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あたしは3日ほどから、洋平断ちをしている。
あ、洋平断ちっていうのはつまり、あたしのお隣さんで幼なじみの大好きな洋平に、必要以上にべたべたしないってことです!

生まれた時から一緒に居て、洋平にくっついて回っていたあたしだけれど、今回の洋平断ちにはかな〜り深刻な理由があるんです。



それは1週間前のこと。
友達があたしと洋平は付き合っているのかと聞いてきた。
『付き合ってないよ?洋平はお隣さんで幼なじみなの』
『いつも抱きついてるじゃん』
『だって大好きだもん!』
『大好きって……恋愛感情で?』
『違うよぉ!うーん、小さい時からずっと一緒に居たから、家族っていうかお兄ちゃんって感じ?』
ニコニコしてるあたしの顔を、友達はぐにっと頬を指でつまむ。

『妹はお兄ちゃんにあんな風に抱きついたりしないよ』
『だって洋平、嫌がってないもん』
『水戸くんだって彼女欲しいかもしれないのに、春がいっつも一緒に居るから作れないのかもしれないでしょ』
『えっ、そうなのかな!?』
実は影でかっこいいと囁かれている洋平と、気兼ねなく話せるのはかなり嬉しかったりする。
幼なじみの特権で一緒に居るけれど、もしかして洋平は好きな人がいるのかな?

『春ももう高校生なんだから、自立して水戸くんを安心させてあげれば?』
『で、でもあたし……』
洋平と一緒に居たいんだけどなぁ。

そんな心の呟きを無視して、こくりと頷いた。


知りたかったのかもしれない。
洋平が居なくてもあたしは大丈夫なのか。
あたしが居なくても、洋平は大丈夫なのか……。


洋平断ちを友達に宣言してからは、一緒の登下校も寄り道もお昼ご飯を取るのもやめた。
クラスは元々違うから、全く会わなくなった。
優しい洋平はもちろん、どうかしたのかって聞いてきたけど、あたしは黙って首を振った。
そうしたら、そっか、っていつもみたいに大きな温かい手で、くしゃりと頭を撫でてくれた。
(何だか泣きそうになったのは、絶対秘密だ)


世の中の妹さんは、大好きなお兄ちゃんと過ごせなくなったら、こんな気分になるのかな?

何だか、調子が狂う。
いつもなら、お昼に花道くんがバスケ部の話とかをして、洋平も気を許した人にしか見せない優しい笑顔を向けてくれる。
帰りはちょっと寄り道して買い食いしたり、花道くんの応援したり。

なのに今は、朝寝ぼけても洋平に笑われない。
お昼は友達と買いもしない洋服の雑誌を見てきゃあきゃあ。(そんなの休み時間に毎回やってるのに)
帰りは買い食いも寄り道もしないから、1日がとてつもなく長い。

つまらない、だるい。
満開だった花が萎れてしまったような、色とりどりの毎日がモノクロになってしまったような気分。
あたしがあたしじゃないみたいだ。

こんなこと、今までほとんど考えたことなかった。


心当たりがないもやもやほど、嫌なものはない。

いや、心当たりはひとつしかない。
ないけれど、納得できない。
ついでに我慢もできなくなって、あたしはお隣さんのチャイムを押していた。

「はい?」
ガチャリと玄関が開いて、それが洋平だとわかった瞬間、あたしは一も二もなく洋平に突進した。
うっ、と鈍い声が聞こえたけど心配なんてしてられない。

今はこの広い身体を抱き締めたくて。

「ははは、タックルはよせって」
「洋平……」
「4日ぶりだな、会うの」
ちゃんと数えててくれたの?
あたしのこと、気にしてくれてたの?

「あたしが勝手に洋平断ちしたのに、我慢できなくなった」
「麻薬みてぇ」
「麻薬……?」
そうかもしれない。
だって洋平のあの笑顔はあたしにとって、1日1回は見ないと気が狂いそうなんだから。
依存性も中毒性も強い、甘く痺れそうな麻薬。


「洋平がいないとつまんなくて、ひまなの」
「うん」
「洋平のこと大好きで、洋平断ちしたらあたしは大丈夫なのかな、って……洋平も、あたしが居なくても平気なのかなって思ったけど、」
沸いている頭で、とにかく思いつく限りのことを告げた。

「平気じゃなかった」
泣きそうになって、唇を噛む。
「俺も、すっげぇ暇でつまんなかった」

ポンといつものように頭を撫でられて、それからふわりと抱き締められた。
「当たり前に横にいた春が居ないだけで、何かイライラするっつーか」

洋平の言葉にあたしは頷きながら、胸が熱くなるのを感じた。

『いつもなら』って何度も何度も考えちゃって、それは洋平が隣にいないからで。
洋平がいないとなんだか不安になって、何もしたくなくなる。


「洋平大好き……」
「それは、幼なじみとして?」

洋平の問いに、あたしははたと思考を止めた。


あ、あれ?
あたしは洋平が幼なじみのお兄ちゃんとして好きなの?
それとも……。

「わ、わかんないけど!で、でも洋平の隣にあたしじゃない子が居たらイヤ……かも」
洋平をちゃんと男の人として意識しているかはわからないけれど、洋平に彼女ができたら絶対やだって、考える前に胸が痛くなった。


「ははは、春にはまだ男の話は早かったか?」
「あたしもう高校生なんだからね!」
「わかってるって」

「そ、それに洋平だってあたしのこと好きかわかんないんでしょ」
「(ここで好きとか言ったら、こいつ困るんだろうな……)」

じろりとにらむと苦笑が窺えて、好きじゃないのかなぁといささか悲観的な結果にたどり着く。
「あー、そんな顔すんなって。ちゃんと大事だから」
曖昧な言い回しで逃げられたけど、自分の気持ちの行方もわからないのに、洋平ばかりを責められない。
続きはちゃんと自分の気持ちが固まったらにしようと胸の内で決めた。

「あたしも、ちゃんと大事だよ?洋平のこと」
「そりゃ、ありがたい」
茶化さないでよ、と口を尖らせる。
無意識に自分の気持ちに気付きつつも、大切な幼なじみの身体をぎゅっと抱き締めた。

(心地いいくらいの抱擁は、あたしの胸をどろどろと溶かす)
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