z

□ゲーム
18ページ/22ページ

日高が文芸部部室に来るようになって半年が経った。
意味不明な災難が俺に降りかかっていたことも知らず、日高は毎日のんきに過ごしている。

ハルヒは隔週で二人をデートに連れまわしている。
そして俺も連れまわされている。


不思議なことだ、と俺は思った。
日高が長門とのデートを楽しんでいるのは明白だ。

しかし、長門がそれを嫌がってはいないのではないかとも感じる。
まあそりゃあヒューマノイド・インターフェースには、遊園地や映画やウィンドウショッピングなんて経験はないんだろうがな。

無表情な長門のその瞳の奥には、いつもとは何か違うものが宿っている。






この半年間で、日高は長門の表情を読み取れるようになったらしい。
長門の思考は難解だが、本や食べ物などの好みは把握をしたのだろうか、意外に気がつく男だ。


俺はもう日常になってしまった「日高が読書中の長門を観察する」という光景を観察していた。
朝比奈さんが淹れてくれたお茶をありがたくいただきながら。

当の本人たちは一口も手をつけてないんだけどな。
ったく、朝比奈さんが手ずから淹れてくださった茶を……。


「ふふ……」
「…?なんだ気色悪い」
古泉が気持ち悪い笑みをこぼした。

「いえ、あなたは父親のようだと思いまして」
覚えのある感情にぐっと言葉を詰まらせる。
古泉は声を極力小さくして、
「さしずめあなたと涼宮さんが夫婦で、お二人はお子さんでしょうか」
「あんな嫁と子供はいらん……」

はあ、と深いため息を吐いてもう一度二人を見る。
相変わらず日高は楽しげだ。



かたん、と長門が席を立った。
静かに本を元の位置に戻し、次の本を探そうとする長門の肩を日高が叩いた。

「図書室、行かない?そろそろここの本も読み終えただろうし」
長門はチラリとハルヒを見た。
ハルヒは二人の動向に爛々と目を輝かせている。

「涼宮、図書室行ってきてもいいかな」
「もちろんよ!今日はもうサイト巡回も終わったし、解散にしましょう。あとは自由行動よ」
カチカチとハルヒがマウスで操作をしたあと、ヴンと鈍い音を立ててパソコンが動きを止めた。


「自由行動か……どうする?」
図書室に行くかと日高が長門に問えば、長門はいつもの長考をせず、すぐに頷いた。


これには俺もおや?と目を瞠る。

ハルヒを観察して情報統合思念体に報告することが長門の使命であるわけだ。
ということはもちろんハルヒへの観察が終わったとなればあとは長門は帰宅するだけだ。
コンピュータ研にも最近顔を出してないらしいし、そっちに行ってもいいわけで。


端的に言えば、長門は日高を選んだということだ。
これには古泉も多少思うところがあったらしく、目が合った。
「じゃあ、俺たちはこれで」
「さようなら、キョンくん古泉くん涼宮さん」
「また明日ね、みんな!」


俺たちは一足先に帰路に着いた。
そしてくそ長い下り坂を古泉とハルヒと下っているわけだ。

「やっとあたしの努力が実を結んだわね!」
「努力って……」
お節介だろうとは古泉のために言わないでおいた(俺のせいでバイトを増やしてしまうのはなんだか忍びないからな)。

「確かにおおきな前進ではありますね。長門さんが自ら日高くんとの行動を望んだのですから」
「自分できっかけを作っていく男じゃないとユキはあげらんないわね!」
最初と言ってることが違うだろと言っても、上機嫌なハルヒはまったく聞いていない。






