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□ゲーム
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ふと彼女が顔をあげた。
分厚い本を読み終えて、すっくと椅子から立ち上がると本棚に読んでいたそれをしまう。
ほんの数秒だけ動きを止めて、次に読む本を選ぶべく手を伸ばした。
しかし、それは惜しくも長門さんの手に届く物ではなかった。
彼女の細くて白い指先はかろうじて本の下の方に届くだけだった。

そしてまた数秒動きを止めた後、胸の前にある本を手に取る。

「……っ、と。はい、これが読みたいんだよな?」
長門さんが読みたかったであろう本を取って渡す。
反応を示さない長門さんに、本を間違っただろうかと首をかしげる。

「あれ、これじゃなかったっけ?間違えた?」
長門さんは首をわずかに左右に振り、自分が取った本を本棚に戻した。
そして、俺が取った本を受け取る。

「また取れない本があれば、気にせず言ってよ。お安い御用だから」
こくり、と頷いた長門さんはまたいつもの定位置について、これまた分厚い本の最初のページを開いた。


俺はナチュラルにSOS団の部室に居るが、決して団員ではない。
涼宮の許可は下りているから、気兼ねなくクラスメイトのキョンと一緒にお邪魔している。



ついでにいえば、俺は長門さんが好きだ。
部室に出入り出来るようになったのは、俺がキョンに相談をして、そこから涼宮が長門さんと俺の恋を応援すると言ってくれたからだ。
俺は涼宮とキョンの心強い協力を得て、長門さんと同じ空間に居ることができているというわけ。
てっきり涼宮は団員が恋するなんてご法度だ!なんていうと思っていたけれど、話をしているうちに気付いたら応援してくれることになっていた。


……そんな涼宮に理由を聞いてみたところ。

「ユキに恋する男なんてそうそう居ないじゃない?自分からアプローチする子でもないし、いつかあたしが貰い手を見つけてあげようと思ってたのよ!」
あぁでも、結婚するまでは清い交際を続けなさいよ!とお茶を飲んでいた俺が吹き出したのは言うまでもない。
だけどSOS団の活動に支障をきたすのは厳禁だからと、デートのスケジュールは涼宮が決めると言い出した。


「お前なぁ……こいつらの問題なんだから……。というか、まだ付き合ってもないんだぞ!」
キョンが俺を心配(?)して涼宮を諫めようとするけど、それで止まる涼宮ではないと知っていた。
「言ったでしょ?SOS団の名誉にかけて誓うってね!!」
自信満々な涼宮に、無理強いはしないということで協力をお願いした。




そして俺はバイトや用のない放課後、文芸部の部室を訪れるようになった。
たまにキョンと古泉のやっているボードゲームに参加したり、編み物をやってる朝比奈さんに話しかけたり。
でも、たいていはずっと長門さんを見ているだけだ。

なんかストーカーとか変質者みたいな気分になったこともあるけど、長門さんは本に集中しているからか警戒心を露わにしない。
キョンに気持ち悪がられていないかと聞いてみたら、全然そんなことはないと言ってくれた。


それでも気が休まらなかった俺はつい先日、長門さんに直接聞いてみた。
「長門さんが本を読んでる姿がすごく好きなんだけど、見られるのって嫌かな?」
そう言葉を投げかけてから、なんか気持ち悪いこと言っちゃったなと後悔した。
だけど長門さんは、ふるふると首を振った。

