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□氷室
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・氷室さんが暴走して一部読みづらい仕様になっております。


陽泉高校男子寮の談話スペースは、どの時間帯に行ってもだいたいガヤガヤと騒がしい。
バスケ部レギュラーだけの打ち合わせが終わり、そこでだらだらと談笑するのが常であったが今日は氷室が早々に部屋に帰った。
この世のどんな人間も落とせそうな悩殺スマイルをマネージャーである千晴に向けて、「おやすみ」と囁いて部屋に向かった氷室。
マネージャーとしてミーティングに参加していた千晴は、氷室の言葉に固まってしまう。

ガチガチの千晴がすぐにプルプルと身を震わせる。
腿の上に置いた握り拳の上にぽつぽつと雫が落ちたことで、隣に座っていた福井が声を上げた。
「お、おいどうした日高!」
福井の大音量の質問にいっせいに視線が千晴に集まる。

「………お、俺って、氷室に」
「氷室に?」
「氷室に絶対嫌われてますよねぇぇぇぇ」
えぐえぐと嗚咽をこぼす千晴に、一同は「そんなわけあるか!」と心の声をあげた。

氷室の千晴に対する溺愛っぷりは半端じゃない。
いつでも千晴の行動を把握している氷室は気づけば千晴の近くにいて、ニコニコと煌びやかな笑みを振りまいている。
マネージャーである千晴に話し掛けてくる部員は氷室に絶対零度の微笑みを向けられ、「何でもないです」とすごすごと引き下がる様を千晴は不思議そうな顔で見ている。

氷室辰也の愛は深くて大きくてどろどろと重い。
同じクラスの斜め後ろの席ということを利用して、授業中にも関わらずに毎日毎時間毎分毎秒といっても過言ではないほど千晴を見つめているのだ。
数学の授業で公式を使って綺麗に解を求められた時の、小さな達成感に満ちた顔。
日本から出ないから英語は必要ないと言い切ってうとうととうたたねをしている幼い顔。
漢字の小テストが満点で密かにガッツポーズをしている姿。
千晴の全ての瞬間を見逃したくない氷室にとっては、授業中こそが千晴を誰にも邪魔されずに観察できる至福の時間だ。

たまに視線を感じてかチラリと後ろを向く千晴と目が合う度に嬉しさのあまり氷室はニッコリと微笑む。
その微笑が周りの人間にどう影響するかを知ってか知らずかはわからない。
知ってはいけない、とは劉の談である。

千晴以外のほとんどの生徒が氷室が千晴に恋焦がれている事実を知っている。
なにせ氷室はストーカーのように千晴にまとわりつくことはもちろん、「キュートだね」だの「愛らしいよ、千晴」だのと、明け透けにのたまうのだから。
千晴もその事実を知っており、無下にはできないために知らん振りをしているのかと思いきや、ここにきてまさかの「氷室に嫌われている」発言だ。
福井と劉は頭を抱えた。紫原は何を考えているのかわからない無表情で菓子を貪っている。

「それは岡村が美形だと囃し立てられるくらいにあり得ねーんだけど、一応聞いておく。理由は?」
「だ、だって氷室、いっつも授業中に俺のこと睨んでくるし、部員に頼まれたマネの仕事しようとしたらなんかイライラしてるし………」
ちっがぁぁぁう!!と心の中で叫んだ福井と劉が唇を噛み締める。
「そ、それに、俺は男なのに可愛いとかいってくるし……。それって、「お前は男に見えない」って言ってるってことでしょ?」
ある意味千晴の言葉は正しい。
いや、正確には「お前は男(友達じゃなくて性の対象としか)見えない」という意味だが。
「俺の行動が気に食わないのか、いつも監視してきてる気がして……」
「考えすぎアル」
「だって!さっきのミーティングだって、俺は隣に座らされて!「お前は視覚に入れたくないから黙って横にいろ」ってことでしょ!?」
(誰にも隣に座らせたくないってことだろ!)
「さっき氷室が部屋に帰った時だって、俺だけに「おやすみ」って言うし……。それって、「俺が寝るのにお前が起きてるのは生意気だから早く寝ろこの野郎」ってことで……」
「飛躍しすぎアル!」
「そうだぜ、氷室はちょっと変な奴だけど根はいいやつだし……」
「あーでも、室ちんはよく千晴ちん見てると頭がおかしくなりそうになるって言ってたー」
「やっぱり!俺の行動のせいでストレスの限界値を迎えそうなんだそろそろ!」
「「アツシーーーーー!!」」


