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□ゲーム
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おはよう諸君。
俺はいま寝ぼけ眼を擦りながら、いつもの忌々しい上り坂を登って登校している真っ最中である。
まあもう慣れたもんさと眠気と闘いながら欠伸を噛み殺していると、いきなり後ろからポンと肩を叩かれた。


「はよー。何だキョン、欠伸ばっかりして」
……日高か。朝から驚かせるなよ。

「シャキっとさせてやったんだっつうの」
からからと朝から元気に笑うのはクラスメイトの日高だ。
こんな朝っぱらからこんなに元気がいいのは何故だろう。
小学生並の元気さだなと日高を横目に見つつ、そうかと返す。


数歩歩いて、俺はある違和感に気付いた。
いつもなら他愛のない会話に花を咲かせているはずだ。

今日の体育は外だとか、数学の宿題は何ページだったかとか。
ハルヒたちと居ることでなんとなく空気の読めるようになった俺は(大して嬉しくもないが)、さり気なくしかし直球を日高に投げた。


「……何かあるのか、言いたいこと」
「えっ?」

日高は図星でか、それとも単に俺の言っている意味がわからなかったから聞き返したのか。

「いや、何でもない。思い過ごしだ」


登校中の学生は登校中の学生らしい会話をするのが一番だろうと、俺が口を開きかけた瞬間。
日高の口からとんでもない事がぽろりと、いやボトリと落ちたのだ。
いや、ボロリというのは単に重大だから重みを付けてみただけだ。


……そんなことより、話を元に戻そう。


「………あのさ、今日、キョンの部活見学に行ってもいいか?」
俺は固まった。SOS団に興味を持つなんて、こんな奇特な奴が近くに居るとは。
SOS団に興味がある奴なんて全員奇特だ。

俺が妙な顔をしていたからだろうか、日高はやっぱりいいとこの話を終わらせようとした。


「いや、悪い。……しかしどうしてだ?SOS団に興味でもあるのか?」
「あ、SOS団っていうんだ。文芸部だと思ってた」

部室は文芸部の部室だが、名称はSOS団というふざけた名前だと教えてやると、ふふっと日高は笑った。
「あの、さ。そのSOS団に長門さんって居るだろ?」
長門の存在を知っていてしかもそれを話題に上らせる奴なんて、SOS団を除いてこいつくらいかもしれん。
それくらい日高の話は「普通」じゃなかった。


いるけど、どうかしたのか。

「近くで見てみたいなと思ってさ。俺、ああいう静かで知的な子好きだから」


なんですとっ!?

興味を持つならまだしも、「好き」という感情まで持ち出してきやがったか。
これは俺がハルヒなら即刻SOS団に入れるくらい「不思議」な事だ。


「……好きっていうのは、」
「ああもちろん恋愛感情」

……そうか。
これは喜ぶべきことなのだろうか。
友人が好きな奴が同じ部活に居るという現実は、しかし現実離れしたあいつらとは何かがかけ離れてる気がした。



「前まではよくキョンと一緒に居るなー、くらいにしか思ってなかったんだよ。部活仲間含めてみんなさ」
よくお前らが駅前で集まってるとこ見るよ、なんて言われても曖昧な表情しか見せられない。
なんたって俺たちが集まっているのは「不思議」を見つける探検みたいなもんだからな。

「俺も図書館とかよく行くんだけど、この前図書館でキョンと長門さん見つけたんだよ」
この前といわれても、長門と図書館に行ったのなんて第1回目の不思議探索だけしかない。

「彼女ずっと立ち読みしてるから、俺が椅子に座れば?って勧めてみたんだけど、「いい」って一言でまた読み始めてさ」
その時俺に向けた目がとても綺麗に澄んでいて、不思議な子だなって思った、と日高は言った。

「結構読むの速いんだな。分厚い本ばっかり読んでたけど、ページを捲る手が早くて。俺も読みかけの本があったのに、ずっと長門さんを観察してた」
ああ日高。それは確実に恋だな。
「だろ?それから随分と時間が経った後にキョンが慌てて長門さんを探しに来て、それで二人で帰っていった」
居たのなら声でも掛けてくれればよかっただろう。
「いや、デートかなと思ったから」


俺がいま茶を飲んでいたら何メートル飛んだだろうかというくらいに、豪快に俺は吹いた。
汚いなーと顔をしかめる日高をまじまじと見つめる。

「デートなわけないだろ!デートなのに彼女を放っておく彼氏がどこにいる!」
あ、俺としたことがいろいろツッコミ所を間違えたな。
だけどそれにも日高は笑って、わかってると言った。

「俺も結局集中できなくて本が読めなかったから、すぐ図書館を出たんだ。そしたら部員みんなが集合してるのを見たから、部活なんだなってわかった」
そうか、果てしなく有り得ない誤解が解けて嬉しいよ。

