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□真琴
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鮫柄の屋内プールを使用させてもらう許可を得て、岩鳶高校水泳部の面々はプールサイドに到着した。
まずは鮫柄水泳部の部活動を見学し、それからプールの半分を貸してもらう予定だった。
最後の時間帯は軽く練習試合形式で何本か泳ぐ計画で、遙を始めとした部員は期待に胸を膨らませていた。
 
 
その中で、唇を尖らせていたのは 千晴である。
「千晴、大丈夫?」
先ほどから何度も大丈夫かとお伺いを立ててくる真琴は、千晴の荷物を全て引き受け、千晴の腕を優しく掴んで支えていた。
 
「うん、問題ないよ。もう大丈夫だから、ほらストレッチ始めて」
「滑りやすいから、気をつけてね?」
「はいはい、わかりました」
心配性の恋人に苦笑して、千晴は江と二人で臨時に設置されていた簡易椅子に移動して、荷物を広げた。
 
水泳部員でありながらマネージャーと行動を共にしているのは、足の捻挫のせいだった。
練習試合を控えた一昨日、体育のサッカーで接触事故を起こしてしまい、1週間の部活動禁止を命じられてしまったのだ。
当然、練習試合など参加できるはずもなく。
悔しい思いをしながらも、鮫柄の泳ぎは見ておきたいからとアシスタントとして同行した次第であった。
 
 
 
部長になった凛がこちらにやってきて、千晴の足に巻かれている大げさな包帯を見て顔をしかめた。
「おい千晴、故障か?」
「あ、凛。ううん、体育でちょっとやっちゃってさ、すぐ治るから大丈夫。ありがとう」
「無茶すんなよ、真琴がうるさいからな」
「あはは、もう散々言われてる」
「……だろうな」
 
「千晴」
軽いストレッチを終えた真琴は、千晴が凛と話しているのを目ざとく見つけ、駆けつけた。
「ずっと立ってると良くないから座って」
「今、凛と話してるんだよ」
「そうだぞ。つか、部長のお前はまず何よりも先にこっちに挨拶に来なきゃなんないだろうが」
ごちっ、と軽く真琴の頭に拳を振ると、真琴も姿勢を正して頭を下げた。
 
「ごっごめん!えっと、今日はありがとう。練習試合もみんな楽しみにしてるから、よろしくお願いします」
「今日は参加できないけど、おれからもよろしく」
「おう、負けねえからな」
兄貴肌の凛はニカッと眩しい笑顔で握手を真琴に求める。
真琴も望むところだといった体で凛の手を握りかえした。
 
その後は両校の部員が集められ、挨拶をした後にしばらく見学し、その後ようやく真琴たちも水に飛び込んで行く。
 
 
 
何本か続けて泳いだ後、水から上がった真琴に千晴はタオルとドリンクを差し出す。
「はい、お疲れさま」
「あ、ありがとう」
真琴はいつもより更に目尻を下げ、口角を緩ませている。
「なに?変な顔して」
「変って、ひどいよ千晴〜」
ひどいなんて言いながらも真琴はその頬を緩めずにニコニコと千晴を見つめるばかりだ。
 
「何かおかしい?」
首を傾げる千晴の手を取って、真琴は千晴を椅子に座らせる。
こんなに相好を崩しておきながらも千晴の足を労ってくれる辺りは、さすが真琴だ。
 
「おかしくないよ。嬉しいんだ」
「嬉しいって?あぁ、鮫柄のプール気持ちよさそうだもんね」
「そうじゃなくてさ。千晴が俺だけにタオルとドリンクくれるなんて、嬉しくって」
「あんまり動き回らなくてもいいようにって、江ちゃんが気配ってくれたんだよ。だから今日は真琴のフォローだけするから」
 
千晴の言葉を聞いた真琴は、今度は堪えきれないとばかりに、むふふと声を漏らした。
「俺専属のマネージャーみたいだなぁって思ったら、顔がどうしてもにやけちゃって」
 
 
本当に心底嬉しそうな声音に、千晴は虚を突かれて口ごもる。
毎日毎日一緒に居て、すぐにくっついてくる位近くにいるのに。
たったそれだけの、マネージャー業務とも言えないもので、こんなにも喜んでくれるとは。
真琴の千晴に対する執着や愛情が大きくて深いことは十分すぎるほど知っていたが、まだ真琴の欲を刺激することがあったのか。
 