千晴がこの世のものと思えないほどに可愛らしくて愛しくてもうたまらないよ千晴はこの俗世に舞い降りたエンジェルなんだそうだきっとあぁなんて罪作りな存在なんだこのオレをこんなにも惑わすなんて悪い子だねでもそこもたまらなくキュートだよ愛してるよmy sweetest愛しすぎて寝ても醒めても千晴のことしか考えられないほどだよあぁもう頭がおかしくなりそうなほど愛してるよ千晴!


もういっそ呪いの言葉じゃないかと言うほどにベラベラと千晴への愛を常日頃から切々と語られているレギュラー陣は、紫原の省略しすぎた言葉にツッこまずにはいられなかった。

(アツシお前何ややこしくしようとしてんだコラ!)
(俺たちの心労をこれ以上更に増やすつもりアルか)
(えーオレ嘘ついてないじゃ〜ん)

「じゃあやっぱり今日の昼休みにキスされたのも、俺が嫌いだからなのか……」
「はっ!?お前キスされたのかよ!?氷室に!?」


千晴の肌はシルクのようにきめ細やかでハレーションを起こしそうなほどに透き通った白なんだけどその色に相性ぴったりなのがふっくりと桃色に色づいた千晴の唇なんだ果実みたいに熟れて瑞々しいその唇が忙しなく動くのがなんとも言えずエロティックでオレを煽ってくるから困るよその上笑うたびに千晴の愛らしい赤い舌がちらちらと見え隠れするんだこれはもうキスしてくれとオレを誘っているようにしか思えないな無意識に他の男まで誘ってガブリと食べられてしまわないか本当に心配だよそうだもういっそのことオレが千晴のあの蠱惑的な唇を奪ってしまうのはどうだろう千晴だって他の男の汚い舌を入れられるくらいならば俺の方がマシだと思ってくれるんじゃないかな


千晴の唇を奪う宣言をした氷室は仲間に必死に止められてもなお、まだ妄想を続けた。


千晴の可愛い舌は舐めるときっと甘くてとろけてしまうんだろうな極上の砂糖菓子みたいにとろとろになってオレを魅了してくれるんだろうねあぁもう病み付きになったら責任を取ってもらわないといけないなそうしたらオレも責任を取って千晴を身体ごと愛すつもりさもちろん可愛い千晴の乳首をいやらしく舐めてそして千晴の色の薄いアレに……


暴走した氷室を殴って止めたのは劉だった。
仲間の下世話な妄想など誰が好き好んで聞きたがるか。
とにかく襲ったら今までの犯罪に近い行為を然るべきところにリークすると脅すと、「そうだねまだ付き合ってもいないのにキスを迫るのはスマートじゃない」と氷室は納得したはずだったのに。


「どうしてキスされた!なんか言われなかったか!?」
告白と同時にキスをしたのなら今後この二人に振り回されないで済むので万々歳なのだが、自分を嫌っていると勘違いしている奴は絶対に告白なんてされているはずがない。
とりあえずキスの原因を突き詰めようと福井が千晴に詰め寄ると、涙を拭きながら千晴はぽしょぽしょと話を始めた。

「昼に空き教室でご飯食べてたら氷室が来て、一緒に食べることになったんですけど」
氷室が千晴のストーカーであるのは周知の事実なので、その発言に特に戦慄を覚えることはなくなった。……慣れとは何よりも恐ろしいものだ。
「デザートに主将がくれたバナナを食べ始めたら、殺意満々の鋭い視線で氷室が俺を睨んできて……」
あぁ……日高、それはお前が悪い。氷室といえど中身は思春期の男子高校生だ。いやつーかきっかけを作った岡村コロス。あのモミアゴリラめ。お前のモミアゲむしってやろうか。
福井は黙ってその言葉を飲み込んで、次を促した。

