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□月島
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・生徒×教師

火曜日と木曜日の昼休み、僕は化学準備室の扉をノックする。
「センセ」
「蛍くん。お待ちしていました。」
扉に振り返ってフワリと微笑むのは、化学教師2年目の千晴さんだ。
僕ん家のお隣さんで、現在24歳。
僕と兄ちゃんが小さな頃からお世話になっていて、僕はずっと千晴さんが大好きだった。
恐竜博物館に連れて行って貰ったり、季節ごとの行事はいつも一緒だった。
千晴さんの両親も教師だった為に忙しく、厳格な家庭に育った為に、千晴はまさしく品行方正、温厚で穏やかな人だ。
その影響もあってか、どんな人にも敬語を使う。
幼稚園児にだって敬語を使うんだから、これはもう癖みたいな物ですと笑っていた。

「寒い……」
夏が終わって、それでもまだ暑い日が続く中で雨の降った今日は何故だか風がとても冷たい。
秋を越えて冬がやって来たのかと思うくらいの気温に、ただでさえ寒がりの僕は辟易していた。

「今日は冷え込みますね。お茶の準備をしていますから、座って居てください」
その言葉を受け、僕は化学準備室の鍵をカチリと掛け、扉を引いて開かないか後ろ手で確認した後に千晴さんを後ろから抱きしめた。

「わぁっ、……びっくりしたじゃないですか、もう」
「座ってたって寒いだけだから、千晴さんで暖取ってる」
千晴さんは抱き締めている僕の手を取って、両手で挟みこんでさすってくれた。
「本当に冷たいですよ。蛍くんは手足が冷えやすいんですから、ちゃんと温めないと」
温かな掌からじんわりと熱が伝わる。それと一緒に、お湯を沸かしている薬罐から上ってくる熱を感じ、ひと心地ついた気分になった。
千晴さんは用意していた急須にお湯を注いで、しばらく蒸らしてからそれを二つの湯呑みに注ぎ分けた。
千晴さんはコーヒーが飲めないから、ここでの飲み物といえば緑茶かほうじ茶か中国茶のどれかだ。
特に好き嫌いは無いから、いつも出されたお茶を飲んでいる。
今日は緑茶のようだ。
二つの湯呑みを手にテーブルにつく千晴さんに倣って、僕も席に着いた。

二人で弁当を食べ始めた時に、あっそうだと言って棚をがさがさと探し始め、千晴さんは大判のブランケットを僕の肩に掛けてくれた。
「これで少しは暖かくなるでしょう。すみません、まだ暖房器具は出してないんです」
「ありがとう。……ちょっと暖かくなった」
僕の些細なお礼にも綻んだ顔を見せてくれるから、僕はこの人の前では意地は張れない。
それがちょっと悔しかったり、照れくさかったりするんだけどね。


「はい、焼き茄子の味噌和えです。食べて下さい」
自分の弁当の中からおかずを僕の弁当に移してくる。
「……美味しい」
「ふふ、それは良かった。気に入ったのなら、また今度夕飯にでも出しましょうか」
「ささみのも、また食べたい」
「鶏ささみの梅和えですね、わかりました」
お返しに、アスパラベーコンを差し出すと、千晴さんは受け取ることなく、そのままパクリとかぶり付いた。
「うん、やっぱりおばさんのご飯は美味しいですね」
今は高校から20分くらいの所に千晴さんは独り暮らししている。


千晴さんが高校生の時まではよくうちに食べに来ていた。
だけど大学は県外に行ってしまって、そのまま卒業と共に烏野高校に勤務し始めたから、その間ほとんど千晴さんがうちに来ることはなかった。
勿論帰省したら家には寄ってくれたけど、少しの挨拶で帰ってしまったりしていたし、その頃僕は部活で忙しかったから、僕らはあんまり会えなかった。
千晴さんとメールのやり取りはしていたけれど、千晴さんが大学に居た時は忙しいせいか頻繁にやり取りは出来ていなかった。
このまま遠く離れてしまうのかと悶々としていた所に、千晴さんが自身の母校でもある烏野高校に勤務すると知ってからは僕の行動は素早かった。