俺が心の底から安堵していると、日高はもう一度、放課後に部室に行ってもいいかと俺に尋ねてきた。
「あぁ……いいぜ。ハルヒが歓迎するかはわからんが」
「涼宮ね……まあただ見学するだけだし、許してくれるんじゃないか?」
だといいがな……。

あぁ日高がハルヒに捕まらなければいいと、意外に友達思いな俺はため息を漏らしたのだった。
そして、放課後。
ラッキーなことにハルヒは掃除当番で部室に来るのが遅れるらしい。
俺はいつもの道をいつもの行き方でいつもの通り、ノックをして入った。

「どうしてノックなんかするんだ?」
それには山より高く海より深い訳があるんだよ……。また今度話してやるから。
「ふぅん」

返事は無いまま俺が部室のドアを開けると、好都合なことに長門しか居なかった。
朝比奈さんも古泉ももう少ししたら来るだろうか。
「長門、お前だけか」
俺はいつものように長門に話しかける。
長門はいつものように本を読む手を休めず、こくりと頷いた。

「あ……えっとな。こいつは俺のクラスメイトで、見学に来たらしいんだが……」
どう説明してやったらいいのかわからず曖昧に紹介すると、日高は長門を見ても表情をあまり変えることなく自己紹介をした。

「日高っていうんだ。今日は無理言ってキョンに部活見学を頼んじゃったんだけど、迷惑じゃないかな」
なんか……この日高は古泉的な雰囲気を醸し出している気がする……。

そんな変化を知ってか知らずか、長門はようやく視線を本から日高に移して、首を横に振った。
「そう。ありがとう。……よろしく、長門さん」
日高がすっと自然に手を出して握手を求めると、長門は何を思ったのか日高を見つめた。

「な、長門。それは握手を求めてると思うんだが……」
俺が控えめにアドバイスすると、長門は視線を日高の瞳から手に移し、ゆっくりと握手を交わした。


な、何だか気が気でないぞ……。
娘とその彼氏を見守る父的なポジションに居る感覚がかなり否めない……。
そしてこの空気に居づらいぞ!!



「……あなた」
長門が静かに口を開いた。
「ああ、覚えててくれてる?キョンと長門さんが図書館に居た時に話しかけたのが俺。「椅子に座れば?」ってね」
「……そう」
きっと長門のことだから、最初からわかっていただろう。
だけど納得したようにそう呟いて、また本に目を落とした。


俺が座ればと日高の近くの椅子を指すと、日高は素直に従った。
にこにことして長門を見つめている。

にこにこしてるのは古泉っぽいが、何だかいじらしい気になるのは俺が日高の気持ちを知っているからだろうな。
初めて、日高を可愛らしいと思った。いや、変な意味じゃなくてだぞ。


間を置かずに朝比奈さんと古泉が一緒にやってきて(俺はどういうことだと古泉に目で尋問したら、古泉は肩を竦めた)、朝比奈さんが美味しいお茶を日高の分まで淹れて下さった。

「古泉、ちょっと来い」
「はい、何でしょう」
部室の外まで連れて、間違っても中の日高に聞こえないように小声で話し出した。


「日高はハルヒに関係あるのか」
「……どうでしょうねぇ」
はぐらかすな。はっきり言え。

「まあ敢えていうのなら彼もあなた同様、何から何まで普通の一般人とでも言っておきましょうか」
まったくもって意味がわからん。
「彼の存在を位置づけるならば、そのまま「キョンくんの友人」とでも言いましょうか」
俺の、友人?

「ええ。まぁ涼宮さんも鋭いですから、きっと彼の恋心にすぐに気付くでしょうね。ですから「長門さんに好意を抱いているキョンくんの友人」とでも訂正しておきましょうか」
長門さんに興味を持つ人間を、涼宮さんも興味を持つでしょうね。なんて、簡単に重大なことを言いやがった。

「あんだけにこにこして長門を見てれば誰だって気付くだろう……」
「まあ、否定はしませんが」

くすくすと笑う古泉に俺がまたため息を吐いていると、ハルヒが現れた。
部室に入ってすぐに部外者の日高を発見すると、いろいろ問い詰めた。
日高はどの質問にもそつなく答えていて、どうやらハルヒにそれなりには気に入られたようだ。

「うちのクラスはダメ人間ばっかだと思ってたけど、あんたは違うみたいね」
……やっぱりハルヒが上から目線なのは変わらないわけか。


日高はSOS団に入るのだろうかとやきもきしていた俺も、日高にその気はないらしいと見て安心した。
部員にはならないけど、面白いことがあったら呼んでくれ――なんてまるで男版・ハルヒだ。
ハルヒがパソコンをいじっている時も、日高は飽きもせずにボードゲームをしてる俺たちの横でずっと長門を見続けていた。
時折、朝比奈さんと一言二言だけ会話を交わして、まるで部員のようにそこに居る。


今まで普通の友達だと思っていたけれど、日高もどちらかというと変わり者なのだということに納得した。
部活終了の合図がハルヒから出され、いそいそと帰路に着こうとした俺をハルヒは呼び止めた。ついでに日高もな。
3人だけになった部室で、ハルヒは片頬を吊り上げて探偵のごとく、日高を指差す。

「日高くん、あなたユキのこと好きでしょう!!」
誰にもバレバレなのに、日高は驚いたように「わかった?」とハルヒに聞き返した。

「当たり前よ。………で、ユキのどこが好きなのよ」
長門の前じゃ聞けなかった(ハルヒにもそのくらいの分別はつくみたいだ)ことを根掘り葉掘り尋ねるハルヒ。
日高の答えに最終的にハルヒは頷き、こう宣言したのだった。


「面白いことを思いついたわ!日高くんとユキをくっつけちゃいましょ!!」
おいおい、そんな簡単に言っちまっていいのかよ。
「いいのよ!日高くんはこんなにユキを愛してるのよ?団員の恋を応援するのも団長の務めってやつね。どう?日高くん」
上等な作戦だろうと日高に肯定を求めると、日高は「嬉しいけど」と諸手を挙げての肯定はしなかった。

それにはハルヒばかりでなく俺も驚いた。
「いいのかよ?……まあ、俺たちに首突っ込まれたくない気持ちはわかるが……」
「何言ってんのよ、キョン!」
ベシッとハルヒが俺をはたく。


「あ、違うんだ。涼宮の気持ちは素直に嬉しい。けど、長門さんは俺に微塵も興味はないみたいだから」
今日、ずっと長門さんを見ていたけれど、彼女はずっと本に夢中だった。俺には目もくれなかったなんてあっさりと口に出す日高。

「今までと同じように、これからも遠くからSOS団を見守ってるだけで、いいかな……って思ったから」
それだけ、と苦笑して日高はブレザーを羽織る。

「日高くん……あなたの言い分はわかったわ」
ああハルヒ、これ以上無駄なことを言ってくれるな。
俺の心からの懇願は、しかしハルヒに届くわけがなく。

「けど、本当に遠くから見ているだけでいいの?ユキを振り向かせたいって思わない?見守るだけで幸せなんて、そんなの有り得ないわ!いつかはもっと近くに居たいって思うようになるわよ。本当にあなたがユキを好きならね」
ハルヒの言っていることは強引に見えて、確かにと頷くだけの要素を持っていた。
「今から諦めてどうするのよ?仮にユキに好きな奴が出来たって、奪って自分に惚れさせるくらいの男じゃないとユキの彼氏だなんて認めないわ!」

それは長門の思う通りに好きな奴と一緒になればいいんじゃないか?と言えばハルヒの言葉は俺に降りかかってくるのを知ってるから、いわないでおいた。


「あはは、ありがとう。涼宮は友達思いなんだな。確かに長門さんが俺に好意を寄せてくれたら嬉しいけど、強制はしたくないんだ」
長門さんを魅せるくらいの魅力が俺にあるかもわからないしと、日高の本心がこぼれる。
「恋愛にはきっかけとタイミングが大事なの。あたしたちがきっかけを作ってあげるから、あんたはタイミングを逃さないこと!わかった?」

当事者二人のことなんかまったく考えずに、ハルヒが日高に命令すると、日高は困ったように笑って頷いた。


「……そうだな、きっかけがあっても無意味だったらその時諦めることにするよ」
「そうよ!最初っから諦めてる奴にユキは渡さないからね!?」
「よろしくおねがいします、涼宮団長」
そうやってハルヒを担ぎ上げるな、と窘めようとしてももう遅い。

「SOS団の名誉に掛けて誓うわよ!日高くんとユキはくっつくってね!」



そう宣言するハルヒの瞳は、これからのワクワクをかなり孕んでいて、俺は明日からの毎日を思ってまた嘆息するのだ。

というか……一般人である日高と、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースである長門がくっつくというのは、物理的に考えて無理なんじゃ……。
だって人間と(俗称)宇宙人だぞ?いいのかそれ、種別を超えた愛とかもうそんなんじゃ納まりきらないだろ。

けれど、涼宮ハルヒという最強の「神」を味方に付けた日高のこの恋に、不可能はないのかもしれないと思う俺も居た。


(手始めにデートね!)
(またハルヒの突飛な行動に振り回されるのか……)

(みつめるだけでよかったのに、うんめいってふしぎだ)
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