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□遙
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 「七瀬くん、今日も素敵ですね!水も滴るいい男って、まさしく七瀬くんの為に存在する言葉だと思います!」
朝から元気よく遙を口説くのは、岩鳶高校三年生の日高千晴だ。
対して何の反応もしないのが、ただいま絶賛口説かれ中の七瀬遙である。
最初は面食らった1歳年上の先輩の告白も、毎日されれば飽きる、というか対処できる。

「千晴ちゃんせんぱぁい、僕も水滴ってるよ、良い男?」
反応のない遙に変わって、きゃぴきゃぴと返事をするのは渚だ。
「渚くんは可愛い系ですよね。七瀬くんは水と一体になっている感じが最高に素敵なんですよ」
「えぇ〜っ?僕だってちゃんと腹筋割れてる男の子なのにぃ」
「そのギャップは多分一部の女子からたいへん人気だと思います」
「僕、人気者になっちゃう?えへへー、れいちゃんどう思う?」
「早く着替えたらどうですか、朝のHRに間に合わなくなりますよ」
「ぶぅーっ、れいちゃんのカイショーなし!」
「なっ、僕は渚くんのことを思って言ってあげてるんじゃないですか!」
「怜、渚の相手してたら怜も時間なくなるぞ?」
「あっ、はい」
わちゃわちゃと戯れる1年コンビを窘める真琴は、気まずそうに千晴を横目で見た。

「はぁ〜、朝から七瀬くんの水着姿見られるなんて、僕って幸せ者です」
「……部外者が何でいるんだ」
ようやく遙が溜め息と共に口を開いた。
しかも内容は千晴についてだ。
千晴は喜々としてその話題に食いつく。

「それは僕の恋を応援してくれている渚くんのお陰です!」
「そうそう、千晴ちゃん先輩の健気な片想いを応援してあげたくって。だって、はるちゃんのツンデレな所も好きになってくれる人なんてなかなか居ないでしょ?」
「ツンデレってなんだ……」
「七瀬くんの、水の抵抗を感じさせない泳ぎに惚れて、そして七瀬くん自身に惚れました!好きです、付き合ってください!」
着替え中の遙の前まで言って、腰から上半身を曲げながら腕を前にだす。
よくテレビの婚活番組で最後にやるあれだ。
じいっとその姿を見た遙だったが、ふいっと無視して着替えを再開する。
「あーあ、千晴ちゃん先輩49連敗記録更新〜」
「諦めません、勝つまでは!」
「戦争の標語を持ち出してきましたか」
「しかもちょっと違い、ませんか……?」

真琴が一応先輩だからと敬語で喋るけれど、遙と渚は全く頓着せずに先輩として接してはいない。
しかしそれすら気にしない千晴だった。
というのも、遙にどう告白をOKしてもらうかを考えるのに忙しいからだ。
それに遙の周りの人間にフレンドリーに思って貰えれば、少しは遙との仲を取り持ってくれるのではないかという下心もなくはない。
まあ、それ以前にあまり年にこだわらないのが千晴なのだが。


「橘くん、どうすれば七瀬くんは僕を好きになってくれると思いますか?」
「えぇっ、俺ですか?」
「七瀬くんの一番の信頼を勝ち得ているのは橘くんですから、橘くんの意見はかなり参考になると思いまして」
人の良い真琴は、千晴の質問にも真摯に考え始める。
「真琴、やめろ。必要ない」
「えっ、それって橘くんにアドバイスを受けなくても、色の良い返事を貰えるってことですか?」
脳天気な解釈をする千晴に、遙は頭を抱えた。

「もお、はるちゃん!こんなにはるちゃんのこと好きって言ってくれる人もう現れないかもしれないんだよ!?今のうちに捕まえないと、後悔するよ!」
「な、渚くん……!そこまでして、僕の恋路を応援してくれるんですか」
千晴は渚を神様を見るような顔で拝んだけれど、真琴と怜はその真相に気づいていた。

「……あれはどう見ても、面白いオモチャを手に入れた顔ですね」
「……だな」

はぁ、と溜め息を吐いた真琴が、そろそろ時間切れだからと全員に部屋から退出するように促す。
部員ではない千晴も、素直に部長の真琴の指示に従って、自分のクラスに戻った。
「またお昼に来ますね!あ、3限が移動教室だったので、その前後にも!」と、遙にとっては憂鬱な宣告をして。





そして昼休み。
わざわざ1年の教室にまで来て、中庭に食べに行きませんかと誘ってくる千晴を無視したかった。
しかし無視したところで1年の教室で食べられても他の生徒に迷惑になるから、結局遙は千晴の思惑通りに中庭まで出てしまうのだった。