 
 
ああ、もう愛しすぎる!なんだこの生き物は!
千晴は真琴に抱きついてキスしたい欲求にかられた。
しかし、ただでさえ人目をはばからずに暴走する真琴に、今そんなことをしてしまったら後悔しか残らないことは目に見えていた。
だから、言葉で寄り添おうと思った。
 
 
「うん、真琴だけのおれだから。練習試合も頑張って。応援してるよ」
自分の顔も真琴と同様ににやけてしまっているのだろう。
そう自覚しながらも、千晴は真琴の手を握った。
「っ、千晴……!」
愛しい恋人を見つめる真琴の潤む瞳は、キスをねだる時のそれと同じで。
でもここは岩鳶ではないから、大多数の人間が見ていることも千晴はちゃんとわかっている。
 
「帰ったら……ね?」
暴走を抑制しようとそう紡いだけれど、予想以上に甘ったるい言葉になってしまっていた。
真琴は頬を上気させて、こくこくと頷く。
 
「頑張るから、俺だけ見てて……?」
「今日だけだよ」
甘やかすと調子に乗ることを知っているから、きちんと釘を刺しておく。
まあ、今日だけは甘えさせてあげるのもやぶさかではないし。
「ほら、そろそろ行っておいで」
最後にぎゅっと手に力を込めてから真琴の手を放すと、真琴も嬉しそうにガッツポーズを作って行ってきますと部員の元へ戻っていった。
 
 
そろりと千晴の隣の椅子に座る江は頬を膨らませていた。
「もう、千晴先輩甘やかしすぎですよっ」
「あはは、ごめんごめん。真琴が可愛いこと言ってくるもんだから、ついね」
「みんな呆れた顔してたんですから!」
「だって、『俺専属マネージャー』なんて喜ばれちゃったらさ?」
「イチャイチャは部活外でやって下さいってばぁ」
「今日だけって言い含めてるから、ごめんね。気を付ける」
 
拝むポーズをすると、何だかんだいって優しい江は、良いですけどっ!とドリンクの補充を始めた。
 
 
 
 
しばらく練習と休憩を挟んだところで、凛から最後の試合形式のメドレーリレーに移ろうかと提案があった。
負けませんよと不敵に笑う怜や、水に入れればいいとクールな遙。
頑張っちゃうよー!と相変わらず元気な渚に、そうだねと相槌を打つ真琴も、勝負に燃えている。
 
予め鮫柄側はメンバーを決めているようで、すぐに数人がスタート地点に集まっていた。
 
「千晴、行ってくるね」
「頑張れ。応援してるから、かっこいい所見せてよ?ちゃんとタイムも測っておくから」
「うん、頑張る!」
濡れてへたった髪を直してやって、肩をポンと叩いて激励する。
 
でれでれとまた締まりのない顔を見せるから、頬を抓ってやる。
「こら、集中!」
「はっ、はい!」
むんっ、と凛々しい顔をしてスタート地点に向かった真琴がまた千晴に視線を向け、千晴はぐっとガッツポーズを返した。
 
あっ、またでれでれに戻っちゃった。
 
 
スタートラインの台に立った真琴は、ふぅっと深呼吸した。
またチラリとこちらを見た気がして、頑張れと手を振る。
ふっと微笑みを見せた真琴にちょっとときめいたのは秘密だ。
 
ピーッという笛の音と共に、両校のバックの選手がスタートを切った。
「真琴先輩、その調子です!」
「真琴先輩、いっけー!」
鮫柄に負けないとばかりの声量の応援で、怜とタイマーの江が吠える。
 
「もうちょっと、まこちゃん!」
「真琴、頑張れ!来て、来て!」
江と同じくタイムを測る為にスタート地点の反対側に来ていた千晴と、第二泳者の渚も負けじと声を張る。
しなやかな腕と足裁きでグングンと進む真琴は、鮫柄の選手から少しリードを取っていた。
 
「渚、頑張って」
「まっかせて!」
泳ぎの構えを取った渚が、真琴のゴールと同時に飛び出していく。
千晴はカチッと真琴用のタイマーを止めて、タイムを見やる。
サッとノートに書き込んで、怜用にタイマーをリセットしてから、渚の泳ぎを見守る。
怜も危なげなくリレーを引き継いで、見事なバタフライを見せている。
 