「気にしていない」
「あ、ほんとに?じゃあ……見ててもいいかな……なんて変なこと言ってごめん」
ふっと視線を外す俺に、長門さんは了承したという合図をした。



それから俺は気兼ねなく長門さんを観察している。
俺の存在なんてまったく気にしていないくらい、こっちに視線を向けることがないのはちょっと悲しいけど。


「………おい」
あ、やっぱり睫毛長いなぁ。俯きがちになるとよくわかる。

「おい、日高」
「ん?」
キョンが少し顔を赤らめながら、気まずそうに俺を呼ぶ。

「ちょっと来い」
あー、折角今日は4日ぶりに長門さんを観察できる日だったのに。
俺はキョンに引きずられるまま部室を出た。





「何だよ、キョン。久しぶりだったのにさ」
「悪かったなそりゃあ。けどな………やめろそれ」
「それ?」
何のことかと首をかしげながら、続きを促す。

「お前な、長門を見てるときの顔がだらしなさすぎるんだよ」
そんなんじゃ朝比奈さんにもバレるぞと半ば脅すような口調だ。

「頬はゆるみっぱなしだし、瞬きなんてほとんどしないし。そろそろ犯罪者の域だぞ」
「え、マジ?」
マジも何も大マジだと、キョンは照れ隠しに咳払いをした。

「この調子じゃあ朝比奈さんどころか長門にも気付かれるかもな」
「それはまあ好都合だけど……。気持ち悪いって思われるのは堪えるな」
「だろ?」

それにお前の行動はいちいちクサイんだとも言われた。
「青春真っ只中な空気の中にいる俺たち第三者の人権を考えろ……」
あんなこっぱずかしい空気の中、そしらぬ顔でゲームをやれと言われるほうが酷だ。

キョンってばもっと青春を謳歌しようぜなんて言ったらぶっとばされそうだったからやめた。
だけどなぁ、と俺はため息を吐く。

「見てるだけで幸せなんだよ。特にアクションを起こしたいわけでもないんだ」
それに涼宮の案がまとまらないらしく、初デートとやらもまだしてない。
その初デートに俺も借り出されるのだとキョンは頭を抱えていたけど。



「それにまたバイトが立て込んでるし。最近みんな風邪だからシフトが回らないんだよ」
「バイト?そういえば、お前どこでバイトしてるんだ」
「図書館の近くの駅前の喫茶店知らないか?あそこだよ」
「駅前の……」


あっ!とキョンが驚いた顔をして、そうかと頷いた。
「俺らがハルヒに強制集合をかけられた時は、たいていそこで休憩するんだ」
「へえ、そうなのか。偶然だな」


「何ですって!?そういうのは早く言いなさいよ、日高くん!」
「のわっ!?ハルヒ!?いつの間に……」

話し声が聞こえたからこっそり聞いてたのよ、と堂々と盗み聞きを主張した涼宮。
ほんと涼宮って面白いやつだよなぁ。

「あそこの制服なかなかじゃない?……ふふ、あたしのデートプランがたった今完璧なものとなったわ!」
「あ、本当に作ってくれたのか?」

あったり前でしょ!と肩をド突かれた。ちょっと痛かった。


涼宮が話すデートプランはこうだ。


いつものようにみんなで集合して、喫茶店で休憩をする

そこに俺が華麗に素敵な(←この言葉にちょっと笑えた)ウェイター姿で現れる

いつもと違う俺に、長門さんはときめく

長門さんたちが店を出る時にちょうど俺もバイトから上がり、ペア分けをして不思議なことを探しに行く

長門さんと俺をペアとして、デートさせる!(因みに涼宮たちは尾行してくるらしい)


「まあ多少突っ込み所はあるが……」
「面白そうだな」
「あたしが考えたんだから当然ね!」


日高くんはシフトの調整ができたらすぐに知らせなさい!と涼宮に言われ、わかったと了承した。

そんな作戦が上手くいくかはわからないけど、長門さんと当ても無く歩くのは楽しそうだ。
長門さんは、本を読んでいない時はどんな表情を見せてくれるのだろう。
少しだけでもいいから、他愛無いことでもいいから、何か話せたらいい。


きっかけはあたしが作るから、あんたはタイミングを逃さないこと!
そんな涼宮の言葉を思い出しながら、俺たちは部室に戻ったのだった。


(結局俺は、長門さんと同じ空間にいれればそれだけでいいんだ)
(きみをみつめることができれば、それだけで)
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