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「危ないっ!」
「えっ?」
帰り道を歩いていたら、いきなり人影が現れた。
しかもいきなり飛び付いてきて、思い切り押し倒される。
こんな平凡なあたしがまさか痴漢に遭うなんて考えたこともなかった。
だからもちろん撃退なんてできるワケもなく、急いで立ち上がった男に叫んだ。
「ち、痴漢なんてサイテー!!」
持っていた鞄を思い切り痴漢にぶつけると、いたっと聞こえて、痴漢がずいぶん若いことを知る。
「ど、どいてっ!」
早く逃げないと何されるかわかんない!
痴漢に背を向けて、震える足を一歩踏み出すと、足に鈍い痛みを感じて顔をしかめた。
かくっと足を折ってその場に留まる。
もうこうなったら大声で叫ぶしかない。
そうして思い切り息を吸い込むと、背中から声がした。
「日高さん、落ち着いて……痴漢じゃないんだ」
この痴漢何であたしの名前知ってるの!?
驚きと共に振り返えると、痴漢はなんとクラスメイトの夏目くんだった。
「な……つめ、くん?え?夏目くんが……?」
夏目くんが痴漢なんてあるはずがない。
だって彼はあたしのなかでは清楚で、優しくて儚い美少年なのに!
「誤解を招くようなことしてごめん。けど、日高さんが危なかったから……」
(さすがに妖怪が君を襲おうとしてたんだよ、なんてばか正直なことは言えないけど)
(言ったら痴漢を通り越して病院に押し込まれるかもしれない)
夏目くんがふっと悲しそうな顔をした。
「へ?あたしが危なかったの?」
「あ、うん……えっと、ボールが日高さんの頭に当たりそうで、つい言葉より身体が先に出てしまったんだ」
引きつり顔の夏目くんだったけど、まさか身を挺して助けたクラスメイトに痴漢扱いされるとは思わず、戸惑ってるんだとわかった。
「ご、ごめん!せっかく助けてくれたのに、あたしってば痴漢なんて……!」
「いや、いきなりだった俺も悪いから」
鞄で思い切り殴ってしまったけれど大丈夫だろうか。
手で押さえていた額の辺りを見ると、少し血が出ていた。
「血が……!」
「そんなたいしたことじゃないから」
「たいしたことだよ!ほんとにごめんね!」
タオルで血を拭おうと近づこうとしたら、足を捻っていたことを思い出した。
「つっ……」
「足、捻ったのか?」
「そうみたい」
「俺がいきなり押したからかな、ごめん」
お互いがごめんごめんと謝りすぎて、なんだか面白かった。
「お互い悪かったってことで」
「そうだな。でも捻挫は早く手当てしないとよくないから」
俺の家においでと言われて、思わず固まった。
だってだって、あたしは夏目くんにちょっと惚れてるからだ。
好きっていっていいのかはわからないけど、爽やかで儚げな姿が気になってた。
「ほら」
背中に乗るように促されて、あたしは今度こそ本気で遠慮した。
「だだだ大丈夫!あたしホントに重いから、夏目くん潰れちゃうよ!」
あたしの精一杯に夏目くんはくすくすと笑った。
「女の子一人くらい、俺にもおぶれるよ。それに日高さん重そうに見えないし」
だから、とまた促された。
ああ夏目くん、そんなに優しいと悪い子に利用されちゃうよ……?
「いやいや、見た目と反比例してるの!肩貸してくれれば……」
「早く冷やさないと、後々悪くなるから」
ね、と念を押されてしまえば、もともと嫌がってないあたしはかなわなかった。
本当に重いよ?いいの?
何回もそう確認してようやく背中におぶってもらった。
「言うほど重くないけど」
「夏目くんが見た目に合わず筋肉質なだけっ」
あ、おぶってもらってるのに、こう言うのは失礼だったかな?
