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冬島に到着したその日、大量に買い込もうとみんなそれぞれ息巻いて出かけていった。
オレは夕方までの船番だ。

恋人のハルちゃんも船に残っていた。
本の続きを読みたいから、今回の上陸は遠慮すると言った。
オレはそんなハルちゃんにアップルティーをいれて、女部屋のドアをノックした。


しかし、返事はない。
まさか集中しすぎて聞こえないんだろうか。
もう一度強めにノックすると、弱々しい声でごめんなさいと聞こえてきた。

「ハルちゃん?どうかしたかい?」
「ううん、何でもないよ。気にしないで」
「……気にするに決まってるだろ?」
鼻に掛かったような元気のない声。
堪えようとしてるのに出てくる咳はドア越しにも聞こえてくる。

「風邪だろ?看病するから開けるよ」
だめ、と言われたってこの時ばかりは甘いオレじゃない。
ドアを開けるとベッドに寝ているハルちゃんが居た。


「ハルちゃん?」
「へ、き……」
「平気じゃないだろ。チョッパー呼びに……」
「だめ……!チョッパーは今回の上陸楽しみにしてたの……あたしのせいで潰したくない」
熱で顔を真っ赤にしている姿は、立派な重病患者だ。
ようやく喋っている、そんな風なつらそうな喘ぎにオレまでつらくなってくる。

「だからって……チョッパーはそんなことで嫌がるヤツじゃないぜ?進んで介抱してくれる」
「あたしが、やなの」
こんな自分の大事なときに人を気にして、こういうところは強情だ。

「で、チョッパーも居なくてオレがもしここに来なかったらどうしようと思ってた?」
「風邪だもん、寝てれば治るよ。それに移したくないし」
「滅多なことじゃあ移らないよ、あいつらには」
でも、とまだ人の心配をするハルに、苦笑いまじりのため息を吐いた。


「……っ、ごめん、ね」
「なにがだい?」
「結局こうしてサンジくんに迷惑かけてる……」
オレが呆れて怒っているからため息を吐いたとでも思ったんだろうか。
普段なら我慢する泪も熱のせいで涙腺がゆるみ、ぼろぼろとこぼれた。

「迷惑じゃないし、怒ってもないぜ?」
ただ、オレを頼ってほしかった。
小さく言っても、ハルちゃんには聞こえてしまったらしい。
またもごめんなさいとの謝罪に、オレは微笑んで泪を拭ってやった。


「サンジくんも移っちゃったら大変だから、もう船番に戻っていいよ?」
あたしのせいで船に何かあるのもやだし。
そんな優しい言葉がもどかしい。

「……とりあえず、チョッパーが軽い病気用の薬箱作ってるから、そこから薬持ってくる」
すぐさま水に濡らしたタオルを作り、予備の温かい毛布を1枚重ねた。



キッチンで消化のいいリゾットを作りながら、外の気配をうかがう。
変な殺気は感じないから、海賊も山賊も居ないだろう。

リゾットが出来上がってから念のため外に出て確かめる。
きちんと確認してから、急ぎ足で女部屋にむかった。

「ハルちゃん?入るよ」
「あ、サンジく……」
「少しでも寝たかい?」
20分くらいの間だったと思うけど、寝たような感じではなかった。

「頭が痛すぎて眠れないの」
「本当に?こじらせたんじゃないか?リゾット作ったけど、食えそうかい?」
「少しだけなら……」
少しだけ枕を高くすると、ハルちゃんは苦しそうにうめいた。

「うっ……」
「あっ悪い、平気?」
「うん……お水、」
ちょうだいと言われる前にすぐさま水差しの先を唇に当てた。
「持つのもつらいだろ?オレがやるから」

辞退するのにも疲れたのだろう、何も言わずに水を飲んだ。

次にリゾットを少量すくって口に寄せた。
あまり熱く作らなかったのと、気温が寒いのもあって冷ますほどのことでもなかった。

小さく口を開いたハルちゃんは気だるげで、熱に蝕まれている身体はいつもより赤みを増している。
顔は顕著に赤みが表れていて、なんだか居心地が悪い。


病人相手に何考えてんだオレはっ!!
「……サンジくん?」
「なっ、なんだい?」
やましさを見破られてしまったかと、しゃきっと背筋を正す。

「おいしい。これなら食べられるかも」
力なくにこりと微笑むハルちゃんにオレもへらりと返した。
自分のどうしようもない性格を直そうと思った瞬間だ。


結局あと少しのところで満腹になってしまい、チョッパー配合の風邪薬を飲むのを見届けて片した。
「残しちゃってごめんね」
「大丈夫。無理して食べるのも良くないんだぜ?」
「うん、ありがと。サンジくんのリゾットとチョッパーの薬で、すぐよくなるからね」
「無理は禁物だぜ」
首まで布団をかけて、額のタオルを変えてやる。

頬にキスをすると、風邪なのにとたしなめられた。
「ちょくちょく様子見に来るから、何か欲しいものあったらすぐ言って」
「あっ……」


後ろを向くと、切なそうな声が漏れた。
弱っているレディを一人にしてはおけないし、なにより本心では病床の恋人の傍から離れたくはない。

カシャンとトレーを机に乗せて、頬をなでてやった。
「ご、ごめん……変な意味じゃなくて」
「さっき吹雪だったから船に心配はないよ。それに、恋人を放っておきたくもないんだ」

熱のせいばかりでない赤い顔。
「さっきね……サンジくんが出ていっちゃったらすごく寂しくて泪出てきて、戻ってくるまですごーく長く感じたの」
さっきの心情を思い出したのか、泪がぼろぼろとこぼれて、枕を濡らした。

「病気のときは寂しくて泪もろくなるもんさ」
熱い手を布団の中で握った。
「ずっと握ってるから、安心してぐっすり寝て」
「……ありがと、サンジくん」
「元気なハルちゃんに戻ってくれよな」


うん、と笑った時にまだ目じりに残っていた泪がころころと流れた。
おやすみ、と囁く声にハルちゃんはすうっと眠りに落ちていった。


可愛い顔。
今度は熱にうなされていない可愛い寝顔を見たい。
できれば俺の腕のなかで。


堪え性がなく学習しないオレは、またもや甘い煩悶に悩まされたのだった。

(そんな無防備な顔、見せられたらたまらない)
(ずっとずっと、この手を握っていたい)
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