「食べたいのかと思って食べる?って聞いたら、いかにもアメリカ人って感じに天を仰いで、oh my god...って言い始めて。よくわかんないからそのまま食べ続けてたら、いきなりキスされて食べかけのバナナをべろで全部持っていかれて……」
「しょっぱなからディープかよっ!」
もう突っ込み疲れた誰か腕のいいツッコミ連れてきてくれ……。

「俺がぽかんってしてたら、くすって笑われて……。きっとこんな幼稚なキスで呆けるなんて子供だなって思われたんだ……それか変な顔だって思われたとか……」
「鈍感を通り越してただの被害妄想になってるアル」


どうせ氷室のことだ。

思った通りに千晴の唇はつやつやで甘かったなバナナより千晴の甘い舌の方が何倍も甘くて美味しかったよごちそうさまそれにしてもいきなりキスされて反応できずにオレを見つめる純粋な眼差しもたまらないね最高に可愛いよどうしてオレは今までキスを我慢していたんだろうこんなに夢中になったキスは生まれて初めてだやっぱり千晴は人間じゃなく神が遣えたもうたエンジェルだねまるでヘビに唆されたイヴみたいにオレは千晴という禁断の果実に溺れてしまったよ


……だのなんだのと、あの超絶スーパー美形の下で悶えていたんだろう。

「嫌いな奴にキスとかふつーしないし」
『死海の塩分たっぷり!のり塩ポテチ』の袋を開けた紫原は興味なさそうにそうこぼした。
「だ、だよな!そもそも嫌いだったら一緒にメシ食わないしな」
「え、じゃあどうしてあんなこと……」

「どうしてだと思う?」

部屋に帰ったはずの色男の声が、いつの間にか人気の少なくなった談話スペースに響いた。


ギ、ギ、ギ……と油の足りないブリキみたいな動きで千晴は声の方向を向く。

「千晴の帰宅があまりにも遅いから迎えに来たよ」
「よ、ようじ、は」
「用はもう済んだんだ」

スタスタと長いストロークで千晴の隣にしゃがみ込んだ氷室は、千晴の頬に手を添えて蒼い瞳を真っ直ぐに 千晴に向ける。

「嫌いな子にキスする奴に見えるのかな、オレは」
声のトーンは普段と何ら変わりなく、単に疑問に思っていることを伺わせる。
「や、でも男にキスっていったらそれくらいしか……」
「千晴」
つうっと氷室の細い親指が千晴の薄桃色の唇をなめらかに滑る。


「オレは一途だよ」
一途と言えば聞こえはいいが要は諦め知らずの粘着質だとはさすがに福井も言えなかった。
細められた妖艶な瞳は福井を見ていないにも関わらず、余計なことを言うなというオーラを大放出していたからだ。

「千晴にキスしたかったからキスしたんだけどね」
「な、んで」
「それにしても千晴はどうして泣いてるんだ?」
「え、えと」
「オレに嫌われたと思って悲しくなったのなら嬉しいな」
「……そ、それって嫌われていると自覚させることができたから嬉しいってことだよなそうだよな」
ずぅん、と本人の前で勝手に勘違いして落ち込んでいる千晴に、氷室は細い息を吐いた。

「違うよ。千晴はオレに嫌われたら泣いてしまうほどオレのことを好きでいてくれるんだと思うと嬉しくなるってことだ」
「氷室を、好き?」
「あれ、オレの勘違いだったかな。オレのこと嫌い?」
「え、や、そんなことは!」
「じゃあ、好きかな?」
「あ、うん?……そりゃあまあ好き、だけど……」
「ふふ、嬉しいな。オレも千晴を愛してるよ」

可愛いねと千晴の唇をさらりと奪う氷室は、千晴の色気のない声にも相変わらずのイケメンフェイスで笑うのだった。


(うわ!氷室の奴、舌入れやがった!)
(ホモのキス現場なんて興味ないアル。帰る)
(べろってうまいの?劉ちーん)
(氷室に聞け)


>>>
押せ押せひむろんと勘違い主人公。
そして丸め込まれる主人公が書きたかったのですが……!無念です。
氷室さんは変人的な意味でめっちゃポジティブか、バスケに対する執着でめっちゃネガティブなイメージが強いです。
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