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「貴志くん」
俺の名前を呼ぶ数少ない人が、よく通る声で俺を呼んだ。
「いま暇だったら、ちょっといいかな?」
藤原家の一人娘の春さんが、ふすまの向こうから声を掛けてきた。
「あぁ、はい。どうぞ」

失礼しますと入ってきた春さんは、いそいそと机を挟んで俺の向かいに座った。
「にゃーさんにおやつ持ってきたんだ」
「にゃーさん……?」
おやつという言葉に反応した先生がパッと春さんの膝に飛び移った。
まったく、食い意地だけははってるんだからな。


「私のクラスにも猫飼ってる子がいてね、その子がおすそ分けしてくれたの」
どうやらえさに満足したらしくニャンコ先生はおとなしく春さんの手に撫でられている。

俺が藤原家にお世話になるようになって一番早く打ち解けたのは春さんとだった。
もちろん塔子さんと滋さんとも打ち解けたけれど、1つしか年が違わないこともあったんだろう。


春さんは何かと俺の世話を焼いてくれてた。
学校も春さんと同じ学校の方が不都合ないだろうということになり、帰るときも帰る場所が同じなのだから必然的に一緒に帰るようになった。
春さんには友人との付き合いがあるのだから無理しないでいいと言ったことがある。
けれど、嫌ならば初めからしてないと言われればありがたく好意を受けるしかなかった。
友人との約束がある時はそっちを優先するね、と俺に気を遣ってくれた。


どうやら今日は友人との約束があったらしく一緒には帰らなかった。
お互いたくさん話すというわけではないけれど、この妙齢の男女にしては仲のいい方だと思う。
ようやく人間の友達が俺にもできたというわけだ。

……いや、家族だろうか?
春さんならば笑顔で「家族だし、友達だよ」と言ってくれる気がする。
「今日はお友達と一緒に帰ってたね、貴志くん」
「え?」
「貴志くんも友達との約束があったらそっちを優先してね」
なんだか拍子抜けしてしまう。
突き放された、といえばいいんだろうか。

「はい……」
距離は近いのに、春さんがいきなり遠く感じた。
家族どころか友人ですらなかったのだろうか。
普段の落胆よりひどいのは気のせいだろう。

期待するからいけないんだ。
そう心に刻み付けていたのに。

「でも、貴志くんと一緒にいると安心するんだよね」
だから、これからも一緒に帰ろうね。
そう微笑む春さんにどきりとしてしまった。
「……はい」
俺と春さんは家族で、友人。
勘違いでないことを願う俺がいた。

(また、部屋におじゃましてもいい?)
(もちろん、歓迎します)
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