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「日高、ちょっといいか」
「ん?どうした」
声は平静を装っているけど、内心はバクバクだった。
火神は言葉を探しているようで、あーだのうーだの呻きながら頭を掻いている。

「俺、なんかお前にしたか?」
「……別に、何も。どうして」
「あー、なんつーか、よそよそしくなったっつーか、そんな気がした」
「よそよそしくなんてなってないよ。なってたらメシだって一緒に食わないし、」
俺は嘘をついている。
自分を守るために、自分を傷つけている。

「前に、お前の笑った顔好きだって言ったよな」
「っ、」
「あれからお前、笑おうとするたびに「失敗した」って顔すんだよ」
火神の刃のような言葉がざくざくと俺を突き刺す。
「本心で笑ってないだろ」
「そんなこと」

「変な風に伝わったかもしんねぇって思ってよ。俺がただお前の笑った顔が好きなだけで、嫌だって思ったことなんか一度もないから、気にすんなよ」
違う、違うんだよ火神。
「好きとか言ったから、気持ち悪いって思ったなら謝る。でも俺は、」
火神が傷つく必要ないんだ。火神が、俺のことで思い悩む必要なんかこれっぽっちだってない。


「違う」
「日高……?」
「気持ち悪くなんてない。うれ、嬉しかった……」
俺は俯いて床を睨みつけたまま心を吐き出す。
「俺の笑顔が特別だって気づかれるのが嫌だったんだ。火神の前でだけ特別になっちゃうのが、それを知られるのが嫌だった」
「特別?」

「好きだ」

脈絡のないままこぼれた言葉。
「火神の好きとは違う「好き」なんだ。男なのに、男の、火神が好きなんだ……」
震えてしまっている声をどうにか途切れさせないように、喘ぐように必死に告げた。
「気持ち悪いのは俺の方なんだ、だから火神が謝る必要ない。ごめん。できれば友だちのままで居てほしいけど、多分無理だろうな。あ、でも無視とかはしないでほしい。火神はそんなことしないと思うけど、一応」
火神に気持ちを返してほしいなんて大それたことを思っていないこと、それでも気持ちの整理がつくまでは心を残してしまうこと、多少ぎこちなくなってしまうだろうけど気にしないでもらいたいことを矢継ぎ早に押し付ける。

「友人の好きに戻るまで、時間はかかるかもしんないけど、許してほしい。ごめん」
火神の顔なんて一瞬でも見られなかった。火神は良い奴だけど、生理的に受け付けないものはこの世にはごまんとある。
一瞬でも侮蔑や拒絶の色が見えたらそれだけで耐えられなくなってしまうから、顔はあげなかった。
「火神に、友だちとして一部分でも「好きだな」って思ってもらえて嬉しかった。ありがとう」
それじゃ、と踵を返すと「日高!」と俺を呼ぶ声が聞こえる。

あぁ、俺は馬鹿だ。
どうして我慢ができなかったんだ。俺が勝手に気持ちを吐露したところで火神の迷惑にしかならないのに。

「……っ、待てよ!」
強すぎる力で後ろに引っ張られる感覚。
あ、この感覚には覚えがある。
まだ俺と火神がちゃんと友だちで居られた時の、あの交差点で。

引力に従って後ろにたたらを踏むと、固い感触がした。
あぁ、これは。

「言い逃げ、すんな……!」

じんわりと熱い身体。
広い胸板。
大きな手のひら。
太い腕。

清潔なシャンプーの匂い。

それと

火神の、匂いだ。


「俺の話も聞かねえで、勝手にいなくなろうとすんな」
「聞きたく、ない……!好きな奴から拒絶の言葉なんて聞きたいわけないだろ!」
放せ、とあの時とは違い、腕から逃れようともがいた。
早く、早く逃げないと。
だって、そうしなきゃ。
みっともなく縋ってしまう。
嫌いにならないでって、火神の優しさにつけこむ嫌な奴になってしまう。


「好きだ」

囲う力を強めた火神は、何をとち狂ったかそんな酔狂な言葉を投げた。
「……変なこと言うな。無理にそんなこと言うなよ。時間はかかるけどちゃんと友だちに戻るから……!」
「好きだつってんだろ、無理に自分を誤魔化して言ってるわけじゃねえよ!」
「も、いいから」
「何が良いんだよ!何て言えばお前は信じるんだよ!お前は俺が好きなんだろ、俺もお前が好きなんだから素直に信じろよ」