既に台に立っている準備している遙の後ろから、プールから上がっていた真琴と掛け声を掛けた。
「頑張れ、怜!」
「いけるいける!」
 
勝負はほぼ互角だ。
これはフリーで、遙と凛の直接対決になるだろう。
 
しなやかなフォームでスタートを切った遙に、泳ぎきって顔を上げた怜も「遙先輩、お願いします!」と叫ぶ。
プールから上がった怜と真琴と一緒に、スタート地点に戻る。
走れない千晴の為に肩を貸してくれた真琴に寄りかかって、急いで戻った。
 
 
 
タッチの差で勝利を手にした岩鳶のメンバーは、歓声をあげた。
真琴が手を差し伸べて陸に上がった遙に、三人で抱きつく。
「やったね、ハル!」
「勝ったよハルちゃん!」
「勝ちました!」
 
負けて悔しそうなのに、拮抗した試合展開に楽しそうな凛も、似鳥や御子柴に駆け寄られ、声を掛けらていた。
 
「千晴、勝ったよ!」
満面の笑みで千晴に抱きついた真琴は、少年のように喜びながら勝利の報告をする。
「すごい!さっすが真琴!」
わしゃわしゃと髪を交ぜるようにかき乱すと、ふにゃりといつもの笑みに戻った真琴は、
「千晴が応援してくれたおかげだよ。さすが、俺専属のマネージャー兼恋人」
と、臆面もなく言い切った。
 
 
 
 
 
 
 
 
そうして練習を終え、真琴はいつものように千晴の家に上がっていた。
千晴の代わりに麦茶を注ぎ、テーブルに置く。
 
「本当にすごかったな、今日」
渚と真琴は自己記録を更新していて、最寄り駅で買ったジュースで乾杯してから別れたのだ。
「うん、勉強になったし楽しかった」
「鮫柄に勝てたし、記録更新したし!おれも捻挫直ったらびしばし鍛えて記録超えなくちゃ」
 
んー、と伸びをしてベッドに横たわると、真琴も後を追うように横たわって、千晴の身体を自身の上に乗せた。
カチリとスイッチの入った瞳に内心で苦笑して、千晴は真琴のまだ少ししっとりしている髪を撫でつけた。
目を細めてその手を甘受する真琴はやっぱり大型犬みたいで微笑ましい。
 
「よし、ご褒美あげる」
その言葉にきらきらと目を輝かせた真琴は、早急に千晴の唇に噛みつく。
「ん……っ」
厚い唇に食まれるようにされ、誘うように唇を薄く開いた。
ひたりと触れ合う舌が気持ちいい。
吸い付くようにそれをねぶられ、声が漏れる。
「んぅ、んん」
舌がびりびりと痺れ、その甘美さに頭が白くなりかけた。
 
ティーシャツをたくし上げられ、小さな色づく粒に指が触れそうになった途端。
 
 
「ぁいたっ、」
くぐもった声で千晴が痛みを訴える。
まだ触ってないよ?と言いたげに疑問符を飛ばす真琴に、ばつの悪くなった千晴は、足、とだけ答えた。
 
「あっ!?ご、ごめん!千晴、怪我人なのに!」
シュバっと素早く千晴の下から抜け出した真琴は、千晴をベッドに横たわらせ、自分はベッドを降りた。
 
「……今日は、我慢する」
「え?できるの?」
「でっ、できるよ!」
涎を垂らさんばかりの大型犬が、自ら待てをするとは驚きだ。
成長したなぁと、じーんと感動する千晴は真琴の頬を撫で上げた。
「じゃあ、回復したらえっちしようね。おれがご奉仕するから」
「千晴っ!」
もじもじと恥ずかしがる真琴に、キスはいいよね?と了解を取り、身体を熱くさせないような戯れのキスでいちゃついた。
 
唇を離した真琴が恥ずかしそうにえへへと笑うから、これは一刻も早く治さないと、と千晴は新たに気合を入れ直した。
 
 
*****
綾瀬様、まずはアップが遅れて申し訳ございませんでした。
そして間があったせいで主人公のキャラが少しブレてしまっているような……。
もうちょっと恋愛要素入れたかったのですが、青春多めとなりました。
プールサイドで足を滑らせ主人公が真琴に助けられてときめくところも入れたかったです……!
所々の恋愛要素は甘く甘くと心がけました。
 
それでは綾瀬様、リクエストありがとうございました!
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