積年の想いを千晴さんに伝えた。
その時僕は中学2年だった為、もちろん大人の常套句である将来の展望や一時の気の迷いなどとほざかれた。
しかしそれを逆手に取って、2年後烏野高校に進学すること、それまでに千晴さんに自分をアピールするから、きちんと考えることを約束させた。
しどろもどろになりながら、千晴さんは他の子に目を向けるべきだと言って来たので、申し訳ないけれど試しに一人だけと付き合って、やっぱり千晴さんじゃないと駄目だという確信を深めたこともあった。
それすら千晴さんを説得する為の材料に使って、中学2年から2年間、僕は千晴さんに猛アタックし続けて来た。
幸い、進学組とはいえ学力的には余裕だったから、千晴さん攻略に時間を掛けられたのも良かったのかもしれない。
まあ、問題が分からないという建前で何度も千晴さんの家に上がり込んで、僕という存在をそこに馴染ませたりもした。
たまに頬や額にキスを仕掛けたりして、慌てふためく千晴さんを微笑ましく観察したりもしていた。

その努力の甲斐あってか、僕は中学の卒業祝いに千晴さんを頂けたというわけだ。
もう子供に見えない、と手で顔を覆いながら言われた時は胸の内でガッツポーズをしたもんだ。


「金曜、他校との練習試合になったからちょっと行くの遅くなるかもしれない」
「わかりました。じゃあ終わったら連絡下さい」
毎週末、千晴さんの家に通いつめて、お泊まりをしている。
一時期、入り浸りすぎたことがあって週1に減らされてしまった。
ご両親に顔向けできないからと言われてしまえば、こちらはぐうの音も出ない。
夕飯を食べるくらいならば拒否されないので、家に行く回数は少なくはないけれど、やっぱり泊まりは意味合いが違う。
それなりに僕も思春期であるから、金曜日は決まって求めてしまう。
それを受け入れてくれる千晴さんは、何だかんだ言って僕に甘い。

「土曜日の朝はいつもの時間に出ますか?」
「うん」
「土曜日は夕方まで用事があるので、蛍くんの方が早ければ家で待っていて下さい。夕飯を一緒に食べましょう」
「用事?」
「他の先生方にお手伝いを頼まれまして」
「じゃあ学校に居るんだ?」
「はい。ちょっと時間が読めないんですが、日のあるうちに帰れるとは思います。あ、それでもぼくが遅くなってしまったら、お家に帰ってくださいね、おばさんも心配しますから」
「いつものことだから気にしないデショ」
「いけません。こういう事をきちんとするからこそ、信頼して貰えるんですから」
「……わかったよ」

弁当を食べ終えて、千晴さんの淹れてくれた緑茶を飲み干す。
まだ冷えていない薬罐をまた火に掛けて、もう一杯ずつ淹れると、二人で部屋の奥のソファに腰掛けた。
このソファは前任の化学教師が校長室から譲り受けたもので、昼寝にも使える優れものだ。
その前に区切るようにカーテンが付いているので、万が一生徒がやって来てもあまり目立たない。

二人掛けのソファに座って、千晴さんの手に指を絡める。
千晴さんも、毎回のことなのでされるがままだ。

「蛍くん、最近よく食べるようになりましたね」
「合宿とかで、キャプテンとか先輩たちに散々食え食え言われて押し付けられるからさ。あんな食べてすぐ運動して、よく戻さないなって思うよ」
「良いことですよ。蛍くんは摂取カロリーが高校生の平均以下なんですから」
「それに千晴さんがボリュームたっぷりで毎回出してくるし」
「食育、ですね」
「僕は赤ん坊じゃない」
「今のうちに栄養を溜め込んでおけば、しっかりした身体になれますよ」
「すみませんね、ヒョロヒョロで」
「あっ、またそういう風に……。ぼくは蛍くんが美味しそうに食べてる所を見るのが好きなんです。だけど、嫌だったらちゃんと言って下さいね、少し減らしますから」

