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「約束ですよ、夏目さま!」
無邪気に笑う春と結んだ小指は、今までの誰よりも細くて冷たかった。


「……ふぅ」
俺はマフラーに鼻先を埋めながら、異常ともいえる寒さに耐えていた。

時刻は午前4時。
普段ならば誰もが寝ている時間だけど、今日は少し違った。

人びとは初日の出を見ようと、思い思いの場所に向かっている。
俺がその人ごみに混ざっているのは、懇願ともいえる約束のせいだ。
寒い季節の寒い時間に家を出たことなんてない俺が、結んでしまった約束。


『夏目さまは、初日の出を見たことがないんですか?』
『遅くまで起きてるのも、早起きも苦手なんだ。それに寒いのも嫌いだし』
『もったいないなぁ。初日の出はね、それはそれは綺麗なんですよ。澄んだ空気のおかげでいつもよりはっきりと見えるんです』
『そうなんだ……』
きらきらと瞳を輝かす春の姿が女の子らしくて微笑ましい。


『実は私も死ぬ数年前からは見れてないんですけどね』
春は流行病で病床に伏していたという。
『あんな綺麗な光に照らされたら、私も浄化してしまいそうで……』
色白の肌が朝日に照らされる場面を想像すると、苦いものを感じた。
『でもね夏目さま。今なら私……消えない気がするんです』
『……なぜだい?』
にこりと笑みを見せた春は、儚げな姿に似つかわしくない言葉を放った。

『理由を知りたかったら、私と一緒に日の出を見てください!』
いきなりの提案に俺が驚いていると、春は悪戯に成功した子供のように満面の笑みを浮かべた。


そして俺は少しの逡巡を置いて頷いた。
『いいんですかっ!?』
『あぁ、一生に1回くらいは見たいから』
『じゃあじゃあ、私と夏目さまが初めて会ったあの木の下で、お待ちしてます』
きゃっきゃっとはしゃぐ春は本当に嬉しそうだ。
こうしていると、春が妖だなんて思えないほどだ。

『暗いうちに行くからな』
『はい!約束ですよ、夏目さま!』
細い小指を出され、俺もそれに倣って小指を出した。
ひょいと結ばれた指があまりに冷たくて、俺は再確認する。

春は人間じゃないんだ、と。


妖のせいで人間と馴染めなくなった俺は、妖を半ば恨んでさえいたのに。
祖母が残した友人帳は、俺をガラリと変えてしまったらしい。

人との関わりを知らない俺に、妖は時に人以上の情で接してくれた。
春もそうだ。
ひょんなことでここに留まって、俺について回っている。

温かくやさしかった家族の話を春が懐かしそうにするたび、俺の胸がきゅうっと痛んだ。
何が春を縛っているのだろう?
春がそれから解放させるためなら、俺はなんだってするのに。
けれど春が居なくなってしまったらー……。

こんなことを考えるたびに胸が痛む。
人ごみからはぐれて、町外れへと出る。
林のような道をくぐると大きな木を見つけた。


「夏目さまぁ!」
おーい、と手を振る春に手を振り返して、木の下にいる春の前に立った。
「明けましておめでとうございます!」
「明けましておめでとうございます」
年始の挨拶をしっかり済ませるのが、やっぱり日本人だなと思う。

「良かった、来てくださったんですね!ありがとうございます!」
「約束なんだからお礼なんて言わなくていいんだよ」
気を遣わないように掛けた言葉に、春は少し寂しそうに目を伏せた。
「そう、ですね。でも私は夏目さまが来てくださって嬉しかったんです」
何が春の心に触れてしまったのだろう?
傷つけたくなんかないのに。

「そうか。じゃあ、俺も誘ってくれてありがとうって言わなきゃ」
寂しそうな顔を満開の笑顔にしたくて言うと、春は、ありがとうございます!とはにかんだ。


「夏目さま、早く早く!一番初めに出るところから見ないと!」
「わかったから、そう引っ張るなって」
春に腕を引かれながら長い坂道を駆けのぼる。
左右が林の中だったのに突然パッと視界が開けた。


「すごいな……」
「夏目さま、あそこに座りましょう」
ひとつだけ置かれた簡素なベンチに二人で腰掛ける。
小高い丘のようなところにいるせいか、目の前を遮るものはない。
山際からじわりじわりと橙が滲み出てくる。

「間に合いましたね!」
「そうだね」
少し息を切らした俺は白い息をたくさん吐きながら、山の向こうを見つめていた。

「夏目さま、ご存知ですか?初日の出にお願い事をすると、それが叶うらしいんです」
「願い事?」
「はい。夏目さまのお願い事は何ですか?」

俺を見上げる春の美しい髪を手で梳いた。
俺がいま切に願うことは、叶ってはいけないことだから。

「春の願い事が何か教えてくれたら、俺も教えるよ」
「あっ、ずるいです」
「あははは」

ほら春、日の出だよ。
促された春と共に朝陽を浴びた。
暗闇に慣れていた目は陽の刺激にじわりと潤んだ。


「きれい……」
そう零した春の声の脆さに、俺はつい手を握り締めた。
「えっ……?」
「あっ、ごめん、もし春が消えてしまったらと思って……」
「は、離さないでください!」
パッと離した手を、繋いでいてと懇願された。


「……ねぇ、夏目さま?」
「なに?」
「私、消えません。夏目さまがこうしてお傍にいてくだされば、きっと」

長い髪に隠れた表情は読み取れない。
けれどそっと頭を肩に凭れかかられ、近くなった距離が何かを教えてくれた。

「私……まだ消えなくてもいいですか?」
何か春が安心できるようなことを言ってやりたいのに、うまい言葉が見つからない。

「きれいですね、朝陽」
きらきらと朝陽に照らされた春は、俺が想像した姿より儚くて、美しかった。

「私の初日の出のお願い事は、夏目さまがいいのならばもっとずっとー……」
消え入りそうな声に、繋いだ手を強く握った。


「俺の願い事も叶えてくれるかな」
「ええ、お陽様はすごい力を持ってますから」
「じゃあ、春の願い事が叶いますように、って」


俺の少し気障になってしまった願い事に、春は何も言わなかった。
寄り添っていた身体が隙間をなくしただけだった。




なぁ、春。
あまりにも空気が冷たいせいかな。
繋いでいる手は小指を結んだ時よりいくぶん、暖かったんだ。


(きみがねがうならぼくもまたねがおう)
(おひさまじゃなくたってぼくがかなえてあげるから)


>>>
明けましておめでとうございます!

今回は妖主人公に初挑戦です。
妖というより、幽霊になった感は否めませんが……。

夏目くんの夢は見ても書いても癒されますね。
書き始めが暗くなったようなのでそれに引きずられて、しっとりな夢になっちゃいました。
でも王道なお話(笑)


拙い作品がみなさまの心にふれることができれば幸いです。
今年もよろしくおねがいします!
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