「いつからなんだろうな」
俺がポツリとこぼす。

「何がよ?」
「長門が日高に興味を持つようになったのだよ」
「いつからって……そりゃ初デートのときからに決まってるじゃない!」

ハルヒの言葉に疑問を覚えたものの、ふとあの時の長門を思い出す。


右手の指を数本掴むようなしぐさをして、喫茶店に入っていった長門。
そして俺は納得するほかなかった。


「つか、長門はどうなんだ」
「どう、とは?」
今度は古泉が俺の話に乗っかってくる。

「日高をだな……」
「ああ、恋愛対象として見ているのかという事ですか?」
なんだか俺が気恥ずかしくなりながら頷く。

「少なからず好意は抱いているんじゃないでしょうか。それが友愛か恋愛かはわかりませんが」
俺と同じ意見の古泉に俺はまた唸る。

「何言ってんのよ!最初はまるっきり興味持たれてなかったんだから、意識されるだけマシじゃない」
ハルヒのあっけらかんとした、しかし的を得ている意見に俺も古泉も頷くしかない。




「あ」
それなりに平和に終わろうとしていた一日に、しかし俺は重大な異変に気付いて愕然とした。

「何よアホ面さらけだして」
「アホ面は余計だ。体操着を部室に置き忘れた……」
「やっぱりアホなことじゃない」

明日から3連休だから、さすがに持って帰らないとマズい。
もう俺たちは坂の中ごろまで来ていたが、引き返すしかないだろう。

俺は今日何度目かわからないため息を吐いて、ハルヒたちと別れた。




歩調を速めてやっと昇降口に着く。
「忌々しい……」

口癖をつい滑らせてしまうと、近くで声が聞こえた。日高の声だ。


「長門さんって……」
ふふ、と穏やかな笑みを声に乗せる日高。

そして俺は衝撃的な瞬間を目の当たりにした。

日高が長門の頭を撫でていたのだ。
いや、単に頭を撫でられている現場を見たからって俺がこんなに動揺することはないだろう。


長門が甘んじてその行為を受けていることやその他もろもろ、俺にしかわからないであろういろいろな感情があちこちで交通事故を起こしているのだ。

というか一番の理由は、何よりもこの雰囲気が甘ったるいものだということだ。
そして、長門の瞳が俺がみたことのないくらい柔らかい眼差しを放っていたということ。



もうあの二人は既に、恋人というやつなのだろうか……。
いやそれなら日高のことだ、俺やハルヒに報告するだろう。
ということはまだあの二人は付き合っていないんだよな?
ならどうしてあんな甘ったるい雰囲気をまとっているのか……。



俺の思考は留まることを知らず、いま人生の中で一番頭が動いているんじゃないかと思うほどだ。


「あ、キョンくん。帰らなかったんですか?」
いつもなら癒されるはずの朝比奈天使の声にすら、俺は肩を跳ねさせてしまう。
「い、いえ、朝比奈さ……」

「キョン?朝比奈さん?」
日高の俺たちを呼ぶ声には更にびくりと反応してしまった。

「まだ残ってたんですか?じゃあ一緒にー……」
「い、いや!俺は体操着を部室に忘れて……あ・あ・あさひなさんっ!一緒に取りに行って貰ってもいいですか!?」

頭の隅で「冷静な俺」がなんでこんなに俺が動揺してんだよと突っ込んでいるが、それに返事をしている暇はない。
朝比奈さんの返事を聞かずに、俺は朝比奈さんの手を取って「じゃあな!」と日高たちに背を向けた。




だだだっと部室の前まで一気に走って、そして息切れしている朝比奈さんに俺は謝り倒して、体操着を持ち帰った。
チラリと窓から校門を見下ろすと、日高と長門が一緒に下校していた。
そんな事実に俺は何だか打ちのめされた気がした。
いやいや、俺は長門の意志を尊重すると言ったんだ、応援はするさ。

なんだかんだいって、二人は互いにー……。



……俺が今日嬉しかった事は、朝比奈さんと共に下校できたことくらいか。

(キョンくん、どうかしましたか?)
(い、いえ何でもないですよ朝比奈さん……)

(もうおたがいいがいなにもみえていないのかもしれない)
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