zz

□ヴィクトル
13ページ/44ページ

・「オム・ファタールの溺愛」と同主人公です。
・アニメ7話のネタバレあり。
・話の都合上、糖度はかなり低めです。


中国大会前日のヴィクトルの暴走が明るみになったのは、大会当日の朝のことだった。
酔って全裸になったヴィクトルが料理屋で勇利に抱き付いている写真をSNSにアップしたピチットの投稿に、スケオタたちが騒然としたのがきっかけだ。
写真では上半身しか写っていなかったため、全裸だと知っているのはその場に居た選手たちと、ヴィクトルの癖をよく知る恋人のチハルだけだった。
あんなに酔い潰れて半裸で済むわけがないと、チハルは目を据わらせる。
情報の早い者が既にこの写真に言及するウェブページを作成しており、チハルはそのページをスクロールしながらどんどん周りの空気の温度を下げていた。



写真に撮られていることをわかっているカメラ目線。
色気を振りまいて誘うような瞳。
これが世界中に拡散されている。

「何やってんだか……」
スケートで話題作りをしろとヴィクトルに説教したい気分だ。
中国大会の同行は今回はお休みだよ、とか言って旅立ったヴィクトルにもっと反論しておけばよかった。
お色気製造マシーンを野放しにしてしまったと悔やむチハルだが、時既に遅し。

とにかくあの男に反省をさせてやらないと、とチハルは策を練り始めた。






「勇利、おかえり!」
寛子が中国大会から帰ってきた勇利を歓迎する。
「2位なんてすごかねぇ。さぁさ、カツ丼食べんね!」
「あはは、うん。ありがとう」
照れながら勇利が荷物を置いて食堂に戻ってくる。

「お帰り、ユウリ」
「あ、チハル。ただいま」
「チハルー!ただいま!」
「お帰り」
ヴィクトルが恋人へとの再会を喜んで、ハグをするために腕を差し出す。
チハルはそれを横目に見つつ、勇利に話しかける。
「ユウリ、2位おめでとう。すごく良かったよ」
「あ、本当?」
「うん。ジャンプの高さがいつもより出てたね。あ、でもちょっと気になったのが、SFのー……って、なに」
スピンやジャンプの技術的な指導はあまり得意ではないけれど、演技の構成や表現の方法に関しては、チハルが勇利に指導できる項目だ。
いつものように勇利への講評を行おうとしたが、ハグを無視されたヴィクトルは邪魔するようにチハルに抱き付こうとする。

「久しぶりなのにハグもなしかい?」
「今はユウリに指導中!」
仕事中だから退けと目で訴えて、身体を押し退けた。
「え〜?恋人とのハグの方が大事だろう?」
ヴィクトルの情けない声も無視して、チハルは次々と指摘出しをしていく。
『すごく良かったよ』と言ってくれた割に指摘が多いのはヴィクトルそっくりだよね、と勇利は心の中で思いながら耳を傾ける。

ひと通り話し終えると、お待ちかねのカツ丼が出された。
3人は美味しいね〜と勝利のご褒美を頂いた。
食べ終わった後に食器を手にチハルが席を立とうとすると、ヴィクトルが腕を引いた。
「なに?」
「オレはちゃんと待ったよ」
再度、ハグのポーズ。
長い腕を伸ばしてチハルの抱擁を待つヴィクトルは子供みたいだ。
内心で溜め息をついて、チハルは軽くハグをする。
本当はしたくなかったけれど、この位ならいいかと許したのだ。

「はい、終わり。食器片してくる」
強く抱き締め返される前にすっと離れて、食器を持って立ち上がった。
納得していない様子のヴィクトルを気にも止めず、チハルは厨房の洗い場へ向かった。


また食堂に戻ってくるかとチハルを待っていたヴィクトルは、チハルが先に部屋に戻ったことを知って自分も部屋に戻った。
「チハル!ひと言もなく先に戻るなんてひどいじゃないか」
「んー?用事思い出して。ほらほら、ユウリと一緒にお風呂入っておいで」
「チハルは?」
「俺は二人が帰ってくる前に入ったよ。はい、着替え」
替えの下着と部屋着を渡してヴィクトルを部屋から追い出す。
ヴィクトルは消化不良のまま、とりあえずチハルの言うまま温泉に入った。


