天吏の唄
□天吏の唄
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「あれ?おかしいな…降りるところ間違えちゃったよ。
もう少し、西のほうだったのに・・」
人界で、人間が死んだ…。
人間は、最期に必ず詩を唄う。
生まれ、出会い、怒り、別れ、喜び、悲しみ…それら全てを感じ、唄うのだ…。だから、それぞれの詩は全て違う。
この日、人界に天吏(あまり)は降りた。
死に逝く者の詩を聴き、最期を見届ける。それが天吏の仕事だから…。
「あなた、名前は?誰なの?」
一人の少女が言う。
「え?」
天吏は戸惑った。
なぜ、今回の仕事の相手じゃないのに…?
「名前よ?あなたの名前。」
名前?そんなの聴かれたことない、…僕らは詩を聴くだけ。
それだけのモノ・・
「あっ、あまりかな?…天界の仲間はそう呼ぶよ。」
天吏は困りながらもそう言った。
「あなたも人間じゃないの?」
少女は不思議そうに言った。
この子、生気が薄い…
あぁ、そうかこの子ももうすぐ…
「違う。僕は神の使い。人間が死ぬ時奏でる詩を聴く者。同じようなモノはたくさんいるんだ。」
もうすぐ、同じモノが現れる。
そして少女の詩を聴く。
ならば今、僕らの存在を明かしてもかまわないだろう…そう思い、天吏は言ったのだ。
「ふーん。あたしもいつか、かなでるの?」
天吏は驚いた顔をした。しかし、すぐに分かった。
あぁ、この子は意味を分かっているわけでわないんだ。…
「そうだよ、きっと綺麗な詩を。」
天吏は笑った。
「あなたは?」
何気ない言葉に、天吏の顔は凍りついた。
「僕は奏でない。聴く者だから。
詠って見たいけどね、」
天吏は、長くこの仕事をして、子供に会ったのは初めてだった。
今、こんなにも明るい少女が、もうすぐ死ぬ・・・
なんだか、天吏は哀しくて、微笑みながら少女と話した。
「あまりも詠えば良いじゃない?一緒に詠う?」
子供の意見はまっすぐだ。…
「ダメなんだ。人間一人が1つの詩を詠うんだよ。今も僕はある人の詩を聴きに行く所なんだ。」
そんな天吏の言葉に少女は返す。
「そっか、ゆっくりしてられないんだね、行かなくて良いの?」
天吏も答える。
「うん、もう行くよ。バイバイ」
そう言って、天吏は少女に背を向け歩き出す。
ふと、天吏が振り返った。
少女はまだそこにいる。
「ねぇ、君の夢は?」
「あたし?ん〜そうね、あなたが詩を詠えるようになることよ。」
天吏は、驚いた。
「だって、まだ夢なんて見つけてないもの。夢を持つ人の夢が、叶う事を祈るのも、1つの夢じゃない?」
「そっか、…」
叶うはずはない。天吏の夢ではあるけれど…
ただ、天吏は子供がそんな考えを持つということを初めて知り、驚くことしか出来なかった。
あの子供も、もうすぐ死んでしまう。……嫌だな。
そう思いながら、天吏は西へと向かった。