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□ゲーム
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私はいつものように涼宮ハルヒと彼を観察していた。
涼宮ハルヒの称する「SOS団」の野外活動としての一日を、私は観察しているだけ。

今回も彼が遅刻したということで、涼宮ハルヒが喫茶店の支払いを命じる。
彼は表情を歪めながら素直に従った。

「ユキ、なにボーッとしてんの!今日の作戦を練りにいつもの喫茶店に行くわよ!」
強引に私を連れてゆく涼宮ハルヒに従うまま、見慣れた扉が開かれるのを見ていた。
今日ここに集まった理由や目的は既に熟知している。


涼宮ハルヒが日高春と私を引き合わせるという、それだけの理由。
その為にいつもの流れに則り、さり気なさを装っている。
彼も日高春にというよりは、涼宮ハルヒに半ば強制的に協力させられている。

古泉一樹も笑顔を保ったまま、彼のいう「イエスマン」として存在している。
朝比奈みくるは相変わらず何も知らずに、いつものように存在している。




涼宮ハルヒに促されるまま、外側の席に着き、各自が定着しつつある飲み物をオーダーすべくウェイターを呼んだ。
わかっている、そのウェイターが日高春だということも。
それでも私は変わらずに「私」を続ける。


「お待たせいたしました」
「わぁ、日高くんウェイターさんだったんですかぁ?かっこいいですねぇ」とは、朝比奈みくる。
「おや、日高くん。奇遇ですね」とは、古泉一樹。

そして、涼宮ハルヒ。
「ほんっと奇遇よね!今まで会わなかったんだもの!あたしたちもうここの常連みたいなもんよ!ね、ユキ!」

こくり、と私は頷いた。
続いて涼宮ハルヒに言われ、全員のオーダーを私がすることになる。

次々にメニューを指さしてゆく。
日高春はそれをすぐにメモにとり、復唱する。

「……以上でよろしいですか?」
いつものような笑みの日高春に、肯定を返す。

「ご注文ありがとうございます」
スッとテーブルから離れてゆく日高春を見送った後、涼宮ハルヒは楽しげに言う。


「すごい偶然もあるものね!ねぇ、古泉くん?」
「ええ、日高くんのサロン姿もなかなか見ることが出来ませんしね」
「まあそこそこ似合ってたわよね、ユキ?」
同意を求められたので、頷く。




そして数分後、日高春がオーダーした飲み物を運んでくる。
「お待たせしました」
手際よく奥から飲み物を置き、ごゆっくりどうぞという言葉と共に下がろうとする。

「日高くん!今日は何時上がりなの?」
「ええっと……あと10分もすればあがれるよ」
「タイミングばっちりね!ちょうどあたしたち、不思議なことを探し始めるところだったのよ!日高くんも来なさい!」
「ありがとう、ぜひ同行したいよ」


そうして全員が飲み終えてすぐ、日高春は姿を現した。
「ごめん、待たせちゃって」
「いいのいいの!じゃあ今回のグループは3グループにするわ!めんどくさいからこの席順にしましょ!」

「めんどくさいってお前なぁ……」
彼が面倒くさそうに一応の抗議の声を上げる。

「ということは、朝比奈さんと僕、涼宮さんとキョンくん、長門さんと日高くんといったところでしょうか?」
「そうね、そんな感じ。じゃ、午後4時まで探して、またここに再集合ね!遅刻は厳禁よ、わかった?」

「は、はいっ」
「了解しました」
「……おう」
「わかったよ」

最後に私も頷いて、その場は解散となる。
「……えっと、その「不思議探索」っていうのがよくわからないんだけど、何かを探すの?」
こくり。
「不思議なものを探すんだよな……じゃあ、どこに行く?」
「来て」

