z

□WJ
20ページ/49ページ

春の陽気に誘われて、春と一緒に大きな木の下で昼食を取っている。
「今日はね、春の匂いがしたから嬉しくなって、外で食べたいなぁって」

弁当を食べ終えた春は、容器をしまいながら話を続けた。
「でも、まだちょっと寒かったかな?外だと風が強いね」
「そうだな」
「桜が咲いたら、こうしてまた外でお花見したいね」
「ああ、そうだな」

俺の拙い返答についに春は黙ってしまった。
その表情が見えなくて、俺は焦る。



またやってしまった……!
興味がないわけではないのに、どう返せばいいのかわからずにそっけない口調になってしまう。


人が苦手だった俺が、あんなに苦労して恋仲にまで進めたのに、こんな風にしていたらつまらない男だと思われてしまう……。

嫌われたくない。
けれど、こんな時どう繕えばいいのかがわからない。
人との接し方があまりに下手な自分に嫌気が差してくる。



春も、こんな男は嫌だと思うだろう。
無愛想で無口で、春を喜ばせることのひとつもできない俺だから。


「気持ちいいねぇ」
「……っ、ああ」
ネガティブな思想に歯止めをかけるように、春が口を開いた。
気を遣わせてしまったんだろうか?


「静かで心地いいね。風がどこかから音を運んできてくれてる」
草木も風に共鳴するように揺れて、さらさらと耳に心地よい。
「そうだな……」
俺にとっては息が詰まりそうだった沈黙を、春はこんなふうに捉えられるのか。
わからなかった表情が見えて、暗い気持ちは払拭された。

「ね、横になっちゃわない?」
いたずらでもしそうな程に楽しげな声音で告げられた。
しばらく二人で目を閉じて耳を澄ました。
心が洗われていくようで、ひどく気分がいい。
身体中の細胞が入れ替わってしまったような感覚に軽く身震いをした。


「なんだか嬉しいな」
「え?」
ぱちりと目をあけて春を見ると、春も身体ごと俺の方に向いていて、はからずも見つめあう形になった。

「こんなに穏やかに居られることが嬉しい」
「……」
「よく言うでしょ?二人きりの時ずっと黙ってても気詰まりしない人が、心を許してる人だって」
だからね、と春は穏やかに微笑む。

「貴志くんとおしゃべりするのも楽しいけど、こうして静かに過ごすのもいいなって思うの」
貴志くんもこの沈黙を心地いいと思ってくれてたら嬉しいな。

春が言葉を紡ぐ間、春から目が離せなかった。
胸が熱くなって、気付いたら春を抱き締めていた。

「た、かしくん……?」
「わっ、悪い。いきなり」
「ううん、嬉しいよ」
ゆっくりと背中に細い腕が回されて、もっと愛しくなる。

「俺……口下手だから、いつも春がつまらないんじゃないかと思ってた」
「そんなことないよ」
「さっきもずっとどうしようって思ってたけれど、春が心地いいって言ってくれたから俺もすごく気持ちが軽くなったんだ」
「貴志くん……」
うまく言えないけれど、自分の心を今なら伝えられる気がした。
春ならば、嫌がらずに受け止めてくれるだろう。


「俺を好きになってくれて……ありがとう」
こんなに穏やかに気持ちを告げられる幸せ。
先ほどとは裏腹に今度は春が黙ってしまった。
けれど赤く染まった耳を見つけてしまえば、何も心配することはなくて。


そうしてまた、今度は少し力だけをこめて、やわらかな愛しい身体を抱き締めた。

(君はいつも僕を舞い上がらせて、離れがたくさせる)
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