そうは言っておきながら、僕がぐったりしながら千晴さんの家に着くとちゃんと体調を見て量を加減してくれているのを知っている。
油っぽいものを好まない僕のためにあっさりしたメニューを出してくれている。
そういうことを理解してる僕が料理を残せないことまできちんと織り込み済みで、ちゃんと加減してくれてるんだから、千晴さんはやっぱり大人なんだなと実感する。

そんな軽口を叩いて笑い合って、愛しい気持ちがむくむくと起き上がってくる。
肩を抱き寄せて頬に口づけると、くすぐったそうに笑うのが可愛い。
額や瞼に口づけて、最後に唇に触れる。
ちゅ、ちゅ、と静かな空間に音が立って、それすら小気味よく響く。
鍵もカーテンも閉めているから、二人だけの世界に居るような気分になってくる。

もっと、と欲が出てペロリと唇を舐めてみた。
「あっ、こら、いけません」
その瞬間、掌を返したように千晴さんは僕の行動を止めた。

「約束したでしょう?学校では、キス以上をしないと」
「………」
「そんな顔をしても駄目です」
「ケチ」

夢中になったら周りが見えなくなる。
そうしたら、誰かに見られても気づかなくなる。
些細な油断や慢心が、取り返しのつかない事態になることを以前言われていた。

「この関係が知られたら、蛍くんとは引き離されてしまいます。僕はここを辞めて、もしかしたら教師も続けられなくなるかもしれない。君に会うことをご両親は許されないと思います。ぼく達はきちんとお互い好き合っているのに、誑かしたなどと言う人たちも出てくるかもしれません。そうしたら、やりきれないでしょう?あの時こうしていればなんて後悔したくありませんから」
「……うん」
「蛍くんが大人になったら、堂々とできます。それまでこういった場では控えましょうね。衝動を我慢するのは辛いけれど、我慢すればそれに見合った幸せは必ずやってきますから」
「わかった」
「ふふ、蛍くんは良い子ですね」
ぽんぽんと頭を撫でられて、子供じゃないと反駁したかったけれど、諭されていること自体が子供染みているのは自分が一番わかっている。
それに、僕だって一時の感情に任せてこの関係を壊すなんて真っ平御免だ。
甘やかしてくれるけれど、きちんと叱ってもくれる。

こういう存在は滅多に居ないと分かっている。

だから僕はいつでも千晴さんに惚れ直して、魅了されてしまう。

「良い子にはご褒美です。今日、うちに寄って下さい」
それはつまり、この続きを家でしてくれるという意味だ。
こうやって僕が我慢すると、すぐに千晴さんはご褒美をくれる。
小さな不満を抱えたままにせず、吐き出させて埋めてくれる。
何度かあることなので、僕も味を占めてしまっているんだけど、それに千晴さんは気づいているのかいないのか。

掌で踊らされているのが悔しいけれど、大人になったらやり返してやろうという腹づもりだから、今は子供のままで居ようと思える。
結局、こうやって甘えるのが好きなんだと自覚して、恥ずかしくなる。


「千晴さん」
もう一度肩を寄せて、耳元で吐息だけで吐き出す。
「好きだよ」
惚れた方が負けだというけれど、本当だ。いつまでたっても頭が上がらない。

ふふっと笑って、千晴さんも両手を僕の耳に当てて、小さく呟いた。
「ぼくも大好きですよ、蛍くん」
また唇を触れあわせたところで、始業5分前のチャイムが鳴ってしまった。
名残惜しく唇を離して立ち上がり、テーブルにある弁当を持って扉の鍵を開けた。


「蛍くん」
まだソファに居て、僕が使っていたブランケットを畳んでいる千晴さんが、

「家で君を待っていますからね」
面映ゆそうに手を振られて、僕はあまりの可愛さにやられてしまった。
早く行く、とだけ素っ気なく告げて、暖かな部屋を抜け出した。

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先生ネタは初めてかもしれないです。
ツッキーが素直すぎですかね。
もうちょっと設定詰め込みたかったんですが、長くなりそうだったのでやめときました。
何かの機会があったら、また書きたい二人です。
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