小さく呟くと、日高春はおとなしくついてきた。

静かに川沿いの道を歩く。
ゆったりとした時間が流れている。

後ろには涼宮ハルヒたちが尾行をしている。
日高春は涼宮ハルヒたちの動向を多少視野に入れつつ、あたりを観察している。




「散歩は気持ちいいな……。最近は風も暖かくなってきたから過ごしやすいし」
日高春は私の返答を期待するでもなく、ただ独り言のように呟いた。

「春になれば屋外でも読書ができるから嬉しいよね。俺はいまなんとなく太宰治の作品を読み直しているんだけど、長門さんは何を読んでる?」
「読みかけの本は無い」

「そうか……。でも長門さんは分厚くて難しい本ばかり読んでるから、俺がタイトルを聞いてもわからないだろうけどね」
ははっと自嘲でもなんでもない笑いが日高春からこぼれた。
そしてまた黙り、歩みを進めてゆく。


日高春は思い出したようにときどき私に話しかけ、私もそれなりの返答を返した。


小一時間ほどあてもなく歩くと、木製のベンチが街道沿いに点在していた。


「そろそろ休憩しようか」
横断歩道を渡った先にあるベンチへ向かおうと、日高春が歩幅を少し広くとる。


「危ない」
「えっ?」
私が日高春に短く忠告したが間に合わず、私は日高春の腕を引いた。
日高春が身体を後退した瞬間、サッカーボールが日高春の真横を横切る。

「わっ!……ありがとう、長門さんが引っ張ってくれなかったら今頃顔面に思い切りボールを食らってたな」
日高春はサッカーボールを拾うと、キョロキョロと周りを確認し、地面が平らな場所に置いた。
日高春が顔をあげると、あっと驚いた表情で私の肩越しを見つめた。


「信号が点滅してる!」
端的に私にそう伝えると、不意に右手が取られた。
ふと見ると、日高春が私の手を取って駆け出している。
信号機がゆっくりと点滅し、私は引かれる力に従って足をあげた。

短かった横断歩道が視界を過ぎり、日高春の背中が視界いっぱいに広がる。


「ごめん、いきなり引っ張ったりして」
掴まれている手は人体の平均的な体温より6分ほど高い。流れる脈はあの距離を走ったにしては速すぎる。
軽く握られている指先にだけ、私にはない温かさが伝わる。


視界が、歪んだ。


横断歩道の向こう側で、涼宮ハルヒが歓声をあげている。
私はずっと握られている手を見つめていた。


「あ、ごめん。ずっと握ってたね」
パッと離された手は、すぐに温度を失くす。
不意に通り過ぎた風がそっと身体を撫でてゆく。


「長門さんはそこのベンチで休んでて。そこの自販機でお茶を買ってくるから」
いらない、と首を横に振ると、日高春は「お茶嫌だった?何を飲む?」と見当はずれなことを言ってきた。

「いらない」
運動したら水分を取らないとよくないよと窘められ、私が喫茶店でオーダーしていたから…と、アイスミルクティーを渡された。
「これでよかった?」
もう買ってしまったものは仕方ないと諦め、頷いた。



しばらく休憩した後は図書館へと行き、時間までそれぞれ読書をして過ごした。
面白かった本を聞かれ、5冊ほど探して渡す。
日高春も同じように私に本を渡した。

「これ、読んだことあるかな?」
首を横に振ると、好きかはわからないけれど読んでみて欲しいと言われた。

私はまた頷く。







「……遅いわよ二人とも!一番最後に来た者はもれなく喫茶店の飲食代を払うって言ったじゃない!」
「え、でも時間は守って……」
「時間は守っても最後に来たじゃない!」
「おいおい、お前それ強引すぎるだろ……」

涼宮ハルヒの要求を日高春は笑顔で了承し、店へと入っていった。



「おい、長門」
彼が控えめに私を呼ぶ。
私は振り向いて視線で会話を促す。

「おまえ……今日のこと全部わかってたんだろ?」
私が何のリアクションも起こさずにいると、彼は嘆息した。

「ハルヒの事を考えると頭が痛いが……俺はお前の考えを尊重するからな」



涼宮ハルヒの暴走を止める役割を担うキーパーソンは、暴走を助長させるような言動を取った。

それは彼が日高春の友人だからか。
彼が彼だからか。


「………そう」

静かに呟いて、私も喫茶店の中に入ってゆく。



体温の感じない右手をかばう左手は無意識。


(長門さん、何飲む?)
(…………)
(ミルクティー……かな?わかった)


(かれのなにかが、わたしにふれた)
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