「……チハルの様子がおかしい」
「そう?いつも通りに見えたけど」
「キスどころかハグも渋るなんておかしいだろ?」
「そう言われれば確かにそんな気もするなぁ……。ヴィクトル、なんか怒らせるようなことしたんじゃないの?」
「うーん?」
「あ、それとも約束忘れたとか」
「オレはチハルに関しては約束を忘れたことはないよ」
「えー、じゃあ記念日?」
「記念日……は、まだ遠い」
「なら単に機嫌悪かっただけとか」
「八つ当たりなんてされたことないけどな」
「わかんないなら、とりあえず謝っとけば?」
「理由のわからない謝罪に意味はないだろう?」
「じゃあ理由を本人に聞くしかないよ」

結局はチハルにしか真意はわからず。
何の解決にもならなかった会話に溜め息をついた。

「聞いてくる」
「いってらっしゃーい」
一足先に風呂から上がったヴィクトルは、タオルドライもそこそこに部屋に戻った。
ベッドではチハルがマッカチンを抱きながら携帯をいじっている。
部屋に居たことに少し安心して、ヴィクトルはするりとチハルの背面からベッドに入り込んだ。

「チハル」
甘い声で愛しい恋人を呼ぶ。
いつもならば「なあに?」と振り返って花のように愛らしい笑みを見せてくれる。
……それなのに、今回は生返事だ。
「んー?」
「こっちを向いて。オレを見て」
ぱたっと携帯を投げてヴィクトルの方を向くチハルは、無表情だ。


「……何か、怒らせてしまった?」
「身に覚えがない?」
矢継ぎ早に責められるかと思っていたけれど普通のトーンで聞き返されて、ヴィクトルは言葉に詰まる。
「なら教えてあげようか。その一、ピチット・チュラノンのSNS」
見た勇利も手を震わせていた、中華料理店での写真のことだ。
「あれは酔っぱらいのハグだよ。店の中だし、変なことはしていない」
「裸で?勇利に抱き付いて?それをSNSにアップされて?それで、ただの夕食のつもり?」
「オレが酔って脱ぐなんて、いつものことじゃないか」
全裸が写っていたわけではないしと弁明するヴィクトルだが、チハルは納得しない。

「まあ、こっちは正直どうでもいい。実際はじゃれ合いだろうし」
多分そのことだけだったら、チハルは帰ってきたヴィクトルを諫めた程度だっただろう。
問題はその後だ。


「その二。ユウリの演技後の押し倒し騒動」
勇利の演技に感激したヴィクトルは、あまりの興奮にリンクサイドにやってきた勇利に飛びついて押し倒したのだ。
「ネットじゃ、キスしたのしてないので論争起こってる」
「感激のあまり抱き着いたけど、キスはしていない」
「したかしてないか、ここで言い争っても仕方ない。ヴィチューシュカがしてないって言っても信じられないし」
「信じてくれないのかい?」
「問題なのは、したかしてないかじゃない。公衆の面前でそういう誤解を招く行為をしたことに、俺は怒ってるんだよ」
淡々と述べるチハルに、ヴィクトルは黙りこくる。

「他意はなくても、それが人を傷つけるってこと自覚した方がいい」
その抑揚の無い声に、チハルの怒りの深さを知ったヴィクトルは、チハルを傷つけてしまった事の重大さにようやく気づいた。
「チハル……ごめん、オレは、」
「今は、一人になりたい。……悪いけど、ユウリの所で寝て」

マッカチンを抱き締めて、チハルは会話から逃げるように目を閉じた。
抱き締めてキスをして謝りたかったけれど、拒絶されたらと思うとヴィクトルは何も出来なかった。
このままこの場に居続けたら、最悪の未来が訪れる気がした。

少しだけチハルの横顔を見つめてから、部屋の電気を消してヴィクトルは部屋から出た。
名残惜しげに呟いた「おやすみ」に、応える声はなかった。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