一方的な千晴のマシンガントークに付き合った遙は、体力を吸い取られるのを感じていた。
8割方聞き流していたけれど、千晴は立て板に水の如くという言い回しがぴったり当てはまるほど、流暢に言葉を操った。
ちなみに残りの2割に関しては鯖に関する話だったため、遙の食いつきも良かった。
今度、鯖料理の本持ってきますね!と告げられた時には、今までで一番といっても過言ではないほどに瞳を煌めかせて頷いたものだ。


千晴の留まることの知らない情報の羅列に、遙はいつのまにか意識を飛ばしていた。
要するに寝落ちしていたのだ。
カクッと頭が落ちてハッと顔をあげれば、風のさらさらと流れる音しか聞こえなかった。
右肩になにやら重みを感じるなとそこを見れば、千晴も遙と同じくうたた寝をしていた。
遙は千晴の身体を少し押して、後ろの大きな木に寄りかからせる。
意識がない時、人は意外と重い。
ましてや頭だけでも数キロあるのだから当然だ。

千晴をどかせて軽くなった肩を回した。
ついでに伸びもしてから時計を確認すると、昼休憩の終わりを告げる予鈴どころか、本鈴すらとっくに鳴り終わっている時間だった。
ということは、もう既に授業は始まっている。
誰が時間割を考えたのか、昼休憩直後の古典の時間は格好の昼寝タイムだ。
結局授業の内容など頭に入らないのならば、どこに居たって一緒だ。
最近とみに日差しが強くなったから、中庭の方が風が通って涼しい。

遙は頬をかすめる風の心地よさに目を細める。
微睡みから抜けたばかりなので、まだ身体は覚醒していない。
もうひと眠りしようかと振り返ると、まだ千晴はすやすやと深い夢の中に居るようだ。

遙の知っている千晴はほとんど喋ってばかりいる。
遙に少しでも好かれようと、些細なことを話題にだしたり、自分のことをアピールすることに余念がない。
話によってくるくると表情を変えることもあって、こんなに無防備な千晴の顔を見たのは初めてだった。
あまりの珍しさに、思わず千晴の姿をまじまじと観察してしまった。

風に吹かれる髪はさらりと千晴のまろい額を流れていく。
頬に影の落ちる睫毛を見て、意外に長いことを知った。
いつもは忙しない唇は、今ばかりはぴったりと閉じられていて、気温が高いせいか発色が良い。
ぽってりとしたそこは触れたら柔らかそうだな、と遙は思った。

改めて千晴を見てみると、そこそこ整った顔立ちをしているようだ。
いつもは話術に圧されてたじたじだったが、こうして見ると新鮮さすら感じる。
黙っていればイケメンというやつだ。
残念な奴だな、と人ごとのように思いつつ、遙も身体を寝る体勢に変えようとすると。

「……そんなにまじまじ見つめられると照れちゃいます」
「っ?」
眠りから覚めたらしい千晴が、しかしまだ睡魔に引きずられたままの声つきで、とろりと呟いた。
「……!起きてたのか」
「七瀬くんの熱視線を感じましたから」
くすりと大人びて笑うから、遙は本当に自分の知っている千晴と同一人物かと疑ってしまった。

「……七瀬くんが唇を奪ってくれるんじゃないかって、期待しました」
「そ……んなわけ、ないだろ」
否定しながらも、遙は千晴の唇が柔らかそうだと思ったことを思い出す。
自分の唇を押さえ、思わず過剰反応してしまった。

「……え、本当に?」
千晴は遙の反応にパチクリと瞬きをして、ガバッと起き上がった。
「キスしたいなって、思ってくれました?」
ずいっと顔を寄せられて、思わず遙は後ずさる。
「思うわけない……」
「なら、どうしてですか?」
「何がだ」
「耳、真っ赤です」
つんつんと千晴の指先が遙の耳殻を突っついた。
バッと勢い良く両耳を塞いだ遙だったが、耳を塞いだせいで音が聞こえづらくなっていて、千晴の動きに気づけなかった。

あ、と思った時には、千晴の柔らかそうな唇が、触れていた。
遙の、耳と同じくらい火照っていた頬に、音も無くくっついていたのだった。
弾力のあるそれに気づいた時には既に温度をなくしていた頬。
その頬を無意識に手で覆って、信じられないと千晴を見やる。

「ごめんなさい、ちゃんと気持ちを返してもらってからって思ったんですけど、」
千晴も照れくさそうに肩を竦めながら、呆然とする遙に向かって言った。

「いつか僕の唇にキスしてくださいね」

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どう妄想してもハルちゃんがデレなかったので、最終的に年上感のある主人公になってもらいました。

ココナッツ様にお気に召して頂けたら嬉しいです!
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