど、わたしはあなたに好意を持っているということ」



告白してから返事を汲み取るまでにかなりの時間がかかってしまったけれど、長門さんは俺を好きになってくれたってことでいいのか?
消化不良の俺は、くどいとは思ったけど、もう一度聞いてみることにした。


「えっと、俺が長門さんを好きって言ってるのは友達としてではなくて、恋愛対象としてっていうことなんだけど……」
俺は焦りながら、例えばね、と切り出した。
「俺は朝比奈さんや涼宮を友達としては好きだけど、長門さんに感じる好きとは別モノってこと。
つまり、長門さんはキョンや古泉くんを友達だと思っていたとして、けど俺にはキョンたちとは違う好意を持っていてくれていたら、俺は嬉しいなって思う。………どう、かな?」

「彼や古泉一樹はある事情上わたしにとって特別な存在ではあるけれど、それ以上でも以下でもない」
それに……と長門さんは淡々と続けた。
「あなたしかわたしの手をとることはしない。あなたしかわたしの探している本を取ることはしない」


あなたしか、わたしの頭を撫でたりしない。



そう言って長門さんは俺が頭を撫でた時のように可愛く表情を和らげた。
そうしたら俺もなんだか力が抜けてきた。
愛しさでいっぱいになる。
小さく可愛らしいこの人に、愛しさを伝えたくて。

「好きだよ、長門さん」
「……そう」


俺をじっと見つめるアーモンドアイズがひとつ瞬きをして、長門さんは小さくいつものように呟いた。

「長門さんらしいけど」
俺は苦笑してしまって、けれど長門さんの柔らかい髪にやさしく触れながら先をつむぐ。

「長門さんも同じ気持ちでいてくれるんだったら、俺と同じように言葉にして欲しいな」
思いがけず甘い声音でねだってしまった俺は、胸中は照れでいっぱいだった。
ポーカーフェイスは苦手ではないとはいえ、ホント漫画みたいな展開すぎて平静を装えない。


「……好き」
俺の見間違いや願望でなければ、長門さんの頬は少しだけ赤みを帯びていた気がする。
そうしたらもう堪えきれなくなって、ガバッと長門さんを抱きしめてしまった。

「………っ」
「ごめん、嬉しくて……。嫌、かな」

バクバクと早鐘を打つ心臓なんていくらでもバレてしまえ。
そして長門さんも同じようにドキドキしてほしい、なんて俺の我が儘。

「あなたなら嫌じゃない」

殺し文句もいいところだ。
さては長門さんは天然なんだろうか?



「もうひとつだけ、お願いしていいかな」
こくり、と頷く長門さんの額が俺の肩にこすれた。


「名前で、呼んで欲しい」
切羽詰ったような真剣味を帯びた口調に、長門さんも何か感じることがあったのだろうか。

その小さな口で、俺の名前を呼んで。
まだ触れたりはしないから、せめてその口唇に俺の名前を刻んで。


「日高春」
「うん……下の名前だけで呼んで」
「春」

「……ありがとう」
きゅっと細い身体を拘束する力を強めて、すぐに話す。
そして俺も彼女の耳元で囁くんだ。

「大好きだよ、有希」


**

あのあとしばらく無言のまま抱きしめあっていたら、部活終了のチャイムが学校中に鳴り響いた。
なんだか気恥ずかしくなってしまった俺は、照れているのを隠しながら帰ろうと促した。

「でも、キョンと涼宮に感謝だな。ほら、さっきも言っただろ?協力してくれたって」
こくり、と有希は頷いた。
「涼宮はほんとすごいよ。俺が恋愛相談をしたら「絶対二人をくっつける!」って言ってくれてさ。すごい心強かったな」

「彼女の願望の結果ではない……」

「ん?何か言った?」
「……何も言ってない」
「そっか」


そうだ、と俺は有希の方を向いて聞いた。
「SOS団はみんな俺の恋路を応援してくれたから、成就しましたって報告したいんだ。もちろん、有希が嫌じゃなかったらだけど」
「嫌ではない」
「……そっか、ありがとう」

ニコッと俺は有希に笑んで、言い足りない愛の言葉を紡ぐんだ。


(ありがとう、おれをすきになってくれて)
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