火神が、俺を、好き?
そんな馬鹿な。ありえない。
だって、だって。

「ずっと前から好きだった。俺のメシ食って幸せそうな顔するお前とか、楽しそうにバスケの話するお前とか、一緒に居るのがすげぇ楽しくて。お前が嬉しそうに笑った顔見てるとこっちまで何か幸せな気持ちになんだよ。もっとずっとそうやって笑わせてやりてぇって思ってたのに」
あんなこと言ったせいで、お前は全然笑わなくなった。
すっげー後悔した。
一緒に居る時間も少なくなったし、ぎこちなく笑う姿に悲しくなったりした。
俺のせいであの笑顔が見られなくなるなんて思ってもみなかったんだ。
「……違わねえよ。俺とお前の「好き」は。女じゃなくて、男の日高が好きだ」
背中に回された手にグッと力がこもったのがわかる。
「信じてくれ……」


情けない声が聞こえて、俺は火神の言葉をじっくりと思いだした。
同じ気持ちでいてくれた。
一緒に居るとたまらなく幸せになって、もっとずっと一緒に居たいって思ってくれた。
真摯な、でも弱気な声音で信じてくれと切に訴える姿は、自分を偽っているわけでも演技でもないように思える。

「なん、で……?好きなのは俺の方で、どうして火神が信じてくれとか……」
展開が急すぎてまったくついていけない。
頭では理解しているはずなのに、「まさか」が俺をどうしても縛り付ける。


「千晴」
「え、」
いきなり下の名前で呼ばれて面食らっていると、ふと影が重なってきて。
「ん、む……」
驚きに見開いた目で把握できたのは、火神の顔が近づいてきて、唇に感触がしたこと。
強靭な身体を持つ火神が、唯一柔らかさを持つ場所なのだろうと思わせるその唇が、自分の唇と触れ合っている。

あぁ、睫毛長いなぁ。
そんなことを頭の片隅で考えたのは、余裕がなさすぎて逆に客観視してしまったからだろうか。

数秒触れ合っていたはずの唇は火神が顔を引いたことによってあっさりと終わった。
まるで今のは夢だと言われてもすんなりと受け入れてしまえるほどだった。
「……信じたか」
ほんのりと頬を赤らめた火神が、目を泳がせてボソッと言葉を投げてきた。

キス、された?
先ほどまでの行為に言語を与えると、それは一気に実感を帯びさせるものになった。
火神とキスした?
俺が?

「……何か言えよ、って、おい!な、なんで泣くんだよ!」
「へっ」
涙腺からぶわぁっと幾筋もの涙がこぼれていて、自覚のない俺は呆けてばかりで、対する火神は慌てて言葉を重ねた。
「嫌だったか!?わ、わりぃ!謝るから泣くな!」
わたわたとポケットの中をまさぐる火神だったけど、ハンカチなんて持ち歩いているわけがなく、制服の袖口を押し当てる形で俺の涙をそっと拭ってくれた。
「信じさせるためとはいえ、いきなりすぎたな、悪い」
気まずいのだろう、最初は優しく拭っていてくれたけれどどんどんと雑になってきて最後は強めにゴシゴシされた。
「けどよ、お前とこういうことしたいって位には好きだから、信じろ」
「……しい」
「あ?」
「ぅれし……」
「っ、」
「し、信じ、たいっ……信じるっ……」
また溢れてくる涙を今度は自分で何度も拭う。

「信じても、ぃい……?」
焦った顔の火神がくしゃりと顔を歪ませて泣きそうな顔で笑うものだから、俺もいびつな顔で笑った。
「好き、だっ。かがみ、すき」
えぐえぐと泣きながら紡ぐ言葉は途切れ途切れで鼻声まじりの涙声で。
「おう。俺も好きだ」
「ふ、ぅぇ、すき……っ、かがみぃ」
「あぁ。……はは、んな泣くなよ。目ぇとけちまうぞ」
頭をくしゃっと撫でた火神は、俺の目尻にちゅっと短いキスを落とした。




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男前な火神くんを目指してみました。
タイトルを頂いた時に、何コレ素敵!!と悶えたんですが、それを萌えに昇華しきれなかったです……!
本当は、いちゃいちゃバカップル話を最初に思いついて途中まで書いたのですが、タイトルの良い具合に切ない感じが皆無でしたので少しシリアス要素を入れてみました。
へたれな火神くんもいいですけど、男前も良いですよね!

葉桜様に気に入っていただけるかかなり不安ですが、精一杯書きました!
葉桜様、企画にご参加いただき、本当にありがとうございました!


バカップル話ももったいないので書きあげちゃいました。貧乏性です^^;
というわけで、本作とは全く別モノの【おまけ】→
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