「俺、そんなにひよわに見えるか?」
「そういう意味じゃなくて、華奢っていうかね!女子から見てもうらやましいよ」
ドキドキしてるのを気付かれないように、あたしはぺらぺらと話した。
夏目くんは時折きれいにほほ笑みながら返事をしてくれた。
「おじゃましまぁす」
リビングに通されて、食卓っぽい机の椅子に座った。
麦茶がいつのまにか出ていて、夏目くんはちょっと待っててとさわやかに言った。
ここが夏目くんのお家かぁ……。
きれいだなぁ、お母さんはきれい好きなのかも。
麦茶をひと口いただいて、ほっと一息つく。
ひねった足がだんだん痛くなってきた。
「冷やしたタオル渡しておくの忘れてた、ごめん」
「ううん、ぜんぜん大丈夫!痛くないから」
つい嘘が口をついて出てしまった。
すぐに冷やしたタオルが患部にあてられて、あたしはその冷たさに驚いた。
「っ……!」
「すごく腫れてるな……病院行った方がいいかもしれない。本当にごめん……」
「だ、大丈夫!明日もまだ腫れてたらちゃんと病院行くね!」
夏目くんにこんな申し訳なさそうな顔させたかったわけじゃないのに。
「それより、夏目くんこそ怪我してるよ!」
「ああ、そうだった」
「下手だけど、あたしに手当てさせて」
「……ありがとう」
夏目くんが持ってきていた救急箱を開けると、きちんと整理されたそれらの中から消毒液と絆創膏を出す。
水で傷口の周りについた血を拭いて、消毒液のついた脱脂綿を傷口に当てると、少し痛んだのか夏目くんの眉がぴくりと動いた。
美人は痛そうな顔も絵になるなぁ。
そんな馬鹿げたことを考えながら、絆創膏を貼った。
ってゆーか!
考えてみたら、か、顔近い……!
ぎゃあと心の中で叫んでいると、至近距離のまま夏目くんが笑顔になってありがとうと言った。
「い、いえいえそんなお礼なんて!」
普通の態度取らないと、変に思われる……!
あわあわとしながらも平静を装っていると、今度は夏目くんがあたしの足に触れた。
「っ!?」
「あ、ごめん!痛かったかな?」
「う、ううん!違うの……」
真っ赤になってしまったあたしの顔を見て、夏目くんもなぜか赤くなっている。
「今度は俺が日高さんの手当てをするよ」
熱で生暖かくなったタオルを外して、湿布を慎重に貼ってくれた。
痛かったけど顔に出ないように歯を食い縛る。
夏目くんは手当てになれていないらしく、たどたどしく包帯を巻いた。
「あんまり動かないように強めに巻いたから、痛くなったら緩く巻き直してくれるかな」
「うん!ありがとう」
どうすればいいのかな、このまま帰ったほうが夏目くんも助かるかな?
けどまだ話していたいな、なんて思うあたしもいる。
そう考えながら夏目くんを観察していると、彼も何かを思案しながら麦茶を飲んでいた。
ただのクラスメイトに長居されても困るかな。
自分で思って悲しくなりながらいとまを告げる。
「えっと、手当てありがとう。あ、あとボールから守ってくれたのも」
「え?あ、あぁ……気にしないで、俺のせいだから」
「夏目くんのせいじゃないよ。ボールのせい」
でしょ?と問うと、ばつが悪そうに苦笑いされた。
どうしたんだろう。
……まぁいいか。
「じゃあそろそろおいとまするね」
「あ、送るよ。途中で歩けなくなったら大変だし」
いいよ、と断ろうとしたけどまだ何となく一緒に居たかったからお願いした。
「夏目くん家とうちってけっこう近いみたいだね」
「そうなのか?」
「うん、10分くらいで着きそう」
おぶる代わりに肩を貸してもらいながら、ひょこひょこと足をかばって歩く。
今まで男子とこんなに密着したことがないからドキドキものだ。
さっきおぶって貰ったときもそうだけど、やっぱり夏目くんて男の子なんだなって思った。
女の子みたいに華奢に見えるのに、女の子らしい丸みはない。
意外にがっしりしてるんだよね。
そんなことを思っている間に、いつの間にか家の前に着いていた。
「あ、ここだよ」
「そうか」
「送ってくれてありがとう。また明日、学校でね」
「ああ、また明日」
ふと離れた夏目くんの温かさが何だか寂しい。
「あっ……」
だから思わず声を出していた。
「どうかした?」
「あ、えっとね……うーんと……」
終わらせたくないなって思ったの。
今日1日だけの仲だなんて。
「ま、またボールが飛んできたら……助けてくれますか?」
恥ずかしくて変に敬語を使ってしまった。
言った瞬間になんて厚かましいんだろうと背筋が凍った。
そろりと夏目くんを盗み見ると、ふわりと微笑んでくれた。
「うん、絶対日高さんを守るよ」
たかがボールからだとしたって、男の子にこんなことを言われたことのないあたしは舞い上がってしまった。
そうしてあたしはようやく、ちゃんと夏目くんに恋をしたんだと自覚した。
(王子様みたい……夏目くんが王子様って似合いすぎじゃない!?)
(妖怪になんて襲わせはしない、絶対に)