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『洋平だいすきー』
語尾に可愛らしいハートが付きそうな程、明るい声が携帯から聞こえる。
「え、春さん?」
4つ年上の彼女である春さんが、いきなり電話して来て、しかもこんなことを言うのは考えられなかった。
(だって彼女は、こっちがじれったくなるほどの奥手だ)
けれど、口調も声も携帯の着信も春さんで、間違いなく俺の彼女だ。


あちらの奥ではガヤガヤと煩くて、外にいるのだろうか。
しかも『うわっ、春いきなりすぎ』と、友達らしい声も聞こえた。

「春さん?今どこ、何してんの」
『あのねー、友達がぁ〜、洋平のこと見たいってゆうから〜、電話しちゃったぁ!』
普段からは想像できないくらい、間延びして甘えた声。
きゃらきゃらと笑う声で、これは相当に呑んでいるなと察した。

『洋平ひまぁ〜?』
「暇っちゃあ暇だけど……」
夜の10時、バイトもない。

『えっ、じゃあおいでよぉ〜!みんな洋平に会いたいんだってぇ!あたしの彼氏は格好いいんだよ〜!って自慢したらねぇ、友達が見せろってせがむの』
酒が入っているせいか、口が軽くなっているらしい。
苦笑しつつも、『格好いい彼氏』だなんて言われて面映ゆい。

「わかった。けど、もうそれ以上呑まないようにな。俺が迎えに行ったらすぐ帰るから。いいか?」
酒を止められてちょっと不服そうな声をたしなめ、店の場所を聞く。
バイクで行くから、と言って通話を切った。




そしてほんの少しだけ友達に顔を見せて、すぐに帰ってきた。
散々格好いいと誉められ、誉められたはずの俺より春さんの方が嬉しそうだった。

「よーへー、よーへー」
「はいはい、何?」
「はいはいって何よー」
いつもは年上風吹かしてる春さんも、この時ばかりは甘えたがりらしい。
ソファに座っている春さんの隣に座ると、俺の両手を取ってぶんぶんと振った。
「あはは、面白いね」
抵抗しない腕は春さんの意のままに動く。
ちょっと悪戯してやろうと、腕に力をこめる。いきなり動かなくなった俺の腕に、春さんはヤダーなんて言って離した。
「つまんないー、よーへー」
「ははっ、何だってば」

他愛のない戯れはこんなに甘ったるいものかと、くすぐったくて仕方ない。
「ね、こっち来て」
こっち、と言うほど離れちゃいないけれど、俺はゼロまで距離を縮めた。
すると、春さんが俺の頭を抱きしめてきた。

「ぎゅ〜っ!」
胸がもろに顔面に当たっているとか、子どもみたいで恥ずかしいとかいろいろ思ったが。
酒のせいで熱くなった肌がとても気持ちいい。

腕を春さんの腰に回すと、いつもみたいに柔らかい笑い声が聞こえて、春さんの吐息がつむじにかかる。

「ふふ、よーへー可愛いね」
そんなつもりはなかったけれど、どうやら今の行動は甘えたように見えたらしい。

「はは、可愛いなんて初めて言われたな」
「えー、あたしはよくそう思うよぉ?」
ずっと髪を撫でていた指は、今度は襟足をいじり始めた。
照れ隠し……だろうか。

「でもいつものかっこいいよーへーも、大好きだよ!」
ちらりと見上げても顔が満足にみれなかった。
めったにない告白だ。きちんと顔を見たいという欲に忠実になって、俺は春さんの腕から抜け出した。

「可愛い俺もかっこいい俺も好きだって?」
「うん!可愛くてカッコ良くて大好きだよ」

あぁ、頬が緩むのを止められない。
春さんに、ここまで直截な言葉で言われたことがなくて、さすがに照れる。


「じゃあ、さ」
「わっ?」
グイと春さんの身体を引っ張って、今度は正反対の体勢になった。

「ぎゅ〜」
さっきの春さんに倣って、低めの声で耳に吹き込んだ。
春さんは嬉しそうに、きゃあっと声を上げた。
あぁ、こっちの方がやっぱりいいな。安心できる。
さっきのドキドキが少し収まって、俺も春さんの髪に手をのばす。

「んー……やっぱりこっちの方が安心するね」

考えることは一緒だな、と俺も笑ってしまった。


くいっと春さんのあごに指をかけ、軽いキスを仕掛けた。
だんだんと深くなって、舌を絡めたら甘い果実の味の後、アルコールの苦みで痺れた。

「カクテル呑んだ?」
「ふぇ……?」
春さんは予想外の質問に、ただコクリと頷いた。

「……たまになら酒呑んでも良いけど、絶対男が居るところで呑むなよな」
「今日は女の子だけだったでしょ?」
「それでも心配だ」
気が気でないとちゃんとはっきり伝えると、綻んだ笑みを見せた。


「……じゃあ、洋平がついてきてよ。そしたら、良いでしょ?」
他の男を牽制できるし、春さんには俺という彼氏がいることを知らせることができて、良いかもしれない。

了解の意を込めてまた口付けを送ると、やっぱりあまい果実の味がした。



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甘々にしたかったのですが……あれ?